源興扶
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時代 | 平安時代前期 |
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生誕 | 不詳 |
死没 | 元慶8年正月19日(884年2月19日) |
改名 | 興扶王→源興扶 |
官位 | 従四位下、侍従 |
主君 | 陽成天皇 |
氏族 | 仁明源氏 |
父母 | 父:人康親王、母:不詳 |
兄弟 | 興基、興範、興扶、藤原基経室、平惟範室 |
源 興扶(みなもと の おきすけ)は、平安時代前期の皇族・貴族。仁明天皇の第四皇子、弾正尹・人康親王の子。官位は従四位下・侍従。初め興扶王を名乗る。
経歴
[編集]元慶6年(882年)正月に二世王の蔭位により従四位下に叙せられ、同年7月には先の元慶4年(880年)に臣籍降下していた長兄・興基に続いて、兄・興範王と共に源朝臣姓を与えられて臣籍降下する。その後侍従に任ぜられるが、陽成朝末の元慶8年(884年)正月19日卒去。最終官位は従四位下行侍従。
官歴
[編集]『日本三代実録』による。