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一水会 (思想団体)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本の旗 日本の政治団体[1]
一水会
代表 木村三浩
副代表 番家誠
成立年月日 1972年
本部所在地 東京都新宿区下落合1-2-5[1]
政治的思想・立場 民族主義
民族派
YP体制の打倒
対米自立
反グローバリゼーション
親露反宇
脱原発主義
機関紙月刊レコンキスタ
政党交付金
0 円
公式サイト 一水会公式サイト
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一水会(いっすいかい)とは、かつて「右翼団体」と名乗っていた思想探求団体[2]。日本の新右翼民族主義団体の一つ。鳩山由紀夫元首相と共にロシア連邦支配下となったクリミア半島を訪問し、日本の戦後右翼と乖離した言動をしたことへの批判から、2015年5月から「右翼団体」と名乗るのを辞めた[2]

概要[編集]

1970年(昭和45年)11月25日、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地[3]東部方面総監部[4]楯の会会員5人が起した「楯の会事件」で、自衛隊員に憲法改正のためのクーデター決起を促し、戦後日本のあり方を批判して自決した三島由紀夫森田必勝両者の行動を"戦後体制打破"へ向けた果敢な行動と位置付け、「両烈士らの魂魄を継承する」為として、1972年(昭和47年)5月30日に創設された。命名者は阿部勉[5]。鈴木邦男、阿部勉犬塚博英(1980年脱退)、四宮正貴らで設立された。翌年鈴木邦男は逮捕されたことで勤め先を解雇されて、一水会の専業活動家となる[6]

三島由紀夫は反共の立場でありながらもアメリカに押し付けられた憲法を合法的に改正して、自衛隊を合憲の軍隊にすることは当時の世論から不可能と判断していたことから、自衛隊員に軍事クーデターを呼びかけたものだった。三島由紀夫は事件前の1969年に論壇誌『20世紀』4月号で発表した自衛隊二分論という論文にて、現日本国憲法下の自衛隊員のうち、陸自の9割、海自の4割、空自の1割を日本政府管轄の「国土防衛軍」として残し、それ以外の隊員は「国連警察予備軍」の名で国連軍の管轄下にする思想を主張していた。日本国憲法第9条の2条項を「敗戦国日本の戦勝国への詫証文」と非難し、一刻も早く憲法改正し自衛隊を正規軍に再編すべきと訴えていた[6]。三島由紀夫は戦後の日本が「経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失ひ、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆく」状態であるとし、憲法9条第2項自体と、法理上違憲が明白である自衛隊を誤魔化しで認めている解釈と学者を痛切に批判し[7][8]、「日本人はごまかし、ごまかし生きてきた。二十何年間。で、僕は大嫌いなんですよ、そういうことは。僕は、人間はごまかしてね、そうやって生きていくことは耐えられない。本当、嫌いですね」と述べている[8]

結成[編集]

結成初期の時期も日本国民は中道右派が多数派ではあったが、右翼団体のメンバー数自体は左翼団体のメンバー数に比べて圧倒的劣勢であったこと、既存の右翼団体からは若者の非ノンポリは左翼が多かったため、若い右翼団体として可愛がられた[6]

既成右派団体からの忌避以後[編集]

しかし、1975年に右派系のやまと新聞で鈴木が連載していた東アジア反日武装戦線に関する文章が、左翼系の出版社の三一書房の社長から気に入られ、「腹腹時計と〈〉」という東アジア反日武装戦線に否定的ではない内容の刊行をしたため、他の右翼団体から忌避され始める[6]

その他の日本国主流の右派・団体は憲法改正による対米自立を訴える団体を「主張は異なる右翼団体」と見なしているが、一水会のように憲法改正や軍事増強よりも「日米安保破棄」「対米自立」を訴えるのは机上の空論で、左翼と変わらないとして右翼団体とみなしてない。1991年時点でも日米同盟・日米安保支持が日本国民の大半を占めており、自衛隊で米軍の穴を埋められるほど増強することを訴えない民族派・反米右派団体は全て会員数減少が続く退潮傾向であり、一水会も基本的に連帯しているのは非親米の親右翼系か左翼系のみである[6]。一水会は憲法改正よりも日米地位協定が先と主張している[9]

木村代表就任[編集]

1972年の創設以来、鈴木邦男が代表を務めてきたが、1999年(平成11年)、書記長だった木村三浩に交代した。鈴木は顧問となり、文化人として、言論活動を行っている。木村は池子米軍住宅建設反対運動を行ったり、「対米自立」の観点を堅持し、湾岸戦争以降のイラク北大西洋条約機構(NATO)空爆後のユーゴスラビア連邦共和国(現:セルビア)等を訪問。フランスドイツロシアリビアシリアマレーシア等各国の政党・団体と交流した。

