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東名高速飲酒運転事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東名高速飲酒運転事故
跨道橋から撮影された東京IC。事故はこの奥の上り線で発生した。
場所 日本の旗 日本東京都世田谷区砧公園
東名高速道路東京IC付近)
座標
北緯35度37分38.6秒 東経139度37分32.8秒 / 北緯35.627389度 東経139.625778度 / 35.627389; 139.625778座標: 北緯35度37分38.6秒 東経139度37分32.8秒 / 北緯35.627389度 東経139.625778度 / 35.627389; 139.625778
日付 1999年平成11年)11月28日
15時30分頃
原因 飲酒運転
死亡者 2人
負傷者 1人
被害者 幼い姉妹2人
損害 ワゴン車1台、普通乗用車1台
犯人 トラックの運転手
容疑 業務上過失致死傷道路交通法違反
謝罪 あり[1]
刑事訴訟 懲役4年(第一審判決・検察側上告せず確定[2]
民事訴訟 損害賠償2億4979万5756円(第一審判決・控訴せず確定[3][4]
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映像外部リンク
幼い姉妹の命を奪った東名高速飲酒事故 炎上映像が22年後に伝えるもの…危険運転はなぜ無くならないのか(1999年11月28日)
ANNnewsCH(ANNニュース公式YouTubeチャンネル)による動画

東名高速飲酒運転事故(とうめいこうそくいんしゅうんてんじこ)は、1999年平成11年)11月28日に発生した、飲酒運転トラック普通乗用車に衝突して起きた交通事故

この事故による火災で幼い姉妹が死亡した。事故はマスコミなどで大きく取り上げられ、危険運転致死傷罪の成立に大きく影響した。

経緯

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1999年平成11年)11月28日15時30分ごろ、東京都世田谷区東名高速道路東京IC付近で、箱根からの行楽帰りの千葉市会社員(以下「夫」表記)の所有する普通乗用車(初代トヨタ・クレスタ。妊娠中の妻(31歳)が運転、助手席に夫(49歳)、後部座席に3歳・1歳の2女児の計4名が同乗)が首都高速用賀料金所付近上り本線を走行中、料金所通過のため減速していたところ、高知県高知市から東京に向かっていた飲酒運転12トントラック日産ディーゼル・ビッグサム)に追突された[5][6]。この時、別のワゴン車1台(初代いすゞ・ファーゴ)も事故に巻き込まれ損傷しているが、このワゴン車の運転手に怪我はなかった[6]

乗用車は大破炎上[6]。妻は自力で運転席の窓から脱出したが、同乗していた3歳と1歳の女児2人は焼死[6]。夫は助手席の窓から救出されたが全身の25%を火傷する大火傷を負い、集中治療室で何度も皮膚移植することを余儀なくされた[7]。妻は窓から逃げる直前に、夫は助け出される直前に娘2人の最期の声を聞いている[8]

事故発生直後、偶然現場を通りかかったテレビ朝日のカメラマンが、事故直後の光景をテレビカメラで撮影していたほか、現場周辺にいた日刊スポーツのカメラマンが、近くのビルの屋上から炎上する車を写真で撮影している。

トラックの運転手は飲酒運転の常習者で、事故当日も高知から大阪へのフェリー内や東名高速の海老名SAなどで合わせてウイスキー1瓶(750ml入り)とチューハイ1缶を飲んだ[9][7]。事故当時はひどく酩酊しており、真っすぐ立つことができないほどであった。呼気中のアルコール濃度は1リットルあたり0.63mgだったという[10]

事故より前、不自然な蛇行運転をする加害車に関する通報が日本道路公団(現在のNEXCO)に次々と寄せられた[11]。また、東京料金所では運転手が支払いに必要なハイウェイカードを探すのに時間が掛かったことから、料金所の係員がトラックを路肩に移動させカードを探させた後、運転手を降ろしハイウェイカードを預かった。その際、料金所の職員は運転手の足元がふらついていることに気づき「ふらついているので休憩したらどうか」と声を掛けたが(飲酒運転とは思わなかったと証言)[7]、運転手は「風邪気味だったもので、薬を飲んだから大丈夫」と言い、休憩も取らずに運転を再開した[7]。被害者の車両はそれまでトラックの後ろを走っていたが、トラックが東京料金所で停車している間に追い越しており、トラックが運転を再開した後に追突事故は起きた[11][7]

裁判

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刑事訴訟

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トラックの運転手は、業務上過失致死傷罪道路交通法違反の罪に問われた(事件当時は危険運転致死傷罪は未制定)[12]

