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危機に瀕する言語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
危機言語から転送)
地図に赤で示した8つの国には、全世界の絶滅の危機に瀕する言語の50%以上を話した人々が暮らしてきた。インドインドネシアパプアニューギニアオーストラリアナイジェリアカメルーンメキシコブラジルである。また青色で示した地域は、世界で最も言語が多様な地域。
言語の死Language death(英語))は、民族集団の人々の間で言語シフトが進み、人々が伝統言語英語版母語として身につけなくなった結果と考えられる。
凡例:(右)HC=伝統文化、HL=伝統言語。(左上から)HLL=伝統言語を学ぶ人。L1L=母語として身につける人。SLL=第二言語として習得する人。

危機に瀕する言語(ききにひんするげんご)とは、母語話者がいなくなることで消滅死語化)の危機にある言語である[1]危機言語とも言われる。

概要

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世界には6000から7000[注釈 1]の言語があるとされた。マイケル・クラウス英語版によれば、100万程度の話者を持つ言語は、今後100年程度は安定であるとされている。現存する言語のうち半数は22世紀の初めつまり約100年以内に完全に話し手を失い、消滅すると予想される言語である[4]

最後の言語使用者の死によって20世紀に消滅した言語としては、1974年のマン島語イギリス)、1981年のワルング語オーストラリア)、1992年のUbuh語やウビフ語(両者ともコーカサス地方[疑問点])、1995年のカサベ語英語版カメルーン)、2000年の羿人語(げいじんご=中国四川省[疑問点])などがある[5]

1990年代以降、欧米の学界では危機言語研究に力が入れられるようになったが、その言語を記述し、記録を残す研究は進んでいないとされてきたが反論もある[6]。言語を研究する言語学者にとってもその言語自体が失われる事態になるため、危機言語の研究は重要であるとされる[7]

しかし辺地の地方文化、マイノリティ少数民族への蔑視も根強く、危機に瀕した言語研究への意識も高いとはいえない事態にある。日本では21世紀に入り、2003年特定非営利活動法人地球ことば村・世界言語博物館」が立ち上げられる等、事態を改善しようとする動きも広がりを見せつつある。

英国王立協会紀要英語版によれば、世界で最も少数言語が失われる恐れの高い場所は、オーストラリア北米の一部とされる。研究では、経済的に発展した地域ほど少数言語は失われやすいとされ、イギリスケンブリッジ大学は、1人当たりのGDPのレベルは言語多様性の消失と関連があると発表した[8]

手話と消滅の危機

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言語話者の減少に関する調査はほぼすべて、口話を主題にしており、ユネスコの絶滅危惧言語に関する調査でも、手話には言及がない[9]。しかし複数の手話が絶滅の危機に瀕しており、例を示すならアリプール村手話英語版(AVSL=インド[10])、アダモロベ手話(ガーナ)、バンコール手話英語版(タイ)、平原インディアン手話[11][12]などがある。伝統的な手話は小さなコミュニティで話すことが多く、より人口の多い手話と接触したり、ろう者コミュニティが分散するなど、わずかな環境の変化で失われる危機や消滅に近づくと予測される。手話がどれくらい頻繁に話されているか、評価手法が開発された[13]

ユネスコによる報告

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世界

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ユネスコによる消滅危機度評価
  1950年以降に消滅(Extinct)
  極めて深刻(Critically Endangered)
  重大な危険(Severely Endangered)
  危険(Definitely Endangered)
  脆弱(Vulnerable)

国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)は消滅危機言語をリストアップして地図化し『絶滅危機言語レッドブック英語版』と題して発行している[注釈 2][15]2009年2月、『絶滅危機言語レッドブック英語版』第3版となるリストが発表され[注釈 3]、世界で約2500の言語を消滅危機言語として位置づけた[15][16][17]。言語の消滅危険度については「脆弱」から「極めて危険」まで4段階(「消滅」を含めれば5段階)の評価が行われている。2009年の発表時点では、最も深刻度の高い「極めて深刻」に538言語が分類され[15]、このうち199言語は、話者が10人以下であった[15]

