対馬小路
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対馬小路 | |
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対馬小路、那珂川より北東方向の眺め | |
北緯33度35分57.7秒 東経130度24分5.1秒 / 北緯33.599361度 東経130.401417度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 福岡県 |
市町村 | 福岡市 |
区 | 博多区 |
面積 | |
• 合計 | 8.98 ha |
人口 (2023年(令和5年)1月末現在) | |
• 合計 | 1,635人 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
812-0020 |
市外局番 | 092 |
対馬小路(つましょうじ)は、福岡県福岡市博多区にある地名[1]。丁目の設定がない単独町名であり、全域で住居表示を施行している[2]。面積は約8.98ヘクタール[3]。2023年1月末現在の人口は1,635人[4]。郵便番号は812-0020[5]。
概要
[編集]福岡市博多区の北部に位置し、北で築港本町、南で神屋町、東で古門戸町と接し、西は那珂川の河口近くに接している。北の福岡県道602号後野福岡線(那の津通り)沿いを中心にオフィスや商業地域、アパートやマンションが建ち並んでいる。
歴史
[編集]この節の加筆が望まれています。 |
→「那珂郡 (福岡県)」も参照
地名の由来は戦国時代、この地に対馬の宗義智が豊臣秀吉から拝領した蔵屋敷があったことから[6]。
天正15年(1587年)、戦禍をこうむった博多を復興させるために行われた豊臣秀吉による都市整備「太閤町割り」による「博多七小路」の一つとして誕生した。当初は上・中・下の3町に分かれた長い縦筋町だった。
明治35年(1902年)に博多大築港が竣工すると、多くの貨物や旅客船舶の入港により関連商家や事業場が集積し、大変繁栄した。
昭和41年(1966年)の町界町名整理で、単に「対馬小路」となった。
町域の変遷
[編集]住居表示実施後 | 実施年月日 | 住居表示実施前(各大字の一部) |
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対馬小路 | 1966年(昭和41年) | 千年町3丁目・石城町3丁目・西方寺前町・倉所町・下対馬小路・下洲崎町・下鰯町 |
人口
[編集]対馬小路の人口の推移を福岡市の住民基本台帳(公称町別)[4]に基づき示す(単位:人)。集計時点は各年9月末現在である。
- 2001年(平成13年):1,180
- 2002年(平成14年):1,170
- 2003年(平成15年):1,205
- 2004年(平成16年):1,237
- 2005年(平成17年):1,220
- 2006年(平成18年):1,187
- 2007年(平成19年):1,194
- 2008年(平成20年):1,251
- 2009年(平成21年):1,237
- 2010年(平成22年):1,305
- 2011年(平成23年):1,277
- 2012年(平成24年):1,338
- 2013年(平成25年):1,395
- 2014年(平成26年):1,424
- 2015年(平成27年):1,440
- 2016年(平成28年):1,467
- 2017年(平成29年):1,465
- 2018年(平成30年):1,408
- 2019年(令和元年):1,538
- 2020年(令和2年):1,612
- 2021年(令和3年):1,645
- 2022年(令和4年):1,655
主な施設
[編集]教育施設
[編集]名所・旧跡
[編集]交通
[編集]道路
[編集]- 福岡県道602号後野福岡線(那の津通り)
- 福岡市道千鳥橋唐人町線(那の津通り)
- 土居通り
- 大黒通り
- すこやか通り
鉄道
[編集]町内に鉄道は通っていない。
バス
[編集]- 西鉄バス
- 対馬小路
- 築港本町
関連項目
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 福岡市. “福岡市区の設置等に関する条例”. 2023年3月7日閲覧。→別表第1
- ^ 角川日本地名大辞典40.福岡県
- ^ 福岡市統計調査課. “平成27年(2015年)国勢調査の結果→「公称町別面積及び人口密度」”. 福岡市. 2023年3月7日閲覧。
- ^ a b 福岡市統計調査課. “登録人口(公称町別)- 住民基本台帳(日本人)男女別人口及び世帯数”. 福岡市. 2012年7月5日閲覧。
- ^ 日本郵便株式会社. “郵便局”. 2023年3月7日閲覧。→「郵便番号を調べる」→キーワード検索等
- ^ a b 福岡市博多区の「対馬小路(つましょうじ)」に行ってきました : 対馬市福岡事務所レポート 2009年4月30日
- ^ ボンドストア – ふくおかさん家のうまかもん
- ^ 町名別通学区域一覧表(令和3年4月1日現在) (PDF) - 福岡市教育委員会教育環境部通学区域課