2000年平成12年)2月10日東京地裁伊藤雅人裁判官)で初公判が開かれ、運転手は起訴事実を全面的に認めた[13][9]。検察側の冒頭陳述では夫が助け出された後に炎上する乗用車に向かって助けを求める様子が詳述された[13]

2000年平成12年)6月8日、東京地裁(伊藤雅人裁判官)は「飲酒癖は最近始まったものでないことがうかがわれ、過失の程度は極めて重大。目の前で最愛の我が子を殺された両親の悲しみや憤りの大きさも察するに余りある」として運転手に対して懲役4年(求刑:懲役5年)の判決を言い渡した[7][14][15]

東京地検刑法第211条に定める同罪の法定刑で、最高刑に当たる懲役5年を求刑したが、判決では「いささか遅きに失したとはいえ、被害者らに謝罪するとともに、今後自動車のハンドルを握ることはないと述べており、運送会社を懲戒解雇され退職金を受け取れないなど、社会的制裁を受けている」として酌量減軽した[15]

東京地検は「限りなく故意に近い事故で、法定刑の上限が適用されるべきだ」として飲酒運転の事件としては異例の控訴に踏み切った[16][17]

2001年平成13年)1月12日東京高裁仁田陸郎裁判長)は「酒酔い運転の犯情は悪いが、火の燃え移った被害者を救助するなど酌むべき事情もある。処罰の公平性や量刑の実際からみて、1審判決が軽すぎるとはいえない」として一審・東京地裁の懲役4年の判決を支持、検察側の控訴を棄却した[18]

この判決に対して東京高検は「量刑判断には不満が残るが、適法な上告理由が見いだせなかった。今後、この種の悪質事件では、被害者側の心情が量刑に反映されるよう万全を期していきたい」として上告を断念したため、運転手に対する懲役4年の判決が確定した[19]

民事訴訟

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2002年平成14年)10月23日、両親が当時のトラック運転手およびその勤務先だった高知通運(本社:高知市)などを相手取って約3億5600万円の損害賠償を、一部を女児たちの「毎命日に分割して支払う」よう求める訴えを東京地裁に起こした[20][21]。死亡逸失利益についてのこのような定期金賠償方式による支払請求は異例で、裁判において争われたが、東京地裁はこれを認めた。この裁判で、判決で東京地裁は被告らに対して、原告へ総額約2億5000万円を支払うことを命じた[22]

  • 判決の要約:加害運転手および高知通運(被告)は、原告に対し賠償金2億4979万5756円を連帯して支払うこと。
    • 死亡による逸失利益については、2女児が18歳から67歳まで49年間就労したものとして算定し、その部分の金員は、亡くなった女児らがそれぞれ19歳の誕生日を迎える年の翌年の命日に初めて支払い、以降15年間毎命日ごとに分割して支払うこと。
    • 女児らが34歳の誕生日を迎える年の命日には、34歳から67歳までの金額をそれぞれ一括して支払うこと(年5パーセントの金利を含む)。

また、金銭損害賠償等を求める民事判決においては異例の踏み込んだ表現として、被告の行為について「左側壁の縁石や中央分離帯にぶつかりかねないほど大きく蛇行走行するという、まさに走る凶器による危険極まりない運転行為」「未必の故意による傷害行為とさえ評価され得る」「被告が常日ごろから自分の運転するトラックに酒を持ち込み、常習的に飲酒運転をするという、(略)非常に悪質で強い非難に値する行為を習慣とし(略)本件のような重大な事故はいつ発生してもおかしくない状況であった」『ろれつの回らぬ口調で「何で止まったんだ」「急に止まるからぶつかったんだ」「まーえーじゃないか」「逃げるんじゃない、会社に電話をかけてくる」「酒なんか飲んでいねえよ、風邪薬飲んだだけだ」などと強弁』と厳しく指弾し、事故の有り様について「当時、まだ3歳と1歳の幼児であり、(略)限りない可能性を有していたはずであったのに、突然、本件事故により命を奪われた同人らの無念さは、計り知れない。しかも、後部座席に幼い2人のみで身動きもできないまま取り残され、意識を失うこともなく、炎に取り巻かれ、熱さ・痛さに悲鳴を上げながら我が身を焼かれ死んでいったものであり、死に至る態様も極めて悲惨かつ残酷である」「我が子の助けを求める叫び声、泣き声を間近に聞きながらも、燃え盛る火炎の勢いのため、為すすべもなく、ただ最愛の2人の娘が目の前で焼け死んでいくのを見ているほかはなかったという原告らの痛恨の思いと無力感には、想像を絶するものがある」「原告らが(略)一命を取り留めたのは、被害車両の電源が衝突によっても切れることなく通じており、原告B側の電動の窓ガラスが開いたという全くの偶然によるものであって(略)、このような偶然がなければ、原告ら(まだ原告Bのお腹の中にいた三女も含む)についても焼死という、さらに悲惨な結果を招いていたであろう」のように評価したうえで、死亡に関連する慰謝料として、被害者である幼児2名本人分に各々2600万円、両親2名各々の幼児2名各々に対する遺族固有の慰謝料として各々800万円、併せて各々3400万円を認定した。

