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カリクレス (プラトン)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

カリクレス[1][2][3]カッリクレース[4]リクレス[5]とも、古希: Καλλικλῆς: Callicles[6]fl.c. 紀元前5世紀)は、プラトン対話篇ゴルギアス』の登場人物。実在の人物かは不明[2]

『ゴルギアス』は全3幕からなり、第1幕はゴルギアス、第2幕はポロス英語版、第3幕はカリクレスが、ソクラテス哲学的対話をする[3]。カリクレスは真打にあたり[7]、その過激な対話から、読者の印象に残りやすい登場人物となっている[8][1]

カリクレスはソクラテスを敵視し、反哲学英語版[1]快楽主義[9]ニーチェの「奴隷道徳と貴族道徳」に似た「ノモスピュシス」の思想[10]を説いた。

人物

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『ゴルギアス』以外の文献に登場せず、生涯は不詳である[1][11]。実在か非実在かは議論がある[2]。実在の場合は、歴史に名を残す前に政争などで早逝したとも考えられる[2][1]

作中から読み取れる人物像として、30歳前後の若手政治家だったこと[12]、裕福な名門の生まれだったこと[12]ピンダロスエウリピデスを引用するなど[13]文学の素養があったこと[1]アテナイアカルナイ英語版区民だったこと[1][12]ゴルギアスパトロンであり、当時自邸にゴルギアスが逗留していたこと[12]、などが挙げられる。

ゴルギアスから教わった弁論術の力で、独裁者僭主)に成り上がることを夢見ていた[14]大衆蔑視・エリート主義を強く抱いており、後述の思想にも反映されている[12]

演説は得意だが論争は弱く、ソクラテスに論駁されても負けを認めず、自分の発言を平然と撤回するなど不誠実な性格だった[12]。最終的にゴルギアスからも不誠実さを叱責されてしまう[15]

ソクラテスのような専業的哲学者を嫌悪しているが、少年時代に友人たちと哲学にとりくんでいた過去がある[16]

ソフィストとみなされがちだが、作中ではソフィストを蔑視している[17]

思想

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第3幕全体を通じて、ソクラテスが重んじる「哲学的生」(道徳的生)と対照的な、「政治的生」(欲望的生)の思想を説く[18]。ただし、これがカリクレス独自の思想なのか、既存の他人の思想なのか定かでない[1]。当時のアテナイの政治家一般が抱いていた思想を、プラトンが「哲学が立ち向かうべき思想」とみなして、カリクレスに仮託したとも考えられる[12][8]

ノモスとピュシス

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カリクレスによれば、第2幕でソクラテスが説いた「不正をされるよりも不正をする方が醜い」という倫理観は、大衆が作り出した「ノモス」(人為的な慣習)に過ぎず、「ピュシス」(自然)本来のあり方ではない[19]。自然においては「不正をするよりも不正をされる方が醜い」[19]。つまり、弱肉強食こそが自然の正義である[19]。大衆がノモスを作ったのは、強者に多くを奪われないようにするためである[19]。強者は自然の正義に従い、弱者たる大衆を支配するべきである[19]

カリクレスが説く強者の支配は、当時社会問題となっていた「プレオネクシア英語版」(他者の権利を蹂躙し、利益を貪る行為)と関わる[19]

「ノモスとピュシス」の対比は、同時代のソフィストであるアンティポンヒッピアスにも見られるが[20]、カリクレスはソフィストを蔑視しており、思想も異なる[17]

反哲学

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「……年をとってもまだ哲学なんかやっていて、それから離れようとしない人を見ると、ソクラテスさん、そんな奴はもう、ぶん殴ってやらなきゃならないと思うんです」
『ゴルギアス』485d(納富信留訳)[21]

カリクレスによれば、哲学という活動は、少年がとりくむ分には良いが、成人後も続けるべき活動ではない[22]。成人男性は哲学よりも政治にとりくむべきである[22][23]

いい歳をして政治より哲学にとりくんでいる人間を見ると、ぶん殴りたくなる[24][25]。ソクラテスよ、あなたは自分が恥ずかしくないのか、そのままではいつか死刑になってしまうだろう[26]

これを聞いたソクラテスは、咎めるどころか、素晴らしい対話相手が現れたと喜ぶ[27]

