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1975年の阪急ブレーブスでは、1975年の阪急ブレーブスにおける動向をまとめる。
この年の阪急ブレーブスは、上田利治監督の2年目のシーズンであり、3年ぶり6度目のリーグ優勝と初の日本シリーズ制覇を果たしたシーズンである。
2年連続のV逸に泣いたチームは広島との間で主力クラスの交換トレードを行って白石静生を獲得し、また社会人No.1投手の山口高志が入団するなど投手陣を強化。打撃陣ではこの年から指名打者制度が導入されて長池徳士がDHに入り、ボビー・マルカーノやバーニー・ウイリアムスが加入して打撃陣も層が厚くなるなど、投打ともに戦力強化に成功したチームは前期を優勝。このまま勝ち進んで後期も優勝かと思われたが8月30日からまさかの6連敗。終盤も4連敗するなど波に乗れず、最下位で後期を終了。プレーオフでは1973年まで阪急の指揮を執っていた西本幸雄監督率いる近鉄との対戦となったが、第1戦は7-11で近鉄に敗戦。第2戦以降は立ち直って3連勝し、最低勝率の.520でリーグ優勝を達成(それ以前は1973年の巨人が記録した.524)。日本シリーズは上田監督の古巣である広島との対戦となりシリーズ予想も阪急有利と広島有利に二分されたが、エースの山田久志やベテランの足立光宏など投手陣が山本浩二や衣笠祥雄などの赤ヘル打線を封じ、また打線も効率よく得点を重ねるなど広島を寄せ付けず引き分けを挟んで4連勝。球団創設以来初の日本一を達成し、地元・西宮球場で上田監督が胴上げされた。対戦成績では前年優勝のロッテと5位南海に15勝以上をあげたものの、3位太平洋には相性が悪く後期は10連敗を喫するなど散々で、8勝17敗1分と大きく負け越した。
1975年パシフィック・リーグ順位変動
前期
順位
|
4月終了時
|
5月終了時
|
前期成績
|
1位
|
阪急 |
--
|
阪急 |
--
|
阪急 |
--
|
2位
|
太平洋 |
2.5
|
太平洋 |
2.5
|
太平洋 |
6.0
|
3位
|
ロッテ |
3.5
|
近鉄 |
3.5
|
近鉄 |
6.0
|
4位
|
近鉄 |
3.5
|
ロッテ |
7.0
|
日本ハム |
8.0
|
5位
|
日本ハム |
4.0
|
日本ハム |
7.0
|
南海 |
9.0
|
6位
|
南海 |
4.5
|
南海 |
10.0
|
ロッテ |
10.0
|
|
後期
順位
|
7月終了時
|
8月終了時
|
後期成績
|
1位
|
近鉄 |
--
|
近鉄 |
--
|
近鉄 |
--
|
2位
|
ロッテ
|
ロッテ |
3.0
|
ロッテ |
9.5
|
3位
|
阪急
|
太平洋 |
4.5
|
南海 |
11.5
|
4位
|
日本ハム |
1.0
|
日本ハム |
5.5
|
太平洋 |
12.5
|
5位
|
南海 |
2.0
|
阪急 |
5.5
|
日本ハム
|
6位
|
太平洋 |
3.0
|
南海 |
8.5
|
阪急 |
14.0
|
|
*優勝はプレーオフで決定。2位以下はプレーオフの結果に関係なく勝率順で決定
1975年 パシフィック・リーグプレーオフ
日付 |
試合 |
ビジター球団(先攻) |
スコア |
ホーム球団(後攻) |
開催球場
|
10月15日(水) |
第1戦 |
近鉄バファローズ |
11 - 7 |
阪急ブレーブス |
阪急西宮球場
|
10月16日(木) |
第2戦 |
近鉄バファローズ |
4 - 5 |
阪急ブレーブス
|
10月17日(金) |
移動日
|
10月18日(土) |
第3戦 |
雨天中止 |
藤井寺球場
|
10月19日(日) |
阪急ブレーブス |
3 - 0 |
近鉄バファローズ
|
10月20日(月) |
第4戦 |
阪急ブレーブス |
5 - 3 |
近鉄バファローズ
|
年間優勝:阪急ブレーブス
|
1975年 日本シリーズ
日付 |
試合 |
ビジター球団(先攻) |
スコア |
ホーム球団(後攻) |
開催球場
|
10月25日(土) |
第1戦 |
広島東洋カープ |
3 - 3 |
阪急ブレーブス |
阪急西宮球場
|
10月26日(日) |
第2戦 |
広島東洋カープ |
1 - 5 |
阪急ブレーブス
|
10月27日(月) |
移動日
|
10月28日(火) |
第3戦 |
阪急ブレーブス |
7 - 4 |
広島東洋カープ |
広島市民球場
|
10月29日(水) |
第4戦 |
雨天中止
|
10月30日(木) |
阪急ブレーブス |
4 - 4 |
広島東洋カープ
|
10月31日(金) |
第5戦 |
阪急ブレーブス |
2 - 1 |
広島東洋カープ
|
11月1日(土) |
移動日
|
11月2日(日) |
第6戦 |
広島東洋カープ |
3 - 7 |
阪急ブレーブス |
阪急西宮球場
|
優勝:阪急ブレーブス(初優勝)
|
[3]
ベストナイン
|
選手名 |
ポジション |
回数
|
加藤秀司 |
一塁手 |
2年ぶり2度目
|
マルカーノ |
二塁手 |
初受賞
|
大橋穣 |
遊撃手 |
4年連続4度目
|
長池徳二 |
指名打者 |
(新設)[注 2]
|
ダイヤモンドグラブ賞
|
選手名 |
ポジション |
回数
|
足立光宏 |
投手 |
2年連続3度目
|
加藤秀司 |
一塁手 |
初受賞
|
マルカーノ |
二塁手 |
初受賞
|
大橋穣 |
遊撃手 |
4年連続4度目
|
福本豊 |
外野手 |
4年連続4度目
|
- ^ 偵察メンバーの米田哲也と交代。
- ^ 外野手部門で6度受賞しており、通算7度目。
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1930年代 | |
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1940年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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脚注
1936年から1946年までは「阪急軍」(1945年は戦況悪化のため、公式戦を休止。合同チームによる非公式戦のみ開催。) 1947年から1988年までは「阪急ブレーブス」 1989年から1990年までは「オリックス・ブレーブス」 1991年から2004年までは「オリックス・ブルーウェーブ」(2004年オフに大阪近鉄バファローズと球団合併) 2005年から「オリックス・バファローズ」
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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