第26普通科連隊
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第26普通科連隊 | |
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戦闘演習を行う第26普通科連隊の隊員 | |
創設 | 1962年(昭和37年)1月18日 |
所属政体 | 日本 |
所属組織 | 陸上自衛隊 |
部隊編制単位 | 連隊 |
兵科 | 普通科 |
所在地 | 北海道 留萌市 |
編成地 | 留萌 |
上級単位 | 第2師団 |
担当地域 | 留萌支庁 |
第26普通科連隊(だいにじゅうろくふつうかれんたい、JGSDF 26th Infantry Regiment)は、北海道留萌市の留萌駐屯地に駐屯する、陸上自衛隊第2師団隷下の普通科連隊である。
概要
[編集]連隊長が留萌駐屯地司令を兼務。第4普通科中隊のみ旭川駐屯地に駐屯する。警備担任区域は留萌振興局と幌延町の1市7町1村である[1]。
沿革
[編集]第3連隊第3大隊
第10普通科連隊第1大隊
第26普通科連隊
- 1962年(昭和37年)1月18日:第2管区隊の第2師団への改編に伴い、第10普通科連隊第1大隊を基幹として第26普通科連隊が留萌駐屯地において編成完結。
- 1988年(昭和63年)3月25日:第2師団の近代化改編により、自動車化。
- 1995年(平成 7年)3月28日:部隊改編。
- 対戦車中隊を廃止された第2対戦車隊の一部の要員および装備により新編。
- 60式自走81mm迫撃砲、60式自走107mm迫撃砲を81mm迫撃砲 L16、120mm迫撃砲 RTに換装。
- コア化編成であった第4普通科中隊を廃止し、第9普通科連隊廃止に伴う処置により旭川駐屯地において再編成。
- 連隊本部に教育隊を編成。
- 2001年(平成13年)9月:FTC訓練に初参加、陣地突入に関してFTC発足後における突入成功(初)の快挙達成(主力は第4普通科中隊、元第9普通科連隊出身者で参加者の主力を構成)。
- 2008年(平成20年)3月26日:後方支援体制変換に伴い、整備部門を第2後方支援連隊第2整備大隊第3普通科直接支援中隊へ移管。
- 2011年(平成23年)4月22日:対戦車中隊を廃止。
- 2016年(平成28年)3月28日:本部管理中隊に対舟艇対戦車小隊を編成完結し中距離多目的誘導弾システムを導入。
- 2022年(令和 4年)3月17日:第1普通科中隊が軽装甲機動車化中隊に改編[2]。
警備隊区
[編集]部隊編成
[編集]- 第26普通科連隊本部
- 本部管理中隊「26普-本」
- 対舟艇対戦車小隊:中距離多目的誘導弾システム
- 第1普通科中隊「26普-1」:軽装甲機動車
- 第2普通科中隊「26普-2」:高機動車
- 第3普通科中隊「26普-3」:高機動車
- 第4普通科中隊「26普-4」(旭川駐屯地):高機動車 ※廃止された第9普通科連隊の隊員を母体に構成。
- 重迫撃砲中隊「26普-重」:120mm迫撃砲 RT
- 教育隊(教育専任中隊であった第4普通科中隊が旭川駐屯地に移駐したため連隊本部直轄部隊として1995年(平成7年)に編成。隊長および運用訓練幹部は連隊本部要員。それ以外は各部隊からの差し出し要員で構成。細部は教育隊の項を参照)
整備支援部隊
[編集]主要幹部
[編集]官職名 | 階級 | 氏名 | 補職発令日 | 前職 |
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第26普通科連隊長 兼 留萌駐屯地司令 |
1等陸佐 | 小川隆宏 | 2023年 | 3月13日陸上自衛隊小平学校総務部長 |
代 | 氏名 | 在職期間 | 前職 | 後職 |
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1 | 山浦碩人 | 1962年 | 1月18日 - 1964年 3月15日第10普通科連隊付 | 東部方面総監部付 |
2 | 大野垣博夫 | 1964年 | 3月16日 - 1966年 3月15日陸上自衛隊幹部学校研究員 | 陸上幕僚監部幕僚庶務室研究班長 |
3 | 池田壮八 | 1966年 | 3月16日 - 1968年 3月15日第1普通科連隊副連隊長 | 陸上自衛隊富士学校 普通科教育部副部長 兼 同校同部教務課長 |
4 | 高橋功 | 1968年 | 3月16日 - 1970年 7月15日陸上幕僚監部総務課人事班長 | 中部方面総監部厚生課長 |
5 | 井上弘 | 1970年 | 7月16日 - 1972年 7月16日北部方面総監部第3部勤務 | 東北方面総監部第2部長 |
6 | 近藤正 | 1972年 | 7月17日 - 1974年 7月15日陸上自衛隊調査学校勤務 | 陸上自衛隊幹部候補生学校学生隊長 |
