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毛利元直 (大野毛利家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
毛利 元直
時代 江戸時代中期
生誕 宝永3年3月26日1706年5月8日[1]
死没 正徳4年9月3日1714年10月11日[1]
改名 万之助(幼名)、元直
別名 阿波(通称
戒名 英性院玉山秀徹
墓所 大照院
長門長州藩一門
氏族 毛利氏
父母 父:毛利元重、母:大串弁之助の娘・長子
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毛利 元直(もうり もとなお)は、江戸時代中期の長門長州藩の一門大野毛利家の第3代当主。

長州藩5代藩主・吉広の同母弟元重の子として萩で生まれた。一門大野毛利家2代当主毛利就詮の養嫡子広為福原広俊次男)が、実兄広頼の死去により6代藩主吉元の命で福原家を継いだために、就詮遺跡を継いだ。

正徳4年(1714年)に死去。享年9。家督は山内広直の次男元雅が相続した。元直の死により、毛利秀就の男系血筋は断絶した。

脚注

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  1. ^ a b 『近世防長諸家系図綜覧』防長新聞社、1966年、p.103。

参考文献

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