ウェブ上ではインタラクティブ・マップ版[18]が公開され、随時情報が更新されている。1950年以後に消滅した言語は、2009年2月の報道時点では「219語」とされていたが[15]、2014年12月現在は約230とされる[16]。ユネスコは、世界の言語のうち約3000言語程度が「危機に瀕する言語」となると見積もっている[16]

日本

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日本国内では、話者10人とされるアイヌ語[15]をはじめ、以下の8言語がリストに掲載されている[17]。アイヌ語以外は日琉語族に属し、そのうち八丈語を除く6言語はすべて琉球諸語を構成する言語である。

中国

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仡佬語(コーラオ語(中国語))や仙島語[19]などが危機に瀕する言語といわれている[5]

インド

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インドネシア

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インドネシアは言語数が多く、400を優に超えるオーストロネシア諸語や240ほどのパプア諸語により、合計で600を超すものとなっている[20]。インドネシアの先住民語の4分の1超が脆弱もしくは危機に晒されていると考えられ得る。官用語・公用語として、あるいはメディア用に唯一使用されている言語はインドネシア語である[20]。オーストラリアや南北アメリカの優位言語のみを話す話者たちが行ってきたような他言語の直接的な抑圧こそ存在しないものの、インドネシアの一部においては現地語話者が現地語を話す意欲を削ぐ動きも見られる[20]。教育がインドネシア語のみで行われるため、子供たちはインドネシア語が母語よりも上等であると見ることに慣らされており、インドネシア語を家庭において他の家族と共に本来の先住民語に優先して使用しており、先住民語は漸進的に危機に晒されつつある[20]。なおインドネシアの一部、特にカリマンタンイリアンジャヤ (パプア) は2010年までの時点においては文献の蓄積が不十分である[20]

オーストラリア

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カメルーン

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ナイジェリア

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パプアニューギニア

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パプアニューギニアは750を超す現地語を擁しており、比較対象となり得る世界の他の地域と比べても最多の言語数を誇る[21]。話者が万単位で存在する言語はその中でもごくわずかであり、多数の言語が100人ばかりかそれ未満の話者のみが話す小規模言語に分類され得る[21]。2010年時点から見て30年ほど前かそれ以前までは、パプアニューギニアは世界の言語危機の影響を最も受けない地域であり、話者たちはかつてのみならず現在もなお苛烈なまでに自らの言語に誇りを抱いており、言語をエスニック・アイデンティティの主な象徴と捉えている[21]

しかし過去30年の間に流動性が著しく増大し、異言語話者間の通婚件数の確固たる増加する結果となった[21]。さらにこうした通婚の多くは、国内に広がった伝統的多言語使用の範囲外の言語を招き入れる性質のものとなっており、こうした場合に家族は大抵、国家語である接触言語にしてリングワ・フランカであり、全パプアニューギニア人の80パーセント超が広域的相互意思疎通用の言語として話すトク・ピシンを採用する[21]。トク・ピシンは複雑なオーストロネシア型文法や数多くの英語由来語を有する[21]。子どもたちはトク・ピシンを第一言語として学び始めているところであり、同時に潜在的な言語危機の連鎖の発端となり始めてもいる[21]

教育の場やメディアにより使用されているのは30ほどの限られたメジャー言語に留まっており、このことがその他多くの言語の現地人視点での重要性を低下させている[21]。パプアニューギニア政府や当局の全現地語に対する姿勢は肯定的ではあるものの、状況は困難である[21]。パプアニューギニアのオーストロネシア諸語のうち約35言語が脆弱あるいは危険で3言語が消滅しており、パプアニューギニアに話者の存在する/したパプア諸語に関しては40を超す言語が脆弱もしくは危険と考えられ得る状況であり、13言語が最近になって消滅しつつある[21]

ブラジル

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メキシコ

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消滅を防ぐ努力

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モバイルアプリの普及

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脚注

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注釈

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  1. ^ 7000言語を数えたのは2010年代以前[2]国際SILSILコードを割り当てた言語数は7299(2012年時点[3])。
  2. ^ 『ユネスコ消滅危機言語の地図』の初版(1996年)は題名『Red Book of Endangered Languages』。第2版発行が2001年[14]
  3. ^ 『Atlas of the World's Languages in Danger』書籍版は2010年刊行。

