吉田広樹
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吉田 広樹(よしだ ひろき、1983年12月21日 - )は、熊本県出身のレーシングドライバー。
レース戦歴
[編集]- 2004年
- 自動車運転免許を取得後にレースデビュー
- 鈴鹿クラブマンレースFJ1600(LE PRIX SPORT #28 ライトウエイEZUPジオテック)(最高9位)
- 2005年 - 鈴鹿クラブマンレースFJ1600(Team NAOKI with LE PRIX SPORT #72 Tamaki-GPライトウェイ)(シリーズチャンピオン・2勝)
- 2006年
- エッソ・フォーミュラトヨタシリーズ(Team NAOKI with LEPRIX SPORT #70 Team NAOKI FT)(最高3位)
- Formula Challenge Japan(Team NAOKI #17 DIREZZA FTRS FCJ)(シリーズ19位)
- 2007年 - Formula Challenge Japan(Team NAOKI #9 TeamNAOKI FCJ)
- 2008年 - スーパー耐久 ST-1クラス(PETRONAS SYNTIUM TEAM #50 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズチャンピオン)
- 2009年
- スーパー耐久 ST-1クラス(PETRONAS SYNTIUM TEAM #28 PETRONAS SYNTIUM BMW Z4M COUPE)(シリーズ3位)
- F4西日本シリーズ〈Rd.2~6〉(TeamNAOKI with LE PRIX SPORT #70 TeamNAOKI☆056)(シリーズ2位・2勝)
- F4日本一決定戦(TeamNAOKI with LE PRIX SPORT #70 TeamNAOKI☆056)(レース1優勝)
- 2010年
- 全日本F3選手権・Cクラス〈Rd.1~4〉(ハナシマレーシング #5 MJハナシマレーシングF308)(シリーズ7位)
- F4西日本シリーズ〈Rd.1,2,4~6〉(TeamNAOKI with LE PRIX SPORT #70 PALNEX☆TeamNAOKI)(シリーズ2位・2勝)
- F4日本一決定戦(TeamNAOKI with LE PRIX SPORT #70 SPORT #70 PALNEX☆TeamNAOKI)(レース1,レース2優勝)
- 2011年 - SUPER GT・GT300クラス(ThunderAsia Racing #69 サンダーアジア MT900M)
- 2012年
- SUPER GT・GT300クラス〈スポット参戦 Rd.3〉(ThunderAsia Racing #69 ThunderAsia MT900M)
- SUPER GT・GT300クラス〈スポット参戦 Rd.5〉(A speed #66 triple a Vantage GT3)
- スーパー耐久・ST-3クラス(TECHNO FIRST Racing Team #35 asset テクノ Z33)(シリーズ5位)
- 2013年
- スーパー耐久・ST-3クラス〈スポット参戦 Rd.1〉(TECHNO FIRST Racing Team #34 asset テクノ Z34)
- スーパー耐久・GT3クラス〈スポット参戦 Rd.3,4〉(GTNET MOTOR SPORTS #81 GTNET ADVAN NISSAN GT-R)(最高3位)
- Asia Cup Series 〈Rd.1 Sepang〉(レース2,レース3優勝)
- 2014年
- SUPER GT・GT300クラス〈Rd.1-6,8〉(TOMEI SPORTS #360 OKINAWA IMP・RUN UP GT-R)
- JCCAクラシックカーレース(SANWA TRADING & CO., #11 SANWA KAD MINI)(1勝)
- 2015年
- SUPER GT・GT300クラス(TOMEI SPORTS #360 RUNUP Group&DOES GT-R)
- スーパー耐久・ST-Xクラス(GTNET MOTOR SPORTS #1 GTNET ADVAN C-WEST GT-R)(シリーズ8位・1勝)
- 2016年
- SUPER GT・GT300クラス(Gulf Racing with PACIFIC #9 GULF NAC PORSCHE911)(シリーズ23位)
- スーパー耐久・ST-Xクラス〈スポット参戦 Rd.4〉(HubAuto Racing #89 HubAuto Ferrari 488GT3)(クラス7位)
- アジアン・ルマンシリーズ・LMP3クラス〈Rd.2-4〉(ジャッキー・チェン DCレーシング #1 Ligier JSP3 LMP3)(シリーズ6位)
