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レイランドヒノキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
レイランドヒノキ
1. レイランドヒノキ
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 裸子植物 gymnosperms
: マツ綱 Pinopsida
: ヒノキ目 Cupressales
: ヒノキ科 Cupressaceae
亜科 : ヒノキ亜科 Cupressoideae
: × Hesperotropsis
: レイランドヒノキ × H. leylandii
学名
× Hesperotropsis leylandii (A.B.Jacks. & Dallim.) Garland & Gerry (2012)[1]
シノニム
  • Callitropsis × leylandii (A.B.Jacks. & Dallim.) D.P.Little (2006)[1]
  • × Cupressocyparis leylandii (A.B.Jacks. & Dallim.) Dallim. (1938)[1]
  • Cupressus × leylandii A.B.Jacks. & Dallim. (1926)
  • × Cuprocyparis leylandii (A.B.Jacks. & Dallim.) Farjon (2002)[1]
  • × Neocupropsis leylandii (A.B.Jacks. & Dallim.) de Laub. (2009)[1]
英名
Leyland cypress[2], Leylandii[3]

レイランドヒノキ[4][5][6][7]学名: × Hesperotropsis leylandii)は、裸子植物ヒノキ科イトスギ属モントレーイトスギHesperocyparis macrocarpa)とアラスカヒノキCallitropsis nootkatensis)の交雑種である(図1)。両親種は北米原産(分布域は離れている)であるが、イギリスで植栽されていたものの間で偶然交雑が起こり、レイランドヒノキが生まれた。成長が速い常緑針葉樹であり、観賞用に公園や庭園、生垣などに植えられている。急速に大きくなるため、日照権の問題を引き起こすことがある。

特徴

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常緑高木となる針葉樹である[8][9](図1, 2a)。大きなものは高さ40メートル (m) に達する[8][10](図1, 2a)。樹皮は褐色[8][9]樹冠は円錐形[9][11]。小枝は平面状に分枝し、垂下せず斜上し、鱗片状の葉で覆われる[8][9][12](下図2b, c)。葉は長さ2–4ミリメートル (mm)、ヒノキなどに比べて細長く、やや青みを帯びた緑色[12](下図2b)。枝葉の裏面はやや色が薄く気孔帯が存在するが目立たず、表裏の違いは明瞭ではない[12]。徒長枝や幼い枝では、葉は針状[12]。褐色で球形の球果を形成する[8](下図2c)。ただし基本的に不稔であり、挿し木によって増やす[8][9]

2a. 樹形
2b. 枝葉
2c. 球果をつけた枝葉

レイランドヒノキは、成長が非常に速く、若木は1年間に 1 m 以上成長し、15年で高さ 15 m に達することもある[13][8][9][14]

歴史

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レイランドヒノキはモントレーイトスギ(下図3a)とアラスカヒノキ(下図3b)の雑種であり、両種は北米西岸に分布するが、分布域は600キロメートル以上離れており、自然交配することは困難である[13][15]。この両親となった2つの針葉樹は近縁種ではなかったが、英国人のプラントハンターが米国オレゴンからアラスカヒノキ(別名:イエローシダー)を、カリフォルニアからモントレーイトスギが持ち帰られたとき、イギリスのウェールズ中部の庭園に植栽された2種の間で雑種が形成され、レイランドヒノキが生まれた[13][15][16]

ウェールズにあるレイトンホール(Leighton Hall; 下図3c)の庭園には、モントレーイトスギとアラスカヒノキが近くに植栽されていたが、1888年に特徴的な形質をもつ雑種(モントレーイトスギを花粉親とする)が Christopher John Leyland (クリストファー・レイランド:1849–1926)[注 1] によって発見された[15]。この新しい針葉樹は、庭園の所有者レイランドの名に因んでレイランドヒノキとよばれている[16]。彼の別の領地となったハガーストン城(Haggerston Castle)に持ち込まれた株は、北海からの風が強い環境でも極めて良好に生育した[15]。また、アラスカヒノキを花粉親とする雑種(‘Leighton Green’)も作成された[13]

3c. レイランドヒノキの発祥地であるレイトンホール

イギリスでは、風が強く土壌の塩分濃度が高い土地でも育つ、細長く成長が速い樹木が造園業者によって求められていた[15]。彼らは Christopher John Leyland が残したレイランドヒノキを見い出し、これを増やし、その塩害耐性、耐寒性などを大きく宣伝した[15][17]。その結果、イギリスの園芸店において売り上げの大きな部分を占める商品となった[10]。レイランドヒノキは、1941年と1969年に英国王立園芸協会賞を受賞している[15]。1970年代後半になると、繁殖技術の改良により、挿し木で確実に大量生産できるようになると、レイランドヒノキは庶民でも手の届きやすい植栽の樹種となった[16]。郊外の住宅地で暮らすイギリス人は、隣地との目隠し用の生け垣に適していたレイランドヒノキに注目してその需要が増え、1990年代初頭には、一般のイギリス人が植える木の約半数がレイランドヒノキになっていた[16]。ただし、21世紀になると、成長が速く在来種に悪影響を与える外来植物として扱われることもある[15]