出典

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  1. ^ 大胡 2017, pp. 164–167
  2. ^ 内野 尚. “絶滅に瀕した言語(Endangered Language)の継承と生物多様性確保の共通点”. 三菱総合研究所. 2009年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2005年1月24日閲覧。 “世界には約7000の言語があると言われているが、その半数が21世紀には失われるという予測もある。実際、これら7000の言語のうち、半数は話し手が6000人以下と言われているし、20世紀になって最後の話し手が死亡した言語も知られている。国連環境計画(UNEP)も2001年にナイロビで行われた環境会議で、言語の消滅に対して警鐘を鳴らしているし、UNESCOからは絶滅危惧種のレッドデータブックならぬ、危機言語のレッドブックも公表されている。この中では北海道のアイヌ語はnearly extinctとされている。”
  3. ^ Updating Codes from the 14th Edition to the 15th Edition”. web.archive.org. Web version > Language code index > Three-letter codes > Updating codes. Ethnologue (2012年12月26日). 2024年9月13日閲覧。
  4. ^ ワールドウオッチジャパン 2010, pp. 29–33
  5. ^ a b 宮本 2004, p. 113-131, 「中国における危機言語問題」
  6. ^ 木本 2021, pp. 35–50
  7. ^ 山田 & 横山, p. 2021, 『とうとうい』
  8. ^ フランス通信社 2014, 「経済成長で少数言語が失われる、研究」
  9. ^ Endangered languages in Europe: indexes”. web.archive.org (2016年3月3日). 2016年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月21日閲覧。
  10. ^ avsl-panda-0112”. www.elararchive.org. Endangered Languages Archive. 2023年11月21日閲覧。
  11. ^ Hand Talk: American Indian Sign Language”. 2014年10月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月21日閲覧。
  12. ^ Gazette, DONNA HEALY Billings (2010年8月13日). “Tribal ‘hand talk’ considered an endangered language” (英語). The Independent Record. 2023年11月21日閲覧。
  13. ^ Bickford, J. Albert, M. Paul Lewis, Gary F. Simons. 2014. Rating the vitality of sign languages. Journal of Multilingual and Multicultural Development 36(5):1-15.
  14. ^ Previous editions of the Atlas (1996, 2001)”. new edition of the Atlas of endangered languages. UNESCO (2012年). 2014年12月10日閲覧。
  15. ^ a b c d e f 八丈語? 世界2500言語、消滅危機 日本は8語対象、方言も独立言語 ユネスコ」『朝日新聞』2009年2月20日。2014年12月10日閲覧。
  16. ^ a b c Atlas of the World's Languages in Danger [新版『ユネスコ消滅危機言語の地図』発行]”. new edition of the Atlas of endangered languages. UNESCO (2012年). 2014年12月10日閲覧。
  17. ^ a b 消滅の危機にある方言・言語”. 文化庁. 2014年12月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年12月10日閲覧。
  18. ^ UNESCO Atlas of the World's Languages in danger”. web.archive.org. UNESCO (2020年4月11日). 2020年4月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。
  19. ^ 戴 & 王 2004, pp. 597–629
  20. ^ a b c d e Tryon (2010:76).
  21. ^ a b c d e f g h i j Tryon (2010:76–77).