社会的影響

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2000年6月、神奈川県座間市で飲酒及び無免許、かつ無車検の暴走車によって大学に入学したばかりの一人息子を亡くした(小池大橋飲酒運転事故)造形作家が悪質ドライバーに対する量刑が余りにも軽すぎること、今の日本の法律に命の重みが反映されていないことに憤りを覚え、法改正を求める署名運動を始めた[23]

被害者たちもこの運動の趣旨に心から賛同し、全国各地で街頭署名を重ね、2001年10月に法務大臣へ最後の署名簿を提出した時には合計で37万4,339名の署名が集まった[24][25][26][27]世論に後押しされ、2001年6月には道路交通法改正法案が、11月には刑法改正法案が全会一致で国会を通過し、最高刑を懲役15年とする危険運転致死傷罪が新設された[28][29][30]

2007年1月20日、テレビ朝日の「ドスペ!」には被害者家族が出演し、再現ドラマも放送された[31]。なお、再現ドラマには被害者家族が乗っていたのと同型の乗用車を使用しており、加害者が運転していたトラックも年式は異なるものの同型のものを使用している。

ちなみに2003年には、被害者家族が高知通運の従業員に対して飲酒運転の根絶を訴える講演をしたわずか3週間後に被告が勤務していた高知通運の取締役が酒気帯び運転で追突事故を起こしている[22][32][33]。この事情も慰謝料算出にあたって斟酌されている[22]

運転免許証更新時に配布される教則本「自動車を運転される皆様へ 安全運転BOOK」の32頁に福岡海の中道大橋飲酒運転事故と共に本事故が飲酒運転の悲惨例として取り上げられている。

