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雲中君

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
雲中君が龍を御し天翔ける姿を描く

雲中君(うんちゅうくん)は、中国の祭祀詩『楚辞』「九歌」に登場する雲や気象を司る神格。その神格の解釈を巡っては雲神説・月神説・雷神説などが存在し[注釈 1]、日本では主に中国古代文学研究の文脈で論じられる。性別についても東君との対比から女神説が提起されるが、楚辞本文中の「君」の用法から男性神とする見方が通説である[注釈 2]

神格の特性

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司掌領域の学説

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  • 雲神説王夫之『楚辞補注』に基づく伝統的解釈で「雲を運び雨を降らす神」と解する[1]
  • 月神説蘇雪林が『九歌と神話』で提唱し、東君(太陽神)との対概念として解釈。
  • 雷神説聞一多の『神話与詩』で雲と雷の密接性を根拠に主張[2]
  • 愛神説:現代中国の褚斌杰が『楚辞要論』で雲の広がる様を男女の情愛に比喩する解釈を提示。

九歌本文の分析

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『九歌』「雲中君」篇は巫女と神の対話形式で構成され[注釈 3]、以下の特徴が指摘される:

  • 空間表現:「猋遠挙兮雲中」の急速な昇降描写が雲の動態を象徴[3]
  • 光の意象:「爛昭昭兮未央」「与日月兮斉光」に雲の輝きを神格化する表現
  • 両義性:神の降臨と疾走する去り際の対比が人間の切望と神の超越性を表す[3]

信仰の変遷

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時代別解釈の変遷
時代 解釈の特徴 典拠
漢代 雲師として雨乞い儀礼と結合 周礼』大宗伯
六朝 泰山府君信仰と習合し冥界神化 捜神記』巻五
江戸時代 林羅山が『本朝神社考』で雷神説を紹介 『羅山文集』巻三十一
現代 気象学的解釈と文学象徴論の並立 褚斌傑『楚辞要論』

日本における受容

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関連項目

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  • 東君 - 『九歌』の太陽神で対をなす
  • 山鬼 - 同書に登場する自然霊
  • 泰山府君祭 - 日本における関連祭祀儀礼
  • 気象神 - 比較神話学の観点

参考文献

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  1. ^ 王夫之『楚辞補注』広文書局、1977年、58頁。 
  2. ^ 聞一多「九歌解詁」『清華学報』第12巻第3号、1937年、45-49頁。 
  3. ^ a b 松本雅明『詩経・楚辞論』弘文堂、1958年、213頁。 
  4. ^ 皆川淇園『九歌繹解』青藜閣、1812年、卷中頁。 
  5. ^ 田所義行「九歌の祭祀的構造」『日本中国学会報』第22巻、1970年、89-104頁。 

注釈

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  1. ^ 江陵天星観1号墓出土の戦国祭祀竹簡に「雲君」の記述があり、これを「雲中君」の略称と解する説が有力(星川清孝『楚辞の研究』による)]。
  2. ^ 吉川幸次郎「楚辞九歌小考」では「君」が男性神を指す事例を湘君などと比較して論証。
  3. ^ 「霊連蜷兮既留」(霊の舞い留まる)など祭祀劇の要素が顕著(青木正児「楚辞九歌の舞曲的結構」による)。