参考文献

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本文の典拠、主な執筆者の姓の50音順。

  • 経済成長で少数言語が失われる、研究」『AFPBB News』2014年9月3日。2014年9月5日閲覧。
  • 大胡太郎「【書評】藤井貞和 著『日本文学源流史』」『物語研究』第17巻、2017年、164–167頁、doi:10.24523/mgkk.17.0_164 
  • 木本 幸憲「変化する社会への適応方法としての「危機」言語 : フィリピンのアルタ語の活性度と消滅プロセスから」『社会言語科学 The Japanese Journal of Language in Society.』第23巻第2号、2021年3月31日、35-50頁、id=国立国会図書館書誌ID:2008465053 
  • 戴 庆厦(Qingxia Dai); 王 朝晖(Chaohui Wang) (2004-03-08). “仙岛语濒危趋势个案研究”. 国立民族学博物館研究報告 (国立民族学博物館) 28: 597-629. doi:10.15021/00004016. ISSN 0385-180X. CRID 1390290699797145600. "中国で新発見された言語(1985年)で危機に瀕した言語。使用人口は少なく一部の人は母語を第二言語にして生活にジンポー語(景颇語)を使用。" 掲載誌別題『Bulletin of the National Museum of Ethnology』
  • Tryon, Darrell T. (2010). “Greater Pacific area”. In Moseley, Christopher. Atlas of the World's Languages in Danger. UNESCO. pp. 74–78. ISBN 978-92-3-104096-2. https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000187026 
  • 宮本大輔、Miyamoto, Daisuke「中国における危機言語問題-言語転用が招く言語の死-」(pdf)『神奈川大学大学院言語と文化論集』第11巻、神奈川大学大学院 外国語学研究科、2004年12月、113-131頁、ISSN 1341-612X2020年2月3日閲覧 CRID 1050282677544156288
  • 山田真寛、横山晶子「戦うことば : 消滅危機言語保存の研究と実践」『といとうとい』、京都大学学際融合教育研究推進センター、2021年6月30日、70-78頁、CRID 1390572175769299456doi:10.14989/toitoutoi_00_6 論文別題「Survival of the Language: Research and Practice on Preservation of the endangered languages」。
  • 「世界6700言語の半数か 消滅の危機に瀕する言語」『World・watch : 地球環境総合誌』第23巻4(通号 127)2010.7・8、ワールドウオッチジャパン、さいたま市、2010年、29-33頁、国立国会図書館書誌ID:108244282024年9月13日閲覧 

関連資料

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発行年順

  • 青木晴夫 『新版 滅びゆくことばを追って インディアン文化への挽歌』三省堂〈三省堂選書111〉、1984年
  • 梶茂樹『ことばを訪ねて アフリカをフィールドワークする』大修館書店、1993年
  • 中川裕『ことばを訪ねて アイヌ語をフィールドワークする』大修館書店、1995年
  • 金子亨『先住民族言語のために』草風館、1999年
  • 真田信治『方言は絶滅するのか 自分のことばを失った日本人』PHP研究所、2001年
  • R・ディクソン『言語の興亡』大角翠 訳、岩波書店〈岩波新書〉、2001年
  • 大角翠 編著『少数言語をめぐる10の旅 フィールドワークの最前線から』三省堂、2003年
  • T・クローバー『イシ 北米最後の野生インディアン』;行方昭夫 訳、岩波書店〈岩波現代文庫 社会85〉、2003年
  • 呉人恵『危機言語を救え ツンドラで滅びゆく言語と向き合う』大修館書店、2003年
  • 津曲敏郎 編著『北のことばフィールド・ノート―18の言語と文化』北海道大学、図書刊行会、2003年
  • クロード・アジェージュ『絶滅していく言語を救うために ことばの死とその再生』糟谷啓介 訳、白水社、2004年。ISBN 456002443X
  • 『フィールドワークは楽しい』岩波書店編集部編、岩波書店〈岩波ジュニア新書474〉、2004年
  • D・クリスタル『消滅する言語 人類の知的遺産をいかに守るか』斎藤兆史三谷裕美 訳、〈中公新書〉、2004年
  • ダニエル・ネトル、スザンヌ・ロメイン『消えゆく言語たち:失われることば,失われる世界』島村宣男 訳、ISBN 4788507633
  • Ladefoged, Peter ; Sandra F. Disner (2012) Vowels and Consonants : an introduction to the sounds of languages. 第3版、Wily-Blackwell。NCID BB0895723X(初版は単著、2001年)
    • 日本語版 ピーター・ラディフォギッド (Ladefoged, Peter)『母音と子音:音声学の世界に踏み出そう』サンドラ・フェラーリ・ディズナー 共著、田村幸誠・貞光宮城 訳、開拓社、2021年。ISBN 9784758923514NCID BC09858831

関連項目

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50音順

研究者

外部リンク

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