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滝ノ上信号場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
滝ノ上信号場
旅客営業時代の駅舎(2017年7月)
たきのうえ
Takinoue
滝ノ下(信) (5.5 km)
(4.4 km) 十三里(信)
地図
所在地 北海道夕張市滝ノ上
北緯42度54分36.9秒 東経141度58分34.57秒 / 北緯42.910250度 東経141.9762694度 / 42.910250; 141.9762694座標: 北緯42度54分36.9秒 東経141度58分34.57秒 / 北緯42.910250度 東経141.9762694度 / 42.910250; 141.9762694
駅番号 K18
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 石勝線
キロ程 35.8 km(南千歳起点)
電報略号 ウヘ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線(旅客扱い廃止)
乗降人員
-統計年度-
6人/日
-2014年-
開業年月日 1897年明治30年)2月16日[1]
備考 駅として開業。2024年令和6年)3月16日より信号場。
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滝ノ上信号場(たきのうえしんごうじょう)は、北海道夕張市滝ノ上に所在する北海道旅客鉄道(JR北海道)石勝線信号場である。電報略号ウヘ事務管理コードは▲132102[2]。旅客営業時代の駅番号K18

歴史

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1976年の夕張線(当時)の滝ノ上駅と周囲750m範囲。右が夕張方面。左下は夕張川で、節理状の川床や紅葉の美しさで知られる。ダムは北炭滝之上水力発電所用に作られたもので、大正13年12月30日に竣工した。駅は中線を間に挟む千鳥状にずれた相対式ホーム2面2線と、駅裏にストックヤードと貨物積卸線、駅舎横の夕張側に貨物ホームと引込み線を有している。駅裏のストックヤードにはまだ沢山の木材が野積みされており、積卸線には無蓋車が停車している。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

年表

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  • 1897年明治30年)2月16日北海道炭礦鉄道の駅として開業[1]。当初貨物のみを扱う[3]
  • 1901年(明治34年)12月1日:旅客の扱いを開始し一般駅となる[3]
  • 1906年(明治39年)10月1日:北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化[1]
  • 1981年昭和56年)
    • 5月25日:貨物・荷物取扱い廃止[4]。同時に無人化[5]
    • 10月1日:石勝線開業に伴い同線の駅となる。
      • これに合わせて列車回数増加に対応するため当駅では有効長を550 m とし、運転整理用待避線(3番線)を新設する改良工事が行われている[6]。夕張線ではもともと有効長550 m を要する石炭列車が運転されていたものの、列車回数が少なく優等列車もないため、石炭列車を優先して当駅を通過扱いとすることで対応していた。
  • 1987年(昭和62年)4月1日国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)の駅となる[1]
  • 1994年平成6年)7月31日:石勝線・根室線高速化工事に伴い同日と8月7日の2日に渡る工事によって分岐器を弾性分岐器に交換[7][8]
  • 2023年令和5年)6月17日:同日付の「北海道新聞」で翌年春での廃止もしくは自治体管理移管へ向けて調整が進んでいる駅のひとつとして当駅が挙げられる[9]
  • 2024年(令和6年)3月16日:利用者減少に伴い、同日実施のダイヤ改正に併せて旅客扱いを廃止[10]滝ノ上信号場となる[11]

駅名の由来

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駅付近の千鳥の淵(千鳥ヶ滝)の上流にあることからこの名称となった、とされている[12]

駅構造

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以下、旅客営業時代の構造について述べる。

相対式ホーム2面2線の地上駅。もともとは単式ホーム島式ホームの計2面3線の構造[13]であったが、3番線(上下副本線)だった線路は信号設備が撤去され、横取線となっている。1番線が下り本線、2番線が上り本線である[14]。石勝線の他の停車場と同様、分岐器はすべてスノーシェルターで覆っている[14]

ホームの移動は新得方に設置された跨線橋を使う[13]新夕張駅管理の無人駅である。

のりば

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番線 路線 方向 行先
1 石勝線 下り 新夕張方面
2 上り 千歳方面

利用状況

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旅客営業終了直前の乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。

また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1936年(昭和11年) 13,162 (36.0) [15]
1948年(昭和23年) 44,600 (122.2)
1954年(昭和29年) 58,508 (160.3)
1965年(昭和40年) 66,156 (181.2) [16]
1966年(昭和41年) 63,789 (174.8)
1967年(昭和42年) 62,921 (171.9)
1968年(昭和43年) 58,670 (160.7)
1969年(昭和44年) 23,626 (64.7) 出典中、同年の他駅で通勤定期客の数値が欠損している駅がある。当駅も明記はないが、それに伴い少ない値になっていると思われる。
1970年(昭和45年) 47,573 (130.3)
1971年(昭和46年) 44,173 (120.6)
1972年(昭和47年) 43,107 (118.1)
1973年(昭和48年) 40,820 (111.8)
1974年(昭和49年) 40,379 (110.6)
1975年(昭和50年) 38,554 (105.3)
1979年(昭和54年) 32,497 (89.0) [17]
1982年(昭和57年) 2,200 (6.0) 出典に正誤表含めて明記がないが、通勤定期客の数値が欠損しているか誤記の可能性もある。出典に従う形で記載する。
1985年(昭和60年) 16,547 (45.3)
2015年(平成27年) 「10名以下」 [JR北 1]
2018年(平成3年) 「10名以下」 [JR北 2]
2019年(令和元年) 「10名以下」 [JR北 3]
2020年(令和02年) 「3名以下」 [JR北 4]
2021年(令和03年) 「3名以下」 [JR北 5]
2022年(令和04年) 「3名以下」 [JR北 6]