2003年(平成15年)イラク戦争の際、「ブッシュ政権イラク攻撃に反対する会」を結成。リーダーの木村三浩が同年2月13日記者会見。2月15日出発。2月24日帰国。3月4日記者会見。 2006年に処刑されたサッダーム・フセイン大統領の追悼会を日本で唯一開催。2007年(平成19年)顧問鈴木邦男、代表木村三浩は北朝鮮による日本人拉致問題で冷え切っている北朝鮮を訪問した。木村は北朝鮮に残置されている日本人軍人・軍属の遺骨2万2千の返還を提案した。 2009年(平成21年)2月5日から4週にわたり『週刊新潮』に掲載された、「実名告白手記 私は朝日新聞『阪神支局』を襲撃した!」の記事で、児玉誉士夫野村秋介について、事実に基づかない虚偽の報道がなされた。これに対し、木村三浩は阿形充規犬塚哲爾蜷川正大市村清彦と共に、「対『週刊新潮』」抗議団を結成し、正面から徹底的に抗議活動を展開した。結果、『週刊新潮』は虚報を認め、関係者に対し全面的に謝罪した。

2010年(平成22年)8月11日には国民戦線ジャン=マリー・ル・ペン党首ら欧州諸国の政党・活動家を東京に招き[10]、14日にはル・ペンらとともに靖国神社参拝を敢行してニュースになった[11]。 2014年に「韓国を嫌って日本だけを愛するというのは本当の愛国心とは言えない。そんな愛国心は嘘。」と主張[12]。「日本人の品位を貶める」ものと批判し、鈴木邦男、木村三浩が排外主義・レイシズム反対集会に参加。2013年4月号の機関紙レコンキスタ内でも在特会等のデモをヘイトスピーチとし、批判している[13]

2014年3月と9月に木村代表がロシア連邦によるクリミア半島併合を支持する鳩山由紀夫らとロシア支配下クリミア半島訪問。ウクライナからクリミア半島を併合したことでロシア連邦を制裁している日本政府について、欧米に追随しているだけと批判[14]

「右翼団体」自称停止[編集]

2015年5月には鳩山由紀夫とロシア連邦支配下のクリミア半島を訪問したことで、「先輩諸氏・諸兄から、戦後右翼のイメージを損ねるものとの批判・助言」を受けた。これを理由に、木村代表は「右翼団体」という名で自組織を呼称することを止め、「社会政治活動家・思想探求者」などの名称のもとに国家革新運動を展開することを宣言している[15]

2019年7月2日にモスクワのロシア国家院(下院)議事堂国際会議室でロシア自由民主党によって、10年ぶりに開催された「第5回世界愛国者平和大会」に木村三浩代表が参加[16]

主張・友好関係[編集]

木村代表は鳩山由紀夫と友好関係にあり、ロシア連邦によるクリミア併合を支持している。鳩山は、沖縄県の尖閣諸島に関して日本の立場を無視し、「係争地として認めるべき」「日本が盗んだと思われても仕方がない」などと発言で日本人からバッシングを受けた。同じく「(ウクライナからの)クリミア併合は必然かつ肯定される」との立場表明している鳩山、リベラル論壇の重鎮ジャーナリストの高野孟東アジア共同体研究所理事)と共に、木村代表はロシア連邦傘下のクリミア政府と面会し、スナップ写真を撮っている。木村代表は日本の現状を「欧米に毒されている」としてロシア連邦の立場を支持し、鳩山由紀夫を「自分の頭で考えて対処できる、国際基準を持った政治家の一人が鳩山さん」と絶賛している[14]

2022年にも鳩山由紀夫と行動を共にし、鳩山から「韓国に民族派団体一水会の木村代表と行動を共にしましたが、彼も安倍元総理の国葬には反対でした」と明かされている。鳩山は木村代表について「彼と共通するところは国民を愛する心です。」と語り、彼らは「安倍氏は米国に追随するばかりで、結果として周辺諸国との関係が悪化し、不必要な武器を買わされ、国民の生活の悪化を招いたので国葬には相応しくないのです」と思っていることを明かしている[17]

2024年にモスクワ市内で開催されたフォーラム「国際ロシア理解運動」で木村代表が登壇し、日本の世論・ウクライナ復興支援を批判した[18]

テロとリンチ殺人死体遺棄事件[編集]