- MOTULセパン12時間耐久レース・GT3-PAMクラス(HubAuto Racing #35 Ferrari 488 GT3)(クラス優勝)
- GAZOO 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(OTG MOTOR SPORTS #80 OTG DL 86)(シリーズ13位)
- 2017年
- SUPER GT・GT300クラス(GAINER #10 GAINER TANAX triple a GT-R)(シリーズ18位)
- スーパー耐久・ST-TCRクラス〈スポット参戦 Rd.5〉(CIVIC TCR Racing Project #98 Modulo CIVIC TCR)(クラス4位)
- GAZOO 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(OTG MOTOR SPORTS #10 OTG TN滋賀 86)(シリーズ10位)
- 2018年
- SUPER GT・GT300クラス(GAINER #10 GAINER TANAX triple a GT-R)(シリーズ16位)
- スーパー耐久・ST-4クラス〈Rd.3-5〉(林テレンプ SHADE RACING #884 林テレンプ SHADE RACING 86)(最高2位)
- GAZOO 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(OTG MOTOR SPORTS #10 OTG TN滋賀 86)
- 鈴鹿10時間耐久レース・Pro-Amクラス(HubAuto Corsa #28 Ferrari 488 GT3)(クラス2位)
- 2019年
- SUPER GT・GT300クラス(埼玉トヨペットGreen Brave #52 埼玉トヨペットGB マークX MC)(シリーズ9位)
- スーパー耐久・ST-3クラス(埼玉トヨペットGreen Brave #68 埼玉トヨペットGB GR SPORT マークX)(シリーズ2位)
- GAZOO 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(埼玉トヨペットGreen Brave #160 埼玉トヨペットGB 86)
- 2020年
- SUPER GT・GT300クラス(埼玉トヨペットGreen Brave #52 埼玉トヨペットGB GR Supra GT )(シリーズ2位 2勝)
- スーパー耐久・ST-3クラス(埼玉トヨペットGreen Brave #52 埼玉トヨペットGB クラウン RS)
- GAZOO 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(埼玉トヨペットGreen Brave #160 埼玉トヨペットGB 86)
- 2021年
- SUPER GT・GT300クラス(埼玉トヨペットGreen Brave #52 埼玉トヨペットGB GR Supra GT )
- スーパー耐久・ST-3クラス(埼玉トヨペットGreen Brave #52 埼玉トヨペットGB クラウン RS)
- GAZOO 86/BRZ Race・プロフェッショナルシリーズ(埼玉トヨペットGreen Brave #160 埼玉トヨペットGB 86)
全日本フォーミュラ3選手権
[編集]年 | チーム | エンジン | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 順位 | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2010年 | ハナシマレーシング | トヨタ | C | SUZ1 6 |
SUZ2 5 |
TRM1 6 |
TRM2 6 |
FSW1 | FSW2 | FSW1 | FSW2 | TRM1 | TRM2 | OKA1 | OKA2 | SUG1 | SUG2 | AUT1 | AUT2 | 7位 | 5 |
SUPER GT
[編集]人物
[編集]- かつて世話人として吉田が仕えていた本山哲曰く「基本的に運転はヘタ」で、事実吉田は本山の運転手を始めてわずか3日目に、本山の日産・シーマを擦ってしまったという[1]。東名スポーツでペアを組んだ田中篤からも「何回も車を壊している」と指摘されている[2]。そのような有様から関係者から(クルクルとスピンしてばかりなので)「クルリン」という不名誉なあだ名をつけられてしまっている。本山の会社に入った時点ではレースに向かないと判断されればレースをやめる予定であったが、結局その後も様々なチームを渡り歩いて腕を磨き、最終的には埼玉トヨペット Green BraveでGT300の王座を獲得した。
- 本山の会社に務めていた頃、ミハエル・クルムの当時の配偶者であった伊達公子の運転手をしていた時期があった。
- 蒲生尚弥、井口卓人と仲が良い。