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松平直温 (川越藩主)

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松平直温
松平直温像(孝顕寺蔵)
時代 江戸時代後期
生誕 寛政7年2月14日1795年4月3日
死没 文化13年7月28日1816年8月21日
改名 亀三郎(幼名)、直温
戒名 馨徳院殿大振声光大居士
墓所 埼玉県川越市小仙波町喜多院
官位 従四位下大和守侍従
幕府 江戸幕府
主君 徳川家斉
武蔵川越藩
氏族 結城松平家
父母 松平直恒、八嶋氏娘・お美佐
兄弟 知豊、兼子、直温斉典朝蟻、磯子、絹、岸、季遠姫、可寛
浅野斉賢娘・輝
福田氏

斉典
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松平 直温(まつだいら なおのぶ)は、江戸時代後期の大名武蔵国川越藩3代藩主。官位従四位下大和守侍従結城松平家7代。

生涯

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寛政7年(1795年)2月14日、2代藩主・松平直恒の次男として川越にて誕生。

文化3年(1806年)4月11日に世子となり、文化7年(1810年)の父の死去で家督を継いだ。文化12年(1815年)に元服して従四位下・大和守に叙位・任官する。12月には侍従に任官する。

文化13年(1816年)7月28日に死去した。享年22。跡を弟・斉典が養子となって継いだ。

系譜

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