園芸

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レイランドヒノキは、公園庭園生垣防風林などに植栽されている[9][11](下図4a)。特に英国では、このような用途で最も一般的な植物の1つである[3]。クリスマスツリーとしても利用される[9]

レイランドヒノキは、アラスカヒノキから丈夫さを、モントレーイトスギから早い成長速度をそれぞれ受けついでいる[13]。陽地を好む[9]。多様な土質やpHで生育可能であり、塩害などに強く、栽培は容易である[9][11]。剪定、刈り込みに強い[9]。成長が速く病虫害に遭いやすいため、外観を保つためには定期的な剪定を必要とする[9]が比較的浅いため、夏季が高温になる地域にはあまり適しておらず[9]、また大きなものは強風などによって倒れることがある[9][11]。葉の成分によって、皮膚炎が引き起こされることがある[9]

虫害を受けやすく、ミノガ類は数週間で木全体の葉を食い尽くしてしまうことがある[9]。また菌類による病害も多く、特にナラタケ属担子菌)やエキビョウキン卵菌)による根腐れ病、Seiridium子嚢菌)による樹脂胴枯病、Botryosphaeria(子嚢菌)による枝枯病などが問題となる[9]

4a. 防風林としての利用
4b. 'Castlewellan Gold'
4c. 'Naylor's Blue'

園芸品種

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以下のように多数の園芸品種が存在する[9]

  • ‘Blue Eyes’
  • ‘Castlewellan Gold’[3] … 矮小で新葉は黄色(上図4b)
  • ‘Emerald Isle’ … 葉は鮮緑色
  • ‘Golconda’ … 葉は1年中黄色
  • ‘Gold Nugget’ … 小型で葉は黄色
  • ‘Gold Rider’(ゴールドライダー)… 小枝は、夏は濃黄色、冬は黄色で先端が緑色
  • ‘Green Spire’ … 樹冠は細い円筒形
  • ‘Haggerston Grey’ … 葉は青緑色から灰緑色
  • ‘Irish Mint’ … 葉は明緑色、成長速度が遅い
  • ‘Jubilee’ … 葉は黄色
  • ‘Leighton Green’ … 大きくなり、葉は濃緑色
  • ‘Naylor's Blue’ … 樹冠は広がり、葉は青緑色(上図4c)
  • ‘Rico’ … 矮小
  • ‘Robinson's Gold’ … 葉は明黄色から黄緑色
  • ‘Silver Dust’(シルバーダスト)… 小枝は広く広がり、葉は青緑色で白い斑が入る
  • ‘Star Wars’ … 葉はクリーム色

トラブル

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レイランドヒノキは成長が速いため、しばしば光を遮って日照権を巡る問題となる[18]。生垣に利用した場合、隣家との間で深刻なトラブルの原因になることもある。隣家のレイランドヒノキのせいで日陰になり、土壌が酸性化した庭では、ほとんどの植物が生き残れなかった。低層階の住人が眺望の悪化に腹を立てただけではなく、園芸愛好家たちがこの木に不快感を示し、高級志向の人々が成金向けの俗っぽい木と決めつけたため、階級間の対立が浮き彫りになった[16]。1990年代にはレイランドヒノキをめぐり、いくつかの事件が世間の注目を集め、マスコミも生け垣による日照不足をめぐる隣人同士のトラブルを好んで取り上げるようになった[16]

暴力沙汰や殺人事件にまで発展することもあり、2001年には環境庁職員のランディス・バードン(当時57歳)がポーイス州タリボン・オン・ウスクでの、レイランドヒノキの生垣を巡る争いで銃殺される事件があった[10]2005年には、高い生垣(通常レイランドヒノキだが、それ以外の樹種を含む)による日照被害に直面した人々が自治体に生垣に関する問題調査を依頼し、イングランドおよびウェールズ当局に生垣の高さを低くしてもらうよう依頼できる道を開く法律が成立した(反社会的行動禁止令2003の第8章)[3][19]。2008年5月には、隣家が植えた100本のレイランドヒノキによる日照不足に悩まされたケースで、24年間の法廷論争の結果、木の先端を切りつめるよう命じる判決が出たことが話題となった[20]

