彦名村
表示
ひこなそん 彦名村 | |
---|---|
廃止日 | 1954年6月1日 |
廃止理由 |
編入合併 彦名村、崎津村、大篠津村、和田村、富益村、夜見村、巌村、成実村 → 米子市 |
現在の自治体 | 米子市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中国地方(山陰地方) |
都道府県 | 鳥取県 |
郡 | 西伯郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
3,222人 (国勢調査、1950年) |
隣接自治体 | 米子市、夜見村、富益村、崎津村 |
彦名村役場 | |
所在地 | 鳥取県西伯郡彦名村 |
ウィキプロジェクト |
彦名村(ひこなそん[1])は、鳥取県西伯郡にあった村。現在の米子市の一部にあたる。
地理
[編集]弓ヶ浜半島中央部の内浜に位置し、南は中海に面していた[2]。
歴史
[編集]- 1877年(明治10年)会見郡粟島村、下粟島村、後藤村が合併して彦名村が成立[2]。
- 1889年(明治22年)10月1日、町村制の施行により、会見郡彦名村が単独で村制施行し、彦名村が発足[1][2]。大字は編成せず[2]。
- 1896年(明治29年)4月1日、郡の統合により西伯郡に所属[2]。
- 1910年(明治43年)富益村、夜見村と連合耕地整理組合を設立し綿麦作地を水田化した[2]。
- 1928年(昭和3年)郵便取扱所開設[2]。1939年(昭和14年)彦名郵便局となる[2]。
- 1954年(昭和29年)6月1日、米子市に編入され廃止[1][2]。編入後、米子市彦名町となる[2]。
地名の由来
[編集]産業
[編集]教育
[編集]- 1873年(明治6年)粟島小学校開校[3]。1874年(明治7年)後藤小学校開校[4]。1884年(明治17年)粟島小学校、後藤小学校が合併し、後藤村に彦名小学校を開校[2]。1887年(明治20年)彦名尋常小学校に改称[2]。1904年(明治37年)校舎を新築し移転[2]。その後、高等科を併置し彦名尋常高等小学校に改称[2]。1908年(明治41年)高等科を廃止[2]。1932年(昭和7年)高等科女子部、1938年(昭和13年)高等科男子部を併置[2]。1941年(昭和16年)彦名国民学校に改称[2]。1947年(昭和22年)彦名小学校に改称[2]。
- 1905年(明治38年)農業補習学校開設[2]
名所・旧跡
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 角川日本地名大辞典 31 鳥取県
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。