熊谷盛広
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熊谷 盛廣 くまがい もりひろ | |
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内閣府地方創生推進室より公表された肖像 | |
生年月日 | 1951年3月3日(73歳) |
出生地 | 日本 宮城県登米市 |
出身校 | 慶應義塾大学法学部 |
所属政党 |
(無所属→) (自由民主党→) 無所属 |
公式サイト | くまがい盛広オフィシャルページ |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 2017年4月29日 - 現職 |
選挙区 | 登米選挙区 |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2007年4月 - 2011年11月 |
津山町長 | |
在任期間 | 2002年 - 2005年3月31日 |
熊谷 盛廣(くまがい もりひろ、1951年(昭和26年)3月3日[1] - )は、日本の政治家。宮城県登米市長(2期)。元宮城県議会議員(1期)、元津山町長(1期)。名前の表記に関しては熊谷 盛広と書かれることも多い。
来歴
[編集]宮城県登米市出身[2]。宮城県佐沼高等学校、慶應義塾大学法学部(通信課程)卒業[3]。
2002年(平成14年)、津山町長に就任。2005年(平成17年)4月1日に津山町が他の登米郡8町と合併し消滅するまで町長を務めた。
2007年(平成19年)4月に行われた宮城県議選・登米選挙区(定数3)に無所属で立候補し3位で初当選[4]。当選後に自民党入り。
東日本大震災のため2011年(平成23年)11月13日に延期された県議選、2015年(平成27年)10月25日に行われた県議選は、いずれも自民党公認で立候補するも次点(3位)で落選した[5][6]。登米選挙区は2011年から定数2(前回から1減)となり、その影響を受けた。
2017年(平成29年)4月23日に行われた登米市長選挙に立候補し、民進党の推薦を受けた現職の布施孝尚を僅差で破り初当選した[7]。4月29日、市長就任[8]。選挙の結果は以下のとおり。
※当日有権者数:68,870人 最終投票率:66.18%(前回比:pts)
候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 得票率 | 推薦・支持 |
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熊谷盛廣 | 66 | 無所属 | 新 | 22,567票 | 50.16% | |
布施孝尚 | 55 | 無所属 | 現 | 22,421票 | 49.84% | (推薦)民進党 |
2021年(令和3年)4月、登米市長選に無所属(自民党・公明党推薦)で立候補し、無投票で再選[9]。
脚注
[編集]- ^ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、40頁。
- ^ “<登米市長選>元県議の熊谷氏出馬へ”. 河北新報. (2016年11月24日) 2017年5月9日閲覧。
- ^ くまがい盛広公式HP内プロフィール
- ^ 宮城県議選 : 開票結果 : 統一地方選2007 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
- ^ 宮城県議会議員選挙(2011年11月13日投票)登米・候補者一覧|政治・選挙プラットフォーム【政治山】
- ^ 城県議会議員選挙(2015年10月25日投票)登米 候補者一覧|政治山
- ^ “<登米市長選>146票差 熊谷氏 初当選”. 河北新報. (2016年4月24日) 2017年5月9日閲覧。
- ^ 市町村の議会の議員及び首長等の任期満了一覧表
- ^ “登米市長選、無投票で熊谷氏再選”. 河北新報. (2021年4月18日) 2021年4月26日閲覧。
外部リンク
[編集]- くまがい盛広オフィシャルページ
- くまがい盛広事務所 (morihiro.kumagai1) - Facebook
- 登米市/市長の部屋
公職 | ||
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先代 阿部東一郎 |
宮城県津山町長(旧) 2002年 - 2005年 |
次代 廃止 |