武烈王陵
慶州 武烈王陵 경주 무열왕릉 (Tomb of King Muyeol, Gyeongju) | |
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大韓民国指定史跡第20号 (1963年1月21日指定) | |
種類 | 遺跡・墳丘墓(円墳) |
所在地 | 韓国 慶尚北道 慶州市西岳洞842 |
座標 | 北緯35度49分30秒 東経129度11分16秒 / 北緯35.82500度 東経129.18778度座標: 北緯35度49分30秒 東経129度11分16秒 / 北緯35.82500度 東経129.18778度 |
面積 | 28,487m2 (14,169m2[1]) |
建設 | 三国時代(661年頃) |
建設目的 | 武烈王陵墓 |
管理者 | 慶州市 |
所有者 | 慶州市ほか |
ウェブサイト | 국가문화유산포털 |
武烈王陵(ぶれつおうりょう、ハングル: 무열왕릉〈ムヨルワンヌン〉、太宗武烈王陵、ハングル: 태종무열왕릉〈テジョンムヨルワンヌン〉)は、韓国の慶尚北道慶州市西岳洞(ハングル: 서악동〈ソアクトン〉)にある新羅第29代王、太宗武烈王(ハングル: 태종무열왕〈テジョンムヨルワン〉)の陵墓である。慶州武烈王陵(ハングル: 경주 무열왕릉)として大韓民国指定史跡第20号に指定されている[2]。
概要
[編集]仙桃山(ハングル: 선두산〈ソンドサン〉)の東麓にある4基の大きな墳丘墓(西岳洞古墳群)に続く5基目の主たる墳丘として最も低い位置にある[1][3]。高さ8.73メートル[1](10.9m[4]、約11m[5])直径36.31メートル(約37m[4]、約33m[5])、周囲114メートル[6](約104m[5])の円墳であり、陵墓の周りを自然石で囲み固めたとされる[5][7]。発掘調査はなされていないが、内部の構造形態は横穴式石室墳[8]、あるいは最後の積石木槨墳の王陵とも考えられる[9][10]。前部には供物石としての石床が備えられている[5]。
歴史
[編集]陵域内には、大韓民国国宝第25号に指定された太宗武烈王陵碑(ハングル: 태종무열왕릉비〈テジョンムヨルワンヌンビ〉)の亀趺(きふ)と螭首(ちしゅ)が残存し、螭首に「太宗武烈大王之碑」とあることから[4]、新羅の陵のなかで唯一、埋葬された王の明確に認められる王陵である[11]。
武烈王(ハングル: 무열왕〈ムヨルワン〉、在位654-661年)は、三国統一を推し進めた新羅の第29代王であり、本名は金春秋(キム・チョンチュ)。太宗武烈王8年(661年)6月に死去し、王の諡号(しごう)を武烈[12]、廟号(びょうごう)は太宗(テジョン)となる[2][13]。
1963年1月21日、新羅武烈王陵(ハングル: 신라무열왕릉)として大韓民国指定史跡第20号に指定され、2011年7月28日より現在の指定名称である慶州武烈王陵(ハングル: 경주 무열왕릉)に変更された。1972-1973年に王陵の周辺が整備されている[2]。
脚注
[編集]- ^ a b c “사적 제 20호 신라 무열왕릉(新羅 武烈王陵)”. 신라문화유산연구원 (2021年). 2023年2月18日閲覧。
- ^ a b c “경주 무열왕릉(慶州 武烈王陵)”. 국가문화유산포털. 문화재청. 2023年2月16日閲覧。
- ^ 東、田中 (1988)、110・122頁
- ^ a b c 東、田中 (1988)、122頁
- ^ a b c d e 山本 (1978)、5頁
- ^ “慶州 武烈王陵、太宗武烈王陵碑(경주 무열왕릉, 태종무열왕릉비)”. Korea Trip Tips. 韓国観光公社. 2023年2月16日閲覧。
- ^ 東、田中 (1988)、134頁
- ^ 東 (1993)、85頁
- ^ 武井 (2003)、38・44頁
- ^ 東、田中 (1988)、134-135頁
- ^ 藤井 (1999)、35頁
- ^ “『三国史記』5 新羅本記 太宗武烈王”. 専修大学. 2023年2月16日閲覧。
- ^ “武烈王”. コトバンク. 世界大百科事典 第2版. 2023年2月16日閲覧。
参考文献
[編集]- 山本智教「韓国古美術巡礼」(PDF)『密教文化』第124号、密教研究会、1978年12月15日、1-30頁、doi:10.11168/jeb1947.1978.124_1、ISSN 0286-9837、2023年2月15日閲覧。
- 東潮、田中俊明『韓国の古代遺跡 1 新羅篇(慶州)』森浩一(監修)、中央公論社、1988年。ISBN 4-12-001690-0。
- 東潮「朝鮮三国時代における横穴式石室墳の出現と展開」(PDF)『国立歴史民俗博物館研究報告』第47巻、国立歴史民俗博物館、1993年3月25日、1-154頁、doi:10.15024/00000597、ISSN 0286-7400、2023年3月5日閲覧。
- 藤井直正「亀趺をもつ石碑の系譜」(PDF)『大手前女子大学論集』第25号、大手前女子大学、1991年12月20日、29-64頁、ISSN 02859785、NAID 110000046523、2023年2月12日閲覧。
- 武井一『慶州で2000年を歩く - 新羅から現代への旅』桐書房、2003年。ISBN 4-87647-603-9。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- “慶州 武烈王陵、太宗武烈王陵碑(경주 무열왕릉, 태종무열왕릉비)”, Visit Korea (韓国観光公社), (2022-08-16)