天狼 (雑誌)
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「天狼」(てんろう)は、俳誌。1948年1月、奈良県丹波市町(現・天理市)の養徳社から創刊。主宰・山口誓子、編集・西東三鬼。
歴史
[編集]1948年創刊。西東三鬼、秋元不死男、橋本多佳子、平畑静塔らにより誓子を囲む同人誌として出発。当時用紙不足で新誌の発行ができなかったため、鈴木六林男らの「青天」を改題する形で創刊された[1]。創刊同人にはほかに高屋窓秋など、あわせて12名が名を連ねる。第二芸術論に対する反応に俳壇が沸き新生が待望されるなか、創刊号の販売部数は1万近くに達した[1]。
誓子は創刊号の巻頭言で、当時の俳壇に欠けている「酷烈なる俳句精神」「鬱然たる俳壇的権威」を実現したいと表明、またその見本となるべき同人の作品について「俳句のきびしさ、俳句の深まりが、何を根源とし如何にして現るゝか」を示すことを求めた[1][2]。この「根源」の語は議論を呼び、「天狼」内部では何が「根源俳句」であるかについて、「実在の真実への観入」(三鬼)「俳句的骨格の探求」(静塔)「東洋的無」(耕衣)など様々な意見が出され、外部からの批判・揶揄もあいまって昭和20年代の俳壇に活気を与えた[1][3]。
誓子の死と終刊
[編集]1953年に誓子が兵庫県西宮市に移り、これに伴って編集も三鬼から誓子に移行。編集はその後平畑静塔、丘本風彦を経て1981年から松井利彦。同年7月号で誓子は「天狼」を自分の主宰誌とすることを宣言し、以後の誌面は微温性を増してゆく[1]。1993年9月に誓子の体調悪化のため休刊、翌年3月に誓子が死去し、同年6月号(通巻548号)を出し終刊した[1]。
主な参加者
[編集]括弧内は各自の主宰誌・または代表を務める俳誌。退会者などを含む。★は創刊同人
- 秋元不死男(「氷海」)★
- 茨木和生(「運河」)
- 上田五千石(「畦」)
- 右城暮石(「運河」)
- 榎本冬一郎(「群蜂」)★
- 小川双々子(「地表」)
- 加藤かけい(「荒星」「環礁」)
- 孝橋謙二★
- 西東三鬼(「断崖」)★
- 佐藤鬼房(「小熊座」)
- 杉本幽烏(「冬木」)★
- 鷹羽狩行(「狩」)
- 高屋窓秋★
- 谷野与志★
- 辻田克巳(「幡」)
- 津田清子(「圭」)
- 永田耕衣(「琴座」)
- 橋本多佳子(「七曜」)★
- 波止影夫★
- 八田木枯(「晩紅」)
- 平畑静塔★
- 細見綾子
- 堀井春一郎
- 三橋敏雄
- 三谷昭★
- 山口波津女★
- 横山白虹(「自鳴鐘」)