快楽主義

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カリクレスによれば、ピュシスに従った正しい生き方とは、欲望を抑制せず、欲望を満たして快楽を得続ける生き方である[9]。真のとは節制ではなく放埒である[9]

これに対しソクラテスは、「穴のあいた大甕」「皮膚病で体を掻き続ける人」の比喩や「快苦と善悪の区別」を用いて論駁(エレンコス)し、カリクレスの快楽主義を瓦解させる[28]

その後、ソクラテスがカリクレスの思想を批判しつつ、ソクラテス自身の思想を説いて、対話が終わる[29]

ニーチェとの関係

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ニーチェの「奴隷道徳と貴族道徳」「ルサンチマン[10][30]、「力への意志[30]といった思想が、しばしばカリクレスの思想と類似視される。

ニーチェは古典文献学者でもあり、カリクレスの思想を知っていた可能性がある。ただし、ニーチェの著作中にカリクレスの思想への明確な言及は無い[31][30]

ニーチェがカリクレスから影響を受けたとする説は、1959年E・R・ドッズの小論『ソクラテス、カリクレス、ニーチェ』が強く主張した[32](ドッズは『ゴルギアス』をファシズムナチズムに重ね合わせてもいた[33])。21世紀現在、この影響説は賛否両論ある[32]

関連項目

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g h 加来 1974, p. 343-345.
  2. ^ a b c d 納富 2015, p. 28.
  3. ^ a b 三嶋 2023, p. 254.
  4. ^ 高橋宏幸ギリシア神話を学ぶ人のために』世界思想社、2006年、固有名詞索引 p.vii
  5. ^ 内藤純郎 訳「ゴルギアス 弁論術について」、山本光雄 編『プラトン全集 5』角川書店、1974年。NDLJP:12213970/59
  6. ^ 加来 1974, p. 343.
  7. ^ 三嶋 2023, p. 269.
  8. ^ a b 中澤 2022, p. 269.
  9. ^ a b c 中澤 2022, p. 272.
  10. ^ a b 納富 2015, p. 36.
  11. ^ 中澤 2022, p. 246-249.
  12. ^ a b c d e f g 中澤 2022, p. 243-250.
  13. ^ 中澤 2022, p. 113-115.
  14. ^ 中澤 2022, p. 235.
  15. ^ 中澤 2022, p. 273.
  16. ^ 中澤 2022, p. 121.
  17. ^ a b 中澤 2022, p. 284.
  18. ^ 中澤 2022, p. 270;276.
  19. ^ a b c d e f 中澤 2022, p. 265-269.
  20. ^ 三嶋 2023, p. 272.
  21. ^ 納富 2015, p. 26f.
  22. ^ a b 中澤 2022, p. 270.
  23. ^ 三嶋 2023, p. 274.
  24. ^ 納富 2015, p. 27.
  25. ^ 三嶋 2023, p. 129.
  26. ^ 中澤 2022, p. 118.
  27. ^ 三嶋 2023, p. 264.
  28. ^ 中澤 2022, p. 272-275.
  29. ^ 中澤 2022, p. 277-282.
  30. ^ a b c 東谷 2020, p. 131f.
  31. ^ Urstad, Kristian (2010). “Nietzsche and Callicles on Happiness, Pleasure, and Power”. Kritike 4 (2). https://philpapers.org/rec/URSNAC. 
  32. ^ a b 東谷 2020, p. 129.
  33. ^ 中澤 2022, p. 236.

参考文献

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  • 東谷優希「E・R・ドッズ「ソクラテス、カリクレス、ニーチェ」再考」『倫理学年報』第69号、日本倫理学会、2020年。 NAID 130008042700https://doi.org/10.32196/ethics.69.0_129 
  • 加来彰俊 訳「ゴルギアス」『プラトン全集 9』岩波書店、1974年https://dl.ndl.go.jp/pid/12291243/1/176 NDLJP:12291243/176
  • 納富信留『プラトンとの哲学 対話篇をよむ』岩波書店〈岩波新書〉、2015年。ISBN 9784004315568 
  • 中澤務 訳『ゴルギアス』光文社光文社古典新訳文庫〉、2022年。ISBN 4334754627 
  • 三嶋輝夫 訳『ゴルギアス』講談社講談社学術文庫〉、2023年。ISBN 4065315883