光なき世界
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『光なき世界』 | ||||
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ウィッシュボーン・アッシュ の スタジオ・アルバム | ||||
リリース | ||||
録音 | ロンドン ディ・レーン・リー・スタジオ[1] | |||
ジャンル | ハードロック、ブルースロック | |||
時間 | ||||
レーベル | MCAレコード/デッカ・レコード | |||
プロデュース | デレク・ローレンス | |||
専門評論家によるレビュー | ||||
チャート最高順位 | ||||
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ウィッシュボーン・アッシュ アルバム 年表 | ||||
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『光なき世界』(原題:Wishbone Ash)は、イギリスのロック・バンド、ウィッシュボーン・アッシュが1970年に発表した初のスタジオ・アルバム。
背景
[編集]1970年5月18日、ウィッシュボーン・アッシュがディープ・パープルのオープニングアクトを務めた際、アンディ・パウエルはサウンド・チェック中にリッチー・ブラックモアとジャムに興じ、そこでブラックモアに気に入られたことから、プロデューサーのデレク・ローレンスを紹介された[3]。そして、バンドがMCAレコードとの契約を得た際、ローレンスがアルバム3作をプロデュースするという条項も盛り込まれた[4]。
ジャケットには、バンド名の由来となった鳥の叉骨(wishbone)の写真が使用された[5]。
反響・評価
[編集]全英アルバムチャートでは3週トップ100入りし、最高29位を記録した[2]。Dave Slegerはオールミュージックにおいて5点満点中3点を付け「ウィッシュボーン・アッシュは、ほどなくしてラジオでかかりやすいプログ・ロック的な作品を発表する存在に進化したため、デビュー作が明示しているように、ブギやブルースを基盤としたグループとして出発したことには驚かされる。もし1970年にジャム・バンドという言葉があれば、ウィッシュボーン・アッシュは、そのジャンルにおける主要なプレイヤーとして認識されていただろう」と評している[6]。
収録曲
[編集]全曲ともメンバー4人の共作。
- 光なき世界 - "Blind Eye" - 3:45
- レディ・ウィスキー - "Lady Whiskey" - 6:12
- あやまち - "Errors of My Way" - 6:57
- 悲しみの女王 - "Queen of Torture" - 3:25
- ハンディ - "Handy" - 11:35
- フェニックス - "Phoenix" - 10:27
参加ミュージシャン
[編集]脚注・出典
[編集]- ^ CD英文ブックレット内クレジット
- ^ a b WISHBONE ASH | full Official Chart History | Official Charts Company
- ^ Kelman, John (2018年6月23日). “Wishbone Ash: The Vintage Years 1970 - 1991”. All About Jazz. 2019年1月24日閲覧。
- ^ Ling, Dave (2014年4月28日). “Wishbone Ash: The Making Of Argus”. loudersound.com. Future plc. 2019年1月24日閲覧。
- ^ “Interview with ANDY POWELL (WISHBONE ASH)”. DMME.net (2000年9月). 2019年1月24日閲覧。
- ^ Sleger, Dave. “Wishbone Ash - Wishbone Ash”. AllMusic. 2019年1月24日閲覧。