駅周辺

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滝ノ上の集落がある。

隣の駅

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北海道旅客鉄道(JR北海道)
石勝線
川端駅 (K17) - 滝ノ下信号場 - 滝ノ上信号場 - 十三里信号場 - 新夕張駅 (K20)

脚注

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出典

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  1. ^ a b c d 曽根悟(監修) 著、朝日新聞出版分冊百科編集部 編『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』 24号 石勝線・千歳線・札沼線、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2009年12月27日、14-15頁。 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、227頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ a b 夕張市史編さん委員会 編『改訂増補 夕張市史 下巻夕張市、1981年3月1日、288頁。doi:10.11501/9570406https://dl.ndl.go.jp/pid/9570406/1/160 
  4. ^ “日本国有鉄道公示第29号”. 官報. (1981年5月23日) 
  5. ^ “「通報」●幌内線萱野駅ほか6駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 2. (1981年5月23日) 
  6. ^ 『石勝線建設工事誌』日本鉄道建設公団札幌支社、1982年3月、480頁。doi:10.11501/12653289 
  7. ^ 藤島, 茂「JR北海道における130km/h高速化」『鉄道と電気技術』第8巻第4号、日本鉄道電気技術協会、1997年3月、68-71頁、doi:10.11501/3314045ISSN 0915-9231 
  8. ^ 藤野, 孝泰「バス代行による保守間合の確保(小特集『保守間合』 線路部門)」『日本鉄道施設協会誌』第32巻第12号、日本鉄道施設協会、1994年12月、24-26頁、doi:10.11501/3255389ISSN 0913-2643 
  9. ^ JR北海道、42無人駅の廃止検討 道内全駅の1割強、4駅は来春にも」『北海道新聞デジタル』北海道新聞社、2023年6月17日。オリジナルの2023年6月17日時点におけるアーカイブ。2023年6月24日閲覧。
  10. ^ 2024年3月ダイヤ改正について』(PDF)(プレスリリース)北海道旅客鉄道、2023年12月15日。オリジナルの2023年12月15日時点におけるアーカイブhttps://web.archive.org/web/20231215050147/https://www.jrhokkaido.co.jp/CM/Info/press/pdf/20231215_KO_kaisei.pdf2023年12月15日閲覧 
  11. ^ 「先が見えないレール 北海道鉄道の行く末(187) 9年間で55駅廃止 さらなる駅廃止検討も」『名寄新聞』2024年2月5日。
  12. ^ 札幌鉄道局 編『駅名の起源』北彊民族研究会、1939年。NDLJP:1029473 
  13. ^ a b 渡辺節雄 (1981-12). “国鉄・石勝線の開業について”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) 31 (12): pp.13-18. doi:10.11501/3294531. ISSN 0040-4047. 
  14. ^ a b 渡辺節雄 (1981-12). “国鉄・石勝線の開業について”. 鉄道ピクトリアル (電気車研究会) 31 (12): pp.13-18. doi:10.11501/3294531. ISSN 0040-4047. 
  15. ^ 更科, 源蔵、酋壱郎, 富樫 編『夕張市史夕張市、1959‐01‐25、402-403頁。doi:10.11501/2992299https://dl.ndl.go.jp/pid/2992299/1/225 
  16. ^ 夕張市史編さん委員会 編『改訂増補 夕張市史 下巻夕張市、1981年3月1日、294頁。doi:10.11501/9570406https://dl.ndl.go.jp/pid/9570406/1/160 
  17. ^ 夕張市史編さん室 編『追補 夕張市史夕張市、1991年6月10日、260頁。doi:10.11501/9572127https://dl.ndl.go.jp/pid/9572127/1/147 
  18. ^ 夕張市農協銘産センター/夕張メロン食べ放題なつぞら2号店/北海道夕張市ホームページ”. www.city.yubari.lg.jp. 2023年11月28日閲覧。
  19. ^ 夕張地区ダイヤ改正のお知らせ”. 夕張鉄道株式会社 (2017年3月13日). 2017年8月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月27日閲覧。

JR北海道

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  1. ^ 極端にご利用の少ない駅(3月26日現在)” (PDF). 平成28年度事業運営の最重点事項. 北海道旅客鉄道. p. 6 (2016年3月28日). 2018年2月18日閲覧。
  2. ^ 駅別乗車人員” (PDF). 全線区のご利用状況(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. 2020年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月20日閲覧。
  3. ^ 駅別乗車人員” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 全線区のご利用状況. 北海道旅客鉄道 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月7日閲覧。
  4. ^ 駅別乗車人員” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 全線区のご利用状況. 北海道旅客鉄道 (2021年9月30日). 2022年1月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年1月1日閲覧。
  5. ^ 駅別乗車人員” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 全線区のご利用状況. 北海道旅客鉄道 (2023年). 2023年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月26日閲覧。
  6. ^ 駅別乗車人員” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 全線区のご利用状況. 北海道旅客鉄道 (2023年). 2023年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月26日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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