コンテンツにスキップ

1959年朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議補欠選挙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1959年朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議補欠選挙
朝鮮民主主義人民共和国
1957 ←
1959年7月19日
→ 1962

最高人民会議 56議席
  第1党 第2党
 
党首 金日成 朴申徳
政党 朝鮮労働党 天道教青友党
同盟 祖国統一民主主義戦線 祖国統一民主主義戦線
党首選挙区 不出馬
選挙前議席 150 3
獲得議席 55 1
選挙後議席 205 4
議席増減 増加55 増加1

選挙前内閣総理

金日成
朝鮮労働党

内閣総理

金日成
朝鮮労働党

1959年朝鮮民主主義人民共和国最高人民会議補欠選挙(1959ねんちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこくさいこうじんみんかいぎほけつせんきょ)は、1959年7月19日朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)で実施された、最高人民会議代議員の補欠選挙である。

補欠選挙実施に至るまで

[編集]

1953年朝鮮戦争が終結すると、北朝鮮では朝鮮労働党中央委員会委員長兼内閣総理である最高指導者金日成への権力集中と個人崇拝が進められていたが、金日成への権力集中を批判した金枓奉崔昌益などの反対派は1956年8月宗派事件で金日成に対するクーデターを企図して失敗[1][2]し、その後に粛清された。

粛清の影響は立法府である最高人民会議にも波及し、56名の代議員[3][1]が粛清された。当時の最高人民会議は1957年の最高人民会議選挙英語版[4]で改選されたばかりであったが、定数215議席の4分の1にあたる56議席が粛清によって欠員となったため、欠員補充が行われることになった。

補欠選挙の実施

[編集]

補欠選挙の実施にあたって、朝鮮労働党中央委員会は報道規制を敷き[1]、有権者には粛清された代議員が『「反人民活動」[1]に加担した』と伝えられた。

また、この補欠選挙では投票スタイルの変更が行われた。それまでの選挙では、投票所には白の投票箱と黒の投票箱の2つが置かれ、反対票は黒の投票箱に入れる仕組みになっていたが、この補欠選挙では白の投票箱のみだけになり、反対票を投じるには投票用紙に印字されている候補者の氏名の上に線を引くように変更され、誰が反対票を投じたかがより判別しやすくなった[1]

選挙結果

[編集]

補欠選挙は56選挙区で実施され、55選挙区で朝鮮労働党の候補者が当選し、残り1選挙区では天道教青友党党首の朴申徳が当選した。

補欠選挙では120万票が投じられ、このうちの14票、0.001%が反対票であった。この選挙を最後に、北朝鮮の選挙では反対票は出ていない[1]

統一戦線 政党 得票数 % 議席
祖国統一民主主義戦線 朝鮮労働党 1,199,986 99.999 55
天道教青友党 1
反対票 14 0.001
合計 1,200,000 100 56
Source: DailyNK 2017

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f 1959: Secret elections in North Korea”. Fyodor Tertitskiy. Daily NK (2017年9月19日). 2020年4月30日閲覧。
  2. ^ Jae-Jung Suh (2013). Origins of North Korea's Juche: Colonialism, War, and Development. Rowman & Littlefield. p. 97. ISBN 9780739176580. https://books.google.com/books?id=lgi3ruUfOTAC 
  3. ^ 内訳は朝鮮労働党員が33名、朝鮮民主党員が7名、天道教青友党員が8名、無所属が3名
  4. ^ North Korea Handbook. Seoul: Yonhap. (2002). Table 18. ISBN 978-0-7656-3523-5. https://books.google.com/books?id=JIlh9nNeadMC&pg=PA124