東彼杵町立彼杵小学校
表示
東彼杵町立彼杵小学校 | |
---|---|
北緯33度2分15.1秒 東経129度54分54.6秒 / 北緯33.037528度 東経129.915167度座標: 北緯33度2分15.1秒 東経129度54分54.6秒 / 北緯33.037528度 東経129.915167度 | |
過去の名称 |
彼杵小学校 蔵本小学校 公立中等彼杵小学校 尋常彼杵小学校 彼杵尋常小学校 彼杵尋常高等小学校 彼杵町国民学校 彼杵町立彼杵小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 東彼杵町 |
併合学校 |
東彼杵町立音琴小学校 東彼杵町立大楠小学校 |
校訓 | 強く 正しく 朗らかに |
設立年月日 | 1873年(明治6年)6月12日 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B142210001526 |
所在地 | 〒859-3808 |
長崎県東彼杵郡東彼杵町蔵本郷1881番地 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
東彼杵町立彼杵小学校(ひがしそのぎちょうりつ そのぎしょうがっこう、Higashisonogi Town Sonogi Elementary School)は、長崎県東彼杵郡東彼杵町蔵本郷にある公立小学校。
概要
[編集]- 校訓
- 「強く 正しく 朗らかに」
- 学校教育目標
- 「夢に向かって自ら学び共に輝く彼杵っ子」
- 校歌
- 作詞は不詳、作曲は山口修造による。歌詞は3番まであり、2番に校名の「そのぎ」が登場する。
- 校区
- 「長崎県東彼杵郡東彼杵町」の「小音琴郷、浦、大音琴郷、口木田郷、蔵本郷、金谷、本町、東町、橋ノ詰、赤木、上杉、下三根、山田、樋口、川内、飯盛、法音寺郷、菅無田郷、坂本郷、中尾郷、太ノ原、太ノ浦郷(一部)、遠目郷(一部)」[1]。中学校区は東彼杵町立東彼杵中学校。
沿革
[編集]- 1873年(明治6年)6月12日 - 彼杵村蔵本の御茶屋跡(現・彼杵神社)に第五大学区長崎県管下第三中学区彼杵郡の小学校として「彼杵小学校」が設置される。
- 訓導(教諭)は佐藤俊八郎。
- 1874年(明治7年)- 隣の庄屋跡(現在地)に移転。
- 1877年(明治10年)- 大音琴郷浜田に音琴分校(ねごと)を設置。
- 1878年(明治11年)7月22日 - 郡制の施行により、彼杵郡が東西に分割され、東彼杵郡に属することとなる。
- 1880年(明治13年)12月 - 「蔵本小学校」に改称。大楠小学校を統合し、大楠分校とする。
- 1881年(明治14年)5月 - 「公立中等彼杵小学校」に改称。
- 1886年(明治19年)
- 1889年(明治22年)4月 - 町村制の施行により、彼杵村立の小学校となる。
- 1892年(明治25年)
- 1893年(明治26年)- 高等科の併置により児童数が増加したため、校舎を増築。
- 1896年(明治29年)4月 - 彼杵農業補習学校が併置される。
- 1900年(明治33年)5月31日 - 彼杵農業補習学校が廃止される。
- 1903年(明治36年)10月 - 音琴分校が分離し、「音琴尋常小学校」として独立。
- 1908年(明治41年)4月 - 小学校令の改正により、義務教育年限(尋常科の修業年限)が4年から6年に延長される。
- 旧高等科1年を尋常科5年、旧高等科2年を尋常科6年、旧高等科3年を高等科1年、旧高等科4年を高等科2年に振り替える。
- 1910年(明治43年)4月2日 - 瓦葺平屋建ての6教室を増築。
- 1913年(大正2年)4月 - 大楠尋常小学校と音琴尋常小学校の2校を統合し、それぞれ大楠分教場(おおぐす)・音琴分教場(ねごと)とする。
- 1914年(大正3年)3月31日 - 彼杵農業補習学校が再設置される。
- 1925年(大正14年)3月22日 - 彼杵農業補習学校に商業科が加えられたため、「彼杵実業補習学校」に改称。
- 1926年(大正15年)7月 - 彼杵実業補習学校が青年訓練所として認定される。
- 1927年(昭和2年)5月27日 - 木造2階建ての校舎が完成。
- 1934年(昭和9年)12月20日 - 勧学顕彰碑が建立される。
- 1935年(昭和10年)6月1日 - 青年学校令の施行により、彼杵実業補習学校が「彼杵青年学校」に改称。
- 1940年(昭和15年)11月3日 - 彼杵村が町制施行により彼杵町となる。これに伴い彼杵町立の小学校となる。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 国民学校令の施行により、「彼杵町国民学校」に改称。尋常科を初等科に改める(初等科6年・高等科2年)。
- 1944年(昭和19年)3月31日 - 併設の彼杵青年学校が「彼杵高等実業青年学校」として独立。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
- 1949年(昭和24年)4月1日 - 大楠分校が独立し、「彼杵町立大楠小学校」として独立。
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 音琴分校が独立し、「彼杵町立音琴小学校」として独立。
- 1955年(昭和30年)2月 - 育友会により、彼杵町川内郷長葉山674番地に学校林を植林。
- 1959年(昭和34年)5月1日 - 彼杵町と千綿村が合併し、東彼杵町が発足。これに伴い「東彼杵町立彼杵小学校」(現校名)に改称。
- 1963年(昭和38年)4月22日 - 給食を開始。
- 1968年(昭和43年)2月 - 鉄筋コンクリート造2階(一部3階)建て校舎(8教室)、木造平屋建1棟などが完成。
- 1973年(昭和48年)- 創立100周年記念式典を挙行。
- 1984年(昭和59年)
- 1999年(平成11年)3月 - 校旗を新調。
- 2002年(平成14年)1月 - 学校評議員制度を導入。
- 2005年(平成17年)3月 - プールが完成。
- 2009年(平成21年)9月 - 校舎の耐震化工事を完了。
- 2010年(平成22年)
- 4月1日 - 午前中5時間制を導入。
- 6月 - 校庭の全面芝生化を実施。
- 2016年(平成28年)4月1日 - 東彼杵町立大楠小学校と東彼杵町立音琴小学校の2校を統合。
著名な卒業生
[編集]- 仲里依紗(女優)
アクセス
[編集]- 最寄りの鉄道駅
- 最寄りのバス停
- 最寄りの国道・県道
周辺
[編集]- 東彼杵町役場
- 東彼杵町立東彼杵中学校(旧・東彼杵町立彼杵中学校)
- 川棚警察署東彼杵警察官駐在所
- 彼杵神社
- 彼杵郵便局
- 東彼杵町図書館
- 東彼杵町総合会館
- 東彼杵町児童体育館
- 東彼杵町歴史民俗資料館
- 道の駅彼杵の荘
脚注
[編集]- ^ 大楠小学校と音琴小学校を統合する前は「蔵本、金谷、本町、東町、橋ノ詰、赤木、上杉、下三根、山田、樋口、川内、飯盛」地区であった
参考文献
[編集]- 「東彼杵町誌 水と緑と道」上巻(1999年(平成11年)11月1日、東彼杵町教育委員会)p.1064 -(明治から昭和初期)
- 「東彼杵町誌 水と緑と道」下巻(1999年(平成11年)11月1日、東彼杵町教育委員会)p.218 - (戦後から現在)