国鉄ホキ3000形貨車
国鉄ホキ3000形貨車 | |
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基本情報 | |
車種 | ホッパ車 |
運用者 |
日本国有鉄道 日本貨物鉄道(JR貨物) |
所有者 | 昭和電工 |
製造所 | 東洋工機 |
製造年 | 1969年(昭和44年) |
製造数 | 3両 |
旧形式名 | ホキ4050形 |
改造年 | 1963年(昭和38年)* |
改造数 | 5両 |
消滅 | 2002年(平成14年) |
常備駅 | 新興駅 |
主要諸元 | |
車体色 | 黒 |
専用種別 | アルミナ |
軌間 | 1,067 mm |
全長 | 12,100 mm |
全幅 | 2,706 mm |
全高 | 3,765 mm |
ホッパ材質 | 普通鋼(一般構造用圧延鋼材) |
荷重 | 35 t |
実容積 | 50.0 m3 |
自重 | 17.7 t |
換算両数 積車 | 5.0 |
換算両数 空車 | 1.8 |
台車 | TR41C |
車輪径 | 860 mm |
軸距 | 1,650 mm |
台車中心間距離 | 8,000 mm |
最高速度 | 75 km/h |
備考 | *称号規程変更年 |
国鉄ホキ3000形貨車(こくてつホキ3000がたかしゃ)は、かつて日本国有鉄道(国鉄)、後に日本貨物鉄道(JR貨物)に車籍編入されていた、35 t 積のアルミナ専用私有貨車(ホッパ車)である。
概要
[編集]1958年(昭和33年)10月31日から1962年(昭和37年)3月14日にかけて5両(オホキ4050 - オホキ4054)が東洋工機1社のみで製作された。この時の形式名はホキ4050形であった。
記号番号表記は特殊標記符号「オ」(全長が12 m をこえるホッパ車)を前置し「オホキ」と標記する。
1963年(昭和38年)7月26日のホッパ車改番に際してホキ3000形に改称された。 その後1969年(昭和44年)4月に3両(オホキ3005 - オホキ3007)が東洋工機にて製作された。
アルミナ専用貨車では初のホッパ車で、かつ唯一の形式でもある。本形式の他にアルミナを専用種別とする形式は、タキ2000形(44両)、タキ6400形(75両)、タキ7400形(29両)、タキ8400形(15両)、タキ8450形(7両)、タキ10500形(1両)、タキ17900形(13両)の7形式がある。
車体は台形で普通鋼(一般構造用圧延鋼材)製。塗色は黒、寸法関係は全長は12,100 mm、全幅は2,706 mm、全高は3,765 mm、台車中心間距離は8,000 mm、実容積は50.0 m3、自重は17.7 t、換算両数は積車5.0、空車1.8、台車はベッテンドルフ式のTR41Cであり荷役方式はエアスライド式であった。
年度別製造数
[編集]各年度による製造会社と両数、所有者は次のとおりである。
- 1958年(昭和33年度) - 1両
- 東洋工機 1両 昭和電工(オホキ4050として製造後、オホキ3000へ改番)
- 1959年(昭和34年度) - 1両
- 東洋工機 1両 昭和電工(オホキ4051として製造後、オホキ3001へ改番)
- 1960年(昭和35年度) - 2両
- 東洋工機 2両 昭和電工(オホキ4052,オホキ4053として製造後、オホキ3002 - オホキ3003へ改番)
- 1962年(昭和37年度) - 1両
- 東洋工機 1両 昭和電工(オホキ4054として製造後、オホキ3004へ改番)
- 1969年(昭和44年度) - 3両
- 東洋工機 3両 昭和電工(オホキ3005 - オホキ3007)
運用の変遷
[編集]本形式は昭和電工が所有し、新興駅に常備され、塩尻駅へのアルミナ輸送にタキ17900形などと共に運用されていた。
2002年(平成14年)6月に最後まで在籍した1両(オホキ3007)が廃車となり同時に形式消滅となった。
参考文献
[編集]- 吉岡心平「プロフェッサー吉岡の私有貨車図鑑」ネコ・パブリッシング刊 レイルマガジン 1997年6月号増刊
- 『日本の貨車-技術発達史-』(貨車技術発達史編纂委員会編著、社団法人 日本鉄道車輌工業会刊、2008年)