脚注

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  1. ^ 読売新聞』2001年2月6日 全国版 東京朝刊 一面1頁「[裁く] 第1部・法服の苦悩(1)東名2児焼死事故、懲役4年は…(連載)」(読売新聞東京本社
  2. ^ 『読売新聞』2001年1月27日 全国版 東京朝刊 2社38頁「東名2児焼死事故 実刑4年確定 東京高検が上告断念」(読売新聞東京本社)
  3. ^ 『読売新聞』2003年7月24日 全国版 東京夕刊 夕社会19頁「2児焼死の東名事故判決 涙の夫妻「願い通り」裁判長「飲酒運転根絶を」」(読売新聞東京本社)
  4. ^ 『読売新聞』2003年8月8日 全国版 東京朝刊 2社38頁「東名事故2児焼死 賠償分割払い判決が確定」(読売新聞東京本社)
  5. ^ 高知港→フェリー→大阪南港→阪神高速13号東大阪線→東大阪ジャンクション→近畿自動車道→吹田ジャンクション→名神高速道路→東名高速道路経由
  6. ^ a b c d 幼児焼死:東名高速道事故で3歳と1歳が焼死 東京都世田谷区」『毎日新聞』1999年11月29日。オリジナルの2001年2月18日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  7. ^ a b c d e f 朝日新聞』2000年6月8日 夕刊 1社会15頁「「飲酒多量で悪質」運転手に懲役4年 姉妹死亡事故で東京地裁判決」(朝日新聞東京本社
  8. ^ 『読売新聞』2000年5月16日 全国版 東京夕刊 夕2社14頁「[時]飲酒・暴走の果ての死亡事故 殺人と何ら変わらない」(読売新聞東京本社)
  9. ^ a b 『読売新聞』2000年2月11日 全国版 東京朝刊 2社34頁「追突炎上事故初公判 「長距離輸送時、常習的に飲酒」起訴事実認める/東京地裁」(読売新聞東京本社)
  10. ^ 『読売新聞』1999年11月30日 東京 東京朝刊 都民2 33頁「東京・世田谷の東名高速死亡事故 酒に酔い運転 運転手が供述」(読売新聞東京本社)
  11. ^ a b 『読売新聞』1999年12月17日 神奈川 東京朝刊 横浜34頁「東名で2児焼死事故のトラック、直前に「蛇行運転」の通報=神奈川」(読売新聞東京本社)
  12. ^ 起訴:飲酒で追突事故 幼児2人死亡の運転手を 東京地検」『毎日新聞』1999年12月17日。オリジナルの2001年4月20日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  13. ^ a b 初公判:飲酒運転で幼児死亡事故 起訴事実認める」『毎日新聞』2000年2月10日。オリジナルの2001年2月18日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  14. ^ 東名酒酔い追突事故:トラック運転手に実刑判決 東京地裁」『毎日新聞』2000年6月8日。オリジナルの2001年6月28日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  15. ^ a b 『読売新聞』2000年6月8日 全国版 東京夕刊 夕社会19頁「渋滞に突っ込み幼い姉妹焼死 酒酔い運転手に実刑4年/東京地裁判決」(読売新聞東京本社)
  16. ^ 『読売新聞』2000年6月22日 全国版 東京朝刊 社会39頁「東名2児焼死事故 判決4年に量刑不当と異例控訴 遺族感情に配慮/東京地検」(読売新聞東京本社)
  17. ^ 姉妹焼死事故:「判決軽い」と東京地検が控訴」『毎日新聞』2000年6月21日。オリジナルの2001年4月18日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  18. ^ 東名酒酔い事故:控訴を棄却し1審を支持 東京高裁」『毎日新聞』2001年1月12日。オリジナルの2001年5月5日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  19. ^ 東名高速姉妹焼死事故:東京高検が上告断念 懲役4年が確定」『毎日新聞』2001年1月26日。オリジナルの2001年11月18日時点におけるアーカイブ。2025年2月15日閲覧。
  20. ^ 一括して支払うと、被告は損害賠償の支払責任から即座に解放されることになるが「分割払いにすることで、終生にわたりその責任を忘れさせない」ようにする意図がある。
  21. ^ “両親が運転手らを提訴 東名の女児2人死亡事故”. 共同通信社. 47NEWS. (2002年10月23日). https://web.archive.org/web/20141211052646/http://www.47news.jp/CN/200210/CN2002102301000255.html 2013年8月18日閲覧。 
  22. ^ a b c 東京地方裁判所民事第27部判決 2003年7月24日 、平成14(ワ)22987、『損害賠償請求』。
  23. ^ 『読売新聞』2000年6月16日 全国版 東京朝刊 生活A31頁「息子らの命奪った飲酒運転 「刑罰軽すぎる」母、訴える追悼展を開催へ」(読売新聞東京本社)
  24. ^ 毎日新聞』2000年11月25日 東京朝刊 総合面27頁「悪質運転者の罰則強化を求め、保岡法相に署名提出--交通死亡事故の被害者遺族ら」(毎日新聞東京本社
  25. ^ 『読売新聞』2001年6月4日 長崎 西部朝刊 長崎28頁「「飲酒運転事故の刑引き上げを」犠牲者の両親が街頭で署名集め=長崎」(読売新聞西部本社
  26. ^ 『読売新聞』2001年6月28日 岩手 東京朝刊 岩手26頁「悪質運転厳罰化求める6万人署名 集団登校死傷児童の遺族ら、法相に提出=岩手」(読売新聞東京本社)
  27. ^ 『毎日新聞』2001年10月23日 東京朝刊 社会面30頁「交通事故被害者の遺族ら5万人、厳罰化を求め署名提出--森山法相に」(毎日新聞東京本社)
  28. ^ 『読売新聞』2001年6月13日 全国版 東京夕刊 夕一面1頁「厳罰化「道交法改正案」成立 ひき逃げに最高刑5年/参院本会議」(読売新聞東京本社)
  29. ^ 『読売新聞』2001年11月29日 全国版 東京夕刊 夕一面1頁「改正刑法成立、危険運転致死傷罪を新設 懲役15年以下に厳罰化/参院本会議」(読売新聞東京本社)
  30. ^ 『読売新聞』2001年11月29日 神奈川 東京朝刊 神奈2 33頁「悪質運転者厳罰化 被害者の遺族ら歓迎 「大きな一歩」と喜び=神奈川」(読売新聞東京本社)
  31. ^ ドスペ 過去の放送内容「飲酒運転〜あの世田谷東名高速トラック炎上事故多元同時再現ドラマ〜2人の幼娘が焼死…法と戦った母親730日」
  32. ^ 高知通運元取締役の酒気帯び事故で、国交省が厳重注意 - レスポンス自動車ニュース (Response.jp), 2003年5月14日
  33. ^ 『読売新聞』2003年5月7日 高知 大阪朝刊 高知27頁「運送会社役員が酒気帯びで事故 飲酒運転で2児焼死の運転手勤務先=高知」(読売新聞大阪本社

関連項目

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外部リンク

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