名称

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Leyland cypress(レイランドヒノキ)の名は、上記のように発見者である Christopher John Leyland に由来する[15]

レイランドヒノキの学名(× Hesperotropsis leylandii)のうち、属名(× Hesperotropsis)は両親種であるモントレーイトスギHesperocyparis macrocarpa)とアラスカヒノキCallitropsis nootkatensis)のそれぞれの属名を組み合わせたものであり、種小名(leylandii)は発見者である Christopher John Leyland の姓に由来する。両親種の属がしばしば変更されてきたため、それに応じて本雑種の属も Cupressus× Cupressocyparis× Cuprocyparis× Neocupropsis とされたことがある[1]

脚注

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注釈

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  1. ^ 当時の名は Christopher John Naylor であった。1889年に父親である John Naylor が亡くなるとレイトンの領地を相続し、また1891年には叔父である Thomas Leyland が亡くなるとハガーストン城を相続し、姓を Christopher John Leyland と変えた[15]

出典

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  1. ^ a b c d e f × Hesperotropsis leylandii”. Plants of the World Online. Kew Botanical Garden. 2024年3月15日閲覧。
  2. ^ GBIF Secretariat (2023年). “×Hesperotropsis leylandii (A.B.Jacks. & Dallim.) Garland & Gerry Moore”. GBIF Backbone Taxonomy. 2024年3月15日閲覧。
  3. ^ a b c d Leylandii: What you need to know”. King & Co. 2024年3月16日閲覧。
  4. ^ 柴田忠裕 (1993). コニファーガーデン: 色と形を味わう. NHK出版. ISBN 978-4140401101 
  5. ^ 栗原正芳 (2000). すてきなコニファーガーデン. 主婦と生活社. ISBN 978-4391124590 
  6. ^ 高橋護 (2007). コニファ-ガ-デン: 園主が教える選び方・育て方. 農山漁村文化協会. ISBN 978-4540051784 
  7. ^ 尾上信行 (2006). コニファー きれいに育てる全テクニック. 小学館. ISBN 978-4093052429 
  8. ^ a b c d e f g Leyland cypress”. The Wildlife Trust. 2024年3月15日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r x Hesperotropsis leylandii”. North Carolina Extension Gardener Plant Toolbox. NC State University. 2024年3月15日閲覧。
  10. ^ a b c Rhodri Clark (January 26, 2008). “Mother of all trees that sets neighbours at war revealed to have its accidental roots in Wales”. Western Mail. http://www.walesonline.co.uk/news/wales-news/2008/01/26/mother-of-all-trees-that-sets-neighbours-at-war-revealed-to-have-its-accidental-roots-in-wales-91466-20397188/ November 30, 2008閲覧。 
  11. ^ a b c d レイランドヒノキ”. みんなの趣味の園芸. NHK出版. 2024年3月15日閲覧。
  12. ^ a b c d 林将之 (2020). “レイランドヒノキ”. 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1100種類 増補改訂版. 山と渓谷社. p. 75. ISBN 978-4635070447 
  13. ^ a b c d e Leyland cypress – × Cupressocyparis leylandii”. Royal Forestry Society. February 15, 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。November 30, 2008閲覧。
  14. ^ John Hillier & Allen J. Coombes, ed (2007). The Hillier Manual of Trees & Shrubs. David and Charles. p. 436. ISBN 9780715326640. https://books.google.co.jp/books?id=v9FaNAifPLEC&pg=PA436&dq=%22leighton+hall%22+powys&redir_esc=y&hl=ja 
  15. ^ a b c d e f g h i j Brown, J. (2012). “Leyland [formerly Naylor], Christopher John”. Oxford Dictionary of National Biography. Oxford University Press. doi:10.1093/ref:odnb/95093 
  16. ^ a b c d e f ドローリ 2019, p. 14.
  17. ^ TRACING GREEN GIANT BACK TO CASTLE ROOTS”. Northern Echo (2000年7月21日). 2008年11月30日閲覧。
  18. ^ “Plymouth neighbours row over 35ft trees”. BBC News. (September 7, 2010). http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-devon-11211538 November 30, 2013閲覧。 
  19. ^ Leylandii Law”. Leylandii.com. 2024年3月16日閲覧。
  20. ^ Richard Savill (May 17, 2008). “Leylandii dispute ends in light relief”. The Daily Telegraph. http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/1969894/Leylandii-dispute-ends-in-light-relief.html December 30, 2009閲覧。 

参考文献

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  • ジョナサン・ドローリ 著、三枝小夜子 訳『世界の樹木をめぐる80の物語』柏書房、2019年12月1日。ISBN 978-4-7601-5190-5 

関連事項

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外部リンク

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