スペインにおける美術品の修復問題
スペインにおける美術品の修復問題(スペインにおけるびじゅつひんのしゅうふくもんだい)では、スペインにおいて美術品が修復作業によって大きく改変される事例が相次いで起きている問題について記述する。
概要
[編集]スペインでは2010年代以降、絵画や彫刻などの美術品が、素人による修復の結果、大きく様変わりする事例の発生が相次いでいる[1]。こうした事態が起きる原因について、スペイン美術保全協会 (西: Asociación Profesional de Conservadores Restauradores de España ; ACRE) は、2020年に発表したプレスリリースの中で「保存および修復の専門家は、仕事の機会に恵まれず、活動拠点を海外に移転したり廃業したりすることを余儀なくされており、このことによって保存・修復の業界が弱体化している」との旨の指摘を行っている[2][1][3]。
スペインでは、2020年の時点において、専門家ではない者が美術品を修復することを禁じる法令が整備されておらず、同協会はこのことを非難している[3][2]。
事例
[編集]『この人を見よ』
[編集]アラゴン州サラゴサ県ボルハ市のサントゥアリオ・デ・ミセリコルディア地区にあるサントゥアリオ・デ・ミセリコルディア教会(西: la iglesia del Santuario de Misericordia, 英: the Sