願宗寺
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願宗寺 | |
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所在地 | 大阪市西区京町堀上通三丁目36番地(郡区町村編制法施行時)現在の大阪市西区京町堀二丁目3番付近 |
宗旨 | 浄土真宗 |
宗派 | 西本願寺派 |
創建年 | 不明 |
願宗寺(がんしゅうじ)は、大阪府大阪市にあった浄土真宗西本願寺派の寺院である。
現在の靭公園付近に位置し、足利尊氏と縁の深い真宗西本願寺派の有力寺であった。作家、直木三十五の妻にあたる、佛子寿満(ぶっしすま)の生家でもある。
また、明治19年には、当時の司法官らの働きかけによって夜間に開講した関西法律学校の教場となった[1][2][3]。関西法律学校は、のちの関西大学である。
大阪大空襲により、京町堀周辺が大きな被害を受けた[4][5]。寺は焼失。別の場所に再建されたかどうか不詳。
脚注
[編集]- ^ 大阪市京町堀の二丁目の花乃井公園の一角に顕彰碑が立てられている。2016年の設置。
- ^ [1]『大阪史蹟辞典』に「関西法律学校発祥の地」として願宗寺が紹介されている。閲覧2019年10月26日
- ^ 開校日とされた11月4日の時点では司法省の許可が届かず、司法官の講師らが出講できなかったため、最初の講義は校主の吉田一士が行った(『関西大学百年史』 人物編、54頁)。
- ^ 『大阪空襲に関する警察局資料-小松警部補の書類綴りより-』1、2巻の「第一次大阪大空襲第三報」附表第二ノ二「特殊被害状況(施設被害)」より3月13日空襲の寺院被害が全焼153、半焼1とあり。 ただし、『大阪空襲史』によると西区はその後、数回空襲にあっているが、3月13日空襲も含めて願宗寺が被害にあったと断定できる記述はなし。
- ^ 願宗寺の空襲被害についての質疑 閲覧2019年10月26日