笠舞
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笠舞 | |
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北緯36度33分02.6秒 東経136度40分16.8秒 / 北緯36.550722度 東経136.671333度座標: 北緯36度33分02.6秒 東経136度40分16.8秒 / 北緯36.550722度 東経136.671333度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 石川県 |
市町村 | 金沢市 |
町名設定 | 1964年4月1日 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
920-0965[1] |
市外局番 | 076 (金沢MA)[2] |
ナンバープレート | 金沢 |
笠舞の位置 |
笠舞(かさまい)は、石川県金沢市の町名。現行行政地名は笠舞1丁目から3丁目。全域で住居表示実施済み[3]。郵便番号は920-0965[1]。
概要
[編集]笠舞は、笠舞本町・菊川・城南・本多町・石引・小立野に囲まれている。
歴史
[編集]旧町名の概要
[編集]- 上・下笠舞町(かみ・しもかさまいまち)
- 地子町
- 揚地町(あげちまち)
- 地子町
- 一本松(いっぽんまつ)
- 地子町
- 長谷川町(はせがわまち)
- 旧加賀国石川郡石浦荘山崎領、同郡崎浦村字山崎地方(やまざきじがた)。山崎領は現在の金沢市中心部にあった山崎村の一部。山崎村はかつて大村だったが、金沢城下の市街地化によってほとんどが町地となり、わずかに残った耕地が山崎領と呼ばれるようになった[4]。崎浦村の金沢市編入に際して長谷川町と改称した。
- 笠舞新町(かさまいしんまち)
- 笠舞第一土地区画整理事業施行地。昭和34年成立。昭和39年、笠舞2丁目の一部となる。
- (旧)笠舞一丁目・二丁目(かさまいいっちょうめ・にちょうめ)
- 笠舞第四土地区画整理事業施行地の一部。笠舞町の区画整理地区のうち、後に笠舞1・2丁目として住居表示されることが内定していた地区。昭和39年1月成立。同年4月、(新)笠舞1・2丁目の一部となる。
沿革
[編集]- 1959年(昭和34年)2月27日 - 笠舞第一土地区画整理事業完了により笠舞町、上笠舞町、長谷川町の各一部から笠舞新町が成立。
- 1964年(昭和39年)
- 1973年(昭和48年)6月1日 - 住居表示実施により、笠舞町・涌波町・上野本町・三口新町の各一部を編入[7]。
町域の変遷
[編集]実施後 | 実施年 | 実施前 |
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笠舞1丁目 | 1964年(昭和39年)4月1日 | 笠舞一丁目、笠舞町タの全部及び笠舞町ヨ、笠舞町リ、笠舞町ヌ、笠舞町ル、涌波町戊、上野本町辛の各一部 |
笠舞2丁目 | 笠舞二丁目、笠舞町ツ、笠舞町東、笠舞新町、長谷川町の全部及び笠舞町ソ、笠舞町ト、笠舞町ヘ、笠舞町チ、笠舞町甲、笠舞町子、上笠舞町、上石引町、一本松の各一部 | |
笠舞3丁目 | 下笠舞町の全部及び笠舞町甲、笠舞町乙、笠舞町ホ、笠舞町ヘ、笠舞町ト、笠舞町子、上笠舞町、一本松、揚地町の各一部 | |
笠舞1丁目 | 1973年(昭和48年)6月1日 | 笠舞町ヲ、三口新町丁、涌波町戊、上野本町辛、上野本町壬の各一部 |
小中学校の校区
[編集]町名 | 街区 | 番号 | 小学校 | 中学校 |
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笠舞1丁目 | 1 - 22 | 小立野 | 紫錦台 | |
23 | 南小立野 | 紫錦台 | ||
笠舞2丁目 | 1 - 5 | 犀桜 | 城南 | |
6 | 1 - 18 | 小立野 | 紫錦台 | |
19 - 21 | 犀桜 | 城南 | ||
22 - 33 | 小立野 | 紫錦台 | ||
7 | 犀桜 | 城南 | ||
8 - 23 | 小立野 | 紫錦台 | ||
24 | 犀桜 | 城南 | ||
25 - 37 | 小立野 | 紫錦台 | ||
笠舞3丁目 | 1 - 7 | 犀桜 | 城南 | |
8 | 1 - 27 | 小立野 | 紫錦台 | |
28 - 37 | 犀桜 | 城南 | ||
38 - 43 | 小立野 | 紫錦台 | ||
9 - 20 | 小立野 | 紫錦台 | ||
21 - 23 | 犀桜 | 城南 |
施設
[編集]- 猿丸神社