1982年、木村三浩を中心に一水会メンバーの見沢知廉統一戦線義勇軍書記長に就任し、「清水浩司」を名乗り、日本IBM、イギリス大使館等への火炎瓶によるテロ活動を行う。同年9月12日、見沢らが右翼団体を新たに設立しようとする中で、一人のメンバーを公安のスパイと疑い、清水ら4名が1名をバールで殴打し、青木ヶ原の樹海に埋めるスパイ粛清事件を起こした。鈴木邦男(後に「一水会」名誉顧問)は遺体処理相談を受け、清水らは木村三浩の協力のもと、遺体を青木ケ原樹海から静岡の朝霧高原に埋め直し、死体遺棄した。同年9月18日に3名が逮捕され、9月23日に見沢も逮捕された。この事件で、鈴木邦男も任意同行を何度も求められたが、逮捕を免れている。見沢は殺人罪ならびに火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反で懲役12年の判決を受けた[6]

勉強会[編集]

  • 一水会フォーラムは、一般人にも門戸を開き、毎月一回新宿区高田馬場ホテルにて、講師を招いて勉強会を行っている。通常50 - 100人が参加している。勉強会の内容は『せめぎあう言霊 一水会フォーラム講演録』(鹿砦社・定価800円)に収録されている。
  • 木村ゼミは、非公開の形式であるが、申し込みの手続きを経れば誰でも参加できる。毎月一回会員とゼミ生が集まり、代表木村三浩の講義を受けている。ゼミ生は現在6期生で十数名がいる。
  • 鹿砦社との協力で、兵庫県西宮市では「鈴木邦男ゼミin西宮」が定期的に開かれている。また、一水会フォーラム地方出張版や、「レコンキスタ読者の会」「レコンキスタ読者の集い」も全国各地で行われている。

関連出版物[編集]

  • 月刊レコンキスタ』は、一水会の思想と行動を世の中に発信するため、毎月発行されている機関紙。30年以上にわたり発行され、現在360号を超えている。部数は3,000部(公称)。
  • 『レコンキスタ縮刷版は、1 - 100号、101 - 200号の「月刊レコンキスタ」を縮刷し書籍化したもの。
  • 『せめぎあう言霊』(鹿砦社・定価800円)は、一水会フォーラムの講演録を書籍化したもの。


脚注[編集]

  1. ^ a b "その他の政治団体一覧(2976団体)" (PDF) (Press release). 総務省. 31 December 2017. 2019年5月3日閲覧
  2. ^ a b 一水会HP 一水会独自活動宣言(平成27年5月22日)
  3. ^ 当地には現在防衛省本省がある
  4. ^ 1994年、防衛庁が六本木から移転するのに伴い朝霞駐屯地へ移転
  5. ^ 一水会機関紙300号記念(その1)における鈴木邦男の発言
  6. ^ a b c d e f 公安情報第 460~465 号p160-163 1992年
  7. ^ 一水会公式サイト-活動報告-「檄」”. www.issuikai.jp. 2022年10月9日閲覧。
  8. ^ a b INC, SANKEI DIGITAL (2017年1月13日). “【動画付き】三島由紀夫「憲法9条2項がいけない」「日本人はごまかし、ごまかし生きてきた」 TBS「NEWS23」でも放送(2/2ページ)”. 産経ニュース. 2022年10月9日閲覧。
  9. ^ 憲法改正より先に、日米地位協定の改定を断行しなければならない。”. Twitter. 一水会公式アカウント. 2022年10月8日閲覧。
  10. ^ http://kunyon.com/shucho/100823.html
  11. ^ “ヨーロッパ極右政治家が靖国神社を参拝”. 中央日報. (2010年8月16日). http://s.japanese.joins.com/article/121/132121.html 2018年2月7日閲覧。 
  12. ^ 共同通信 2014年6月21日 右傾化の果てに - 戦後70年
  13. ^ レコンキスタ407号
  14. ^ a b 山崎元 (2015年3月21日). “鳩山クリミア訪問に同行した一水会・木村三浩代表が語る“真相””. 日刊SPA!. 2022年10月8日閲覧。
  15. ^ http://www.issuikai.jp/news_20150522.html
  16. ^ 一水会公式サイト-活動報告-■「世界愛国者平和大会」約十年ぶりに開催”. www.issuikai.jp. 2022年10月9日閲覧。
  17. ^ 鳩山由紀夫元首相 国葬開始15分前に反対ツイート「安倍氏は国葬には相応しくない」姿勢貫く(スポニチアネックス)”. Yahoo!ニュース. 2022年10月8日閲覧。
  18. ^ https://x.com/sputnik_jp/status/1762695581670261057 Sputnik 日本

関連項目[編集]

類似組織

外部リンク[編集]