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田中佑典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
田中 佑典
2016年、内閣総理大臣官邸にて
選手情報
フルネーム Yusuke Tanaka
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1989-11-29) 1989年11月29日(35歳)
生誕地 和歌山県
身長 166cm
体重 58kg
得意種目 鉄棒
所属 田中体操クラブ
学歴 順天堂大学
獲得メダル
体操競技
オリンピック
2016 リオデジャネイロ 団体総合
2012 ロンドン 団体総合
世界選手権
2015 グラスゴー 団体総合
2011 東京 団体総合
2014 南寧 団体総合
2014 南寧 個人総合
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田中 佑典(たなか ゆうすけ、1989年11月29日 - )は、日本の体操選手。和歌山県出身。身長166cm。体重58kg。順天堂大学出身、コナミスポーツクラブを経て、同じく元体操選手だった兄の田中和仁が代表を務める田中体操クラブ所属。姉の田中理恵も元体操選手で現在は田中体操クラブ特別コーチ。得意種目は鉄棒

略歴

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体操一家の末っ子として、7歳で体操を始める。ジュニア期から強化指定選手に選ばれ、2006年には兄弟の中で最も早くナショナル入りを果たす。2007年のコトブス国際で、高校2年生ながら鉄棒2位に入り、国際ジュニア(横浜)では個人総合優勝を果たす。その冬に右手首を疲労骨折するが、2008年、1年生ながらインカレに順天堂大学のチームの一員として出場し、内村航平率いる日本体育大学を僅差でかわして優勝。

2011年、世界選手権の初代表、初出場を果たす。団体総合最終種目の鉄棒で落下し日本が金メダルを逃す一因となってしまった。

大学卒業後、コナミスポーツクラブ所属となる。

2012年ロンドンオリンピックの代表に選出される。ロンドンでは予選の鉄棒で落下するミスを犯すも、団体総合の本番では鉄棒で16点という高得点をマーク、チームの銀メダル獲得に貢献した。個人では種目別平行棒の決勝に予選1位の成績で進出、8位入賞を果たした[1]彩の国功労賞を受賞。

2014年の世界選手権では個人総合で銅メダル、団体総合で銀メダルを獲得した。

2015年の世界選手権ではそこまでトップで迎えた団体総合の最終種目、鉄棒で落下するも僅差でイギリスを上回り金メダルを獲得した。

2016年リオデジャネイロオリンピックでは、団体総合の決勝でつり輪平行棒鉄棒で演技し、金メダルを獲得[2]。その功績から、和歌山市民栄誉賞第1号となり[3]、和歌山県スポーツ栄誉賞、彩の国スポーツ功労賞[4]も受賞し、知事特別表彰も贈られることとなった[5]。11月、紫綬褒章を受章[6]

2022年4月1日より兄和仁が代表を務める田中体操クラブの所属となる[7]

2023年6月11日、全日本種目別選手権男子鉄棒で9年ぶりの優勝を果たした[8]

脚注

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  1. ^ 田中兄弟、メダルならず 体操・7日”. 47NEWS (2012年8月7日). 2012年9月8日閲覧。
  2. ^ 体操男子日本が3大会ぶり王座奪回!内村悲願の団体金メダル” (2016年8月9日). 2016年8月16日閲覧。
  3. ^ 田中選手の凱旋パレード 24日ぶらくり丁で” (2016年9月14日). 2016年9月16日閲覧。
  4. ^ “内村、桐生ら8人を埼玉県が表彰”. スポニチアネックス. (2016年11月30日). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/11/30/kiji/K20161130013820760.html 2016年11月30日閲覧。 
  5. ^ 金メダリストに「スポーツ栄誉賞」” (2016年9月6日). 2016年9月7日閲覧。
  6. ^ 秋の褒章、772人20団体の受章決まる”. 朝日新聞デジタル (2016年11月2日). 2016年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年5月12日閲覧。
  7. ^ “体操リオ五輪団体金田中佑典が田中体操クラブに所属変更、田中理恵ら「3きょうだい」勢ぞろいに”. 日刊スポーツ. (2022年4月1日). https://www.nikkansports.com/sports/news/202204010000121.html 
  8. ^ 【体操】1年ぶり復帰の杉原愛子「感謝」床運動V 33歳・田中佑典が9年ぶり鉄棒制覇”. スポニチアネックス (2023年6月11日). 2023年6月27日閲覧。

外部リンク

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