陶芸メッセ・益子
陶芸メッセ・益子 Ceramic Art Messe Mashiko | |
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「陶芸メッセ・益子」にある「遺跡広場」[1] | |
施設情報 | |
正式名称 | 陶芸メッセ・益子[2] |
愛称 | 陶芸メッセ |
専門分野 |
陶芸 益子焼 民藝 近代陶芸 |
事業主体 | 益子町 |
管理運営 | 益子町 |
延床面積 | 約35,000平方メートル |
開館 | 1993年(平成5年)6月26日[3][4] |
所在地 |
〒321-4217 日本 栃木県芳賀郡益子町益子3021番地 |
位置 | 北緯36度27分55秒 東経140度6分15秒 / 北緯36.46528度 東経140.10417度 |
最寄駅 | 真岡鐵道・益子駅 |
最寄バス停 | 関東バス・陶芸メッセ益子入口 |
最寄IC | 常磐自動車道・桜川筑西IC |
外部リンク | 益子陶芸美術館/陶芸メッセ・益子|施設紹介 |
プロジェクト:GLAM |
陶芸メッセ・益子[5][6][7](とうげいメッセましこ)とは、栃木県芳賀郡益子町にある、益子町に関係した益子焼や民藝を含めた陶芸を扱う[4]町立の複合施設である[5][6]。
「益子陶芸美術館」を中心として、「御城山遺跡」を公園とした「遺跡広場」や、益子焼の陶芸家・濱田庄司の旧邸宅:「旧濱田庄司邸」や[5][6]濱田庄司が使用していたものを復元した登り窯[5][6]、また「陶芸工房」も備えている。また棟方志功の弟子であった版画家の笹島喜平の作品が展示されている「笹島喜平館」がある[5][6]。そして現在は「益子国際交流工芸館」も置かれている。
沿革
[編集]1987年(昭和62年)、益子町の伝統工芸品である「益子焼」を軸とした伝統工芸の振興と、魅力ある環境の整備を目的として、益子町の中心部にある、戦国時代の武将であった益子氏の居城の遺跡が発掘された御城山[8]周辺の約35,000平方メートルを敷地として[4][9]、「陶芸館」(後の「益子陶芸美術館」)を中心とした[5]「益子陶器の丘:陶芸メッセ・益子開発計画」が構想され[10]、同年11月26日[11]、自治省の補助事業「リーディング・プロジェクト」の一つに指定された[12][13][14][15][16][17][3]。1988年度(昭和63年度)より5ヶ年事業として着工した[16][18][19][3]。
そして「陶芸館」や「陶芸工房」の建設、そして「旧濱田庄司邸」[20][5][6]の移築[17][注釈 1][26]と、濱田が使用していた登り窯の復元[5][6][27]を行い、1993年[6](平成5年)[6]6月26日にオープンした[4][9][16][3]。
「陶芸館」では濱田庄司を初めとした加守田章二、佐久間藤太郎、木村一郎、村田元、島岡達三ら「益子焼の先人たち」や[5][17]、現代(当時)の益子焼の作家や窯元[5][6]、そして濱田庄司や益子焼と縁の深いバーナード・リーチの作陶作品も展示紹介された[5][4]。濱田庄司ゆかりの陶芸作品から、益子町内から出土した土器に至るまで、古代から現代へと移り変わっていった益子焼の流れが人目でわかる展示となっていた[6]。また初期は益子焼のみならず、日本各地の民窯から集められた百十二カ所の窯場の[6]陶磁器器製品も展示紹介されていた[6][9][16][17]。オープン当時の陶芸館の各展示室は「匠」「炎」「伝」「釉」「集」と名付けられており、「匠」には濱田庄司ゆかりの作家作品が展示され、「炎」と「伝」には当時の益子焼の陶芸作品を展示。「釉」には企画展の作品が展示され、「集」には日本各地から収集された陶磁器作品が展示されていた[28]。
そして陶芸工房では轆轤などを使った陶芸体験教室が開かれていた[6][9][16][17]。そして全国の陶芸愛好家の作品を濱田庄司ゆかりの登り窯で焼成する「ましこの炎まつり」が開催された[29]。また益子氏の居城があった御城山の頂上付近の遺跡は「遺跡広場」と名付けられ、遺跡保存のための公園として整備された[8][9][16]。この「遺跡広場」は現在、益子陶器市の主要作家テント村として有名になっている[1]。
そして1995年(平成7年)には棟方志功の弟子である益子町出身の版画家であった笹島喜平の作品が展示されている「笹島喜平館」がオープンした[5][6]。
2003年(平成15年)、栃木県教育委員会は「陶芸メッセ・益子」を登録博物館として認可した。それに伴い、「陶芸館」は新たに美術館として運営を開始し、「益子陶芸美術館」と名称が変更された[30]。
オープン当初から益子町観光振興公社が運営し、2006年度(平成18年度)からは指定管理者となっていたが、2009年(平成21年)4月1日からは益子町が直接管理運営を行っている[31]。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災により益子町全体が甚大な被害に遭った。陶芸メッセ・益子の濱田庄司ゆかりの登り窯も倒壊[32]。陶芸メッセ・益子も3月29日まで閉鎖された[33]。その後、同年11月下旬に登り窯の修復工事が完了し、見学が可能となり再開された[34]。
2013年(平成25年)、益子町と英国セント・アイヴスとの友好都市締結に伴った、益子町出身であり「大塚商会」創業者の大塚実から「益子町の国際工芸のために」益子町へ寄付された資金1億円を用いて「益子国際工芸交流館」の建設が計画された[35]。そして2014年(平成26年)5月9日に完成[36]。アーティスト・イン・レジデンスとして[37]「益子国際工芸交流事業」が開始された[38]。また2016年(平成28年)には招待した陶芸家用の薪窯も完成した[39]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 濱田庄司旧宅(益子参考館以外)が老朽化し、濱田晋作と山梨県の美術館で売買交渉が進められたが、益子町の陶芸家たちが「濱田先生の旧宅は益子にあればこそ」と晋作に申し入れた結果、1989年(平成元年)4月に、移築を条件に無償で益子町に寄付された。ところが今度は同年9月に、当時の日本民芸館館長・柳宗理や大原美術館館長・藤田慎一郎が「益子焼の歴史と伝統を守る為には、在来地での保存が最良である」と、作家・井上靖や詩人・大岡信らの連名による移転反対の陳情書が栃木県と益子町それぞれに提出されたり、大塚武を代表とする益子町の窯業関係者も「濱田家母屋保存を望む町民の会」が結成されるなど[21]、濱田庄司旧宅の移転反対運動も起こっていた[22][23][24][25]。
