周 春桃(しゅう しゅんとう、1106年 - ?)は、北宋の徽宗の妃嬪。
才人の位を授けられた。
靖康の変後、金に連行され、金軍の多くの兵士に凌辱されて妊娠した。金に到着後は、妊婦だったためか、連行途中で出産した小王婕妤や他の4人の強姦されて妊娠した妃嬪[1]と一緒に、昏徳公(徽宗)のもとに帰された。翌年(金の天会6年、1128年)の春に出産した。