7 | 北村宣次 | 1974年 | 7月16日 - 1976年 8月 1日第1陸曹教育隊長 | 東北方面総監部総務課長 |
8 | 河口治俊 | 1976年 | 8月 2日 - 1978年 7月31日北部方面総監部第2部勤務 | 檜町警備隊長 |
9 | 人見五郎 | 1978年 | 8月 1日 - 1980年 3月16日東部方面総監部防衛部訓練課長 | 東北方面総監部防衛部長 |
10 | 近藤一視 | 1980年 | 3月17日 - 1982年 3月15日統合幕僚学校学校教官 | 陸上自衛隊幹部学校学校教官 |
11 | 笠松徹三 | 1982年 | 3月16日 - 1984年 3月15日陸上自衛隊冬季戦技教育隊長 | 北部方面総監部人事部勤務 |
12 | 小野田優 | 1984年 | 3月16日 - 1986年 3月16日陸上自衛隊幹部学校学校教官 | 北部方面総監部総務部法務課長 |
13 | 古川浩 | 1986年 | 3月17日 - 1988年 7月 6日陸上自衛隊富士学校学校教官 | 陸上幕僚監部防衛部運用課長 |
14 | 山岸征洋 | 1988年 | 7月 7日 - 1991年 3月15日陸上幕僚監部調査部調査第1課 保全班長 |
自衛隊旭川地方連絡部長 |
15 | 佐藤哲 | 1991年 | 3月16日 - 1993年 6月30日陸上幕僚監部防衛部研究課 総括班長 |
陸上幕僚監部教育訓練部訓練課長 |
16 | 中原勇 | 1993年 | 7月 1日 - 1995年 6月29日北部方面総監部防衛部防衛課長 | 西部方面総監部人事部長 |
17 | 廣瀬誠 | 1995年 | 6月30日 - 1997年 3月25日陸上幕僚監部人事部人事計画課 企画班長 |
陸上幕僚監部防衛部運用課長 |
18 | 上村邁 | 1997年 | 3月26日 - 1999年 3月28日陸上幕僚監部防衛部運用課 運用第2班長 |
中部方面総監部人事部長 |
19 | 寺崎芳治 | 1999年 | 3月29日 - 2001年 3月26日陸上幕僚監部監理部会計課 予算班長 |
陸上幕僚監部監理部総務課 庶務室長 |
20 | 南安広 | 2001年 | 3月27日 - 2003年 3月26日陸上幕僚監部防衛部防衛課 防衛調整官 |
中部方面総監部防衛部長 |
21 | 小田幸昌 | 2003年 | 3月27日 - 2005年 7月31日中部方面総監部人事部人事課長 | 中部方面情報保全隊長 |
22 | 荒関均 | 2005年 | 8月 1日 - 2008年 3月31日北部方面総監部装備部後方運用課長 | 東北方面後方支援隊副隊長 |
23 | 徳田俊彦 | 2008年 | 4月 1日 - 2010年 3月28日中部方面総監部人事部人事課長 | 第12旅団司令部幕僚長 |
24 | 平野剛 | 2010年 | 3月29日 - 2012年 3月29日陸上自衛隊研究本部研究員 | 陸上自衛隊研究本部主任研究開発官 |
25 | 山内克己 | 2012年 | 3月30日 - 2014年 3月22日情報本部勤務 | 陸上幕僚監部運用支援・情報部付 |
26 | 宮嵜浩一 | 2014年 | 3月23日 - 2016年 7月31日第6師団司令部第3部長 | 中央即応集団司令部幕僚副長 |
27 | 西田健 | 2016年 | 8月 1日 - 2019年 3月22日第15旅団司令部第3部長 | 西部方面指揮所訓練支援隊長 |
28 | 吉川德等 | 2019年 | 3月23日 - 2020年 8月24日陸上幕僚監部防衛部防衛課防衛班長 | 統合幕僚監部運用部運用第2課長 |
29 | 髙橋誠 | 2020年 | 8月25日 - 2023年 3月12日第3師団司令部第3部長 | 陸上自衛隊教育訓練研究本部 訓練評価調整官 |
30 | 小川隆宏 | 2023年 | 3月13日 -陸上自衛隊小平学校総務部長 |
主要装備
[編集]- 96式装輪装甲車
- 軽装甲機動車
- 高機動車
- 1/2tトラック / 73式小型トラック
- 1 1/2tトラック / 73式中型トラック
- 3 1/2tトラック / 73式大型トラック
- 89式5.56mm小銃
- 5.56mm機関銃MINIMI
- 84mm無反動砲
- 中距離多目的誘導弾
- 81mm迫撃砲 L16
- 120mm迫撃砲 RT
廃止部隊
[編集]- 第26普通科連隊対戦車中隊:2011年(平成23年)4月22日廃止。
関連項目
[編集]脚注
[編集]- ^ “平成30年度北海道地域防災計画 第5章災害応急対策計画”. 北海道. pp. 114-116. 2019年1月20日閲覧。
- ^ 陸上自衛隊 留萌駐屯地【公式】 [@jgsdf_RUMOI] (2022年4月6日). "第26普通科連隊第1中隊は、軽装甲機動車化中隊改編に伴い、【入魂式】を行いました。". X(旧Twitter)より2022年4月27日閲覧。
出典
[編集]“防衛省人事発令”. 2014年3月23日閲覧。