出典
[編集]- ^ a b 地図 - Google マップ - 遺跡広場(益子陶器市)
- ^ “陶芸メッセ・益子の設置及び管理運営に関する条例”. 益子町 (1993年3月10日). 2023年8月30日閲覧。
- ^ a b c d 「下野新聞」1993年(平成5年)6月26日付 12 - 13面「「陶芸メッセ・益子」オープン」「見て 作って 焼き物体験」「オープニングイベント 3日間は無料開放」「商工会の物産市も」
- ^ a b c d e 『地方議会人 議員研修誌』24(5)「町村トピックニュース」「浜田庄司作品など展示」「陶芸メッセ・益子がオープン -栃木県益子町-」P65 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l 美しいやきものの里を訪ねる,実業之日本社 1998, p. 175.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o 全国有名窯場めぐり,西東社 1998, p. 22.
- ^ 全国伝統やきもの窯元事典,東京堂出版 2005, p. 42.
- ^ a b “御城山遺跡|文化財詳細”. 益子町公式ホームページ. 2023年8月29日閲覧。
- ^ a b c d e 『民藝』(488) 「「陶芸メッセ・益子」が開館」P66 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 「日本経済新聞」1987年(昭和62年)10月18日付 4面「益子町、「陶器の丘」開発構想-陶芸の展示・体験の施設展開」
- ^ 「日本経済新聞」1987年(昭和62年)11月27日付 5面 「自治省、リーディング計画事業指定」
- ^ 『公共建築 = Public buildings』32(3)(127)「特集-長寿社会と公共建築」「自治省における長寿社会対策」「リーディング・プロジェクトの概要と実施例」堀井達雄 P28-30 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 『産業立地 = Industrial location』 28(5)(327)「新くにづくり対談 今後の地域開発を考える」「いま何が地域活性化に必要か」「栃木県の地域振興整備に係る構想・計画」P15 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 『商工ジャーナル』 15(5)(170)「観光と産業 北から南から」「栃木の巻」「リゾート開発と表裏一体の製造業強化策」P13 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 『鉄鋼界』39(10)「日本縦断大型プロジェクト(9)」「◆栃木◆ とちぎ新時代への飛翔」「付表 プロジェクトの計画・実施状況」P55 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ a b c d e f 『観光』10月(325)「新施設しょうかい(49)」「陶芸メッセ 益子(栃木県益子町)」P1 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ a b c d e 『月刊ロアジール』18(12)「新たな地域の挑戦」「決め手は素材+ソフト力、アクセス」「ケーススタディ3 陶芸メッセ・益子(栃木県益子町)」P18 - 20 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 『いっとじゅっけん』35(9)「新しい村づくり」「益子焼を核としたむらおこし」「めざせ、世界の益子」P44-47 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 『益子町史 第6巻 (通史編)』「第四編」「第五章 戦後の益子」「第七節 現代の益子」「観光と益子焼」P1245 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2023年8月29日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 『ふるさとのすまい 日本民家集』「関東」「栃木県」「浜田庄司氏宅 芳賀郡益子町」P213 - 国立国会図書館デジタルコレクション 2024年4月14日、国会図書館デジタルコレクション デジタル化資料個人送信サービスにて閲覧。
- ^ 「下野新聞」1990年(平成2年)2月1日付 4面「話題の窓」「浜田氏旧宅」「益子 現地保存ついに空振り」「町は陶芸メッセへ移築」
- ^ 「朝日新聞」1989年(平成元年)10月20日付 夕刊「らうんじ」3面「陶芸家・故浜田庄司氏の旧家移転計画に反対運動」栃木・益子
- ^ 「朝日新聞」1989年(平成元年)10月26日付 栃木面「故浜田庄司氏の旧家移転で知事に現地保存の要望書」益子の団体 栃木
- ^ 「朝日新聞」1989年(平成元年)10月29日付 栃木面「陶芸家・故浜田庄司氏の旧家移転計画に反対運動」栃木・益子
- ^ 「朝日新聞」1990年(平成2年)1月16日付 30面「旧浜田家の解体始まる」「現地保存の訴えは届かず」栃木・益子町
- ^ 地図 - Google マップ - 旧濱田庄司邸
- ^ 地図 - Google マップ - 登り窯(陶芸広場/陶芸メッセ・益子)
- ^ 日本放送出版協会,日本のやきもの 1987, p. 99-100.
- ^ 「日本経済新聞」1999年(平成11年)8月14日「全国の陶芸愛好家、益子の窯に集う「炎まつり」来月開催」「釉薬のかけ方講習会も」
- ^ 「下野新聞」2003年(平成15年)2月2日付 9面「陶芸メッセ・益子 内容充実へ博物館登録」
- ^ 「下野新聞」2009年(平成21年)3月31日「陶芸メッセ 直営に」「信用、税制面でメリット」「明日から益子町」
- ^ 「下野新聞」2011年(平成23年)3月15日付 22面「東日本大震災」「陶芸メッセの窯崩壊」「震災被害の施設まとめ」「益子町」
- ^ 「下野新聞」2011年(平成23年)3月19日付 4面「東日本大震災」「県内市町の震災関連地域情報」
- ^ 「下野新聞」2012年(平成24年)3月10日付 15面「東日本大震災1年」「本県にも大きな爪痕」
- ^ 「下野新聞」2013年(平成25年)8月24日付 25面「益子・来春オープン」「陶芸メッセに国際工芸館」「芸術家交流、長期滞在も」
- ^ 「下野新聞」2014年(平成26年)5月10日付 3面「益子国際工芸交流館が完成」「外国作家を招き芸術交流」「名誉町民の大塚氏後押し」「長期滞在で創作」
- ^ アーティスト・イン・レジデンス|美術手帖
- ^ 「下野新聞」2014年(平成26年)9月20日付 24面「益子国際交流館の招待事業」「英国からキーナンさん」「来月29日まで滞在」「陶芸への思い、技術を披露」
- ^ 「下野新聞」2016年(平成28年)4月3日付 24面「陶芸メッセに薪窯完成」「益子・海外芸術家招待事業で使用」「大塚氏(名誉町民)の寄付活用」
参考文献
[編集]- 『日本のやきもの 伝統の窯元を訪ねて【東日本編】』日本放送出版協会、1987年6月25日、7,99-100頁。ISBN 9784140803165。
- JTB『やきものの旅 東日本 訪ねてみたい20の窯里』JTB日本交通公社出版事業局〈JTBキャンブックス〉、1993年12月1日、100-101頁。ISBN 9784533019869。
- 島岡達三(講師)『陶芸に親しむ』日本放送出版協会〈NHK趣味百科〉、1996年4月1日、12,135頁。 NCID BA38049607。国立国会図書館サーチ:R100000001-I27210050075665。
- 真尾栄『益子・笠間やきもの紀行』主婦と生活社〈主婦と生活 生活シリーズ 284〉、1997年9月16日、56-59,125頁。ISBN 4391120674。
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- 南大路豊(監修)『やきもの 全国有名窯場めぐり』株式会社 西東社、1998年8月30日、22頁。ISBN 9784791605095。
- 小林真理 編『和のうつわ 52人の作家とその作品』株式会社平凡社〈コロナブックス 101〉、2002年9月5日、145頁。ISBN 4582633978。
- 中島誠之助 中島由美『週刊 やきものを楽しむ』株式会社小学館〈小学館ウィークリーブック〉、2003年6月17日、22,27頁。ISBN 9784763687234。 NCID BA8513835X。国立国会図書館サーチ:R100000002-I000004166379。
- 株式会社三推社 編『関東周辺 日帰り達人ナビ 決定版』株式会社講談社〈ベストカー情報版〉、2003年9月27日、56-57頁。ISBN 9784063171495。
- 佐藤秀人 編『器を楽しむ』株式会社世界文化社〈家庭画報特選〉、2004年5月1日、72-73頁。ISBN 9784418041213。
- みわ明 編『全国伝統やきもの 窯元事典』株式会社 東京堂出版、2005年7月1日、42頁。ISBN 449010670X。
- 小林真理『至高の名陶を訪ねる 陶芸の美』株式会社芸術新聞社、2022年8月14日、190頁。ISBN 9784875866503。
外部リンク
[編集]公式サイト
[編集]公式SNS
[編集]「陶芸メッセ・益子」の情報も含め、同一内容を告知している。
- 益子陶芸美術館 (@mashiko.museum) - Instagram
- 益子陶芸美術館 Mashiko Museum of Ceramic Art (@mashiko_museum) - X(旧Twitter)
案内サイト
[編集]益子陶芸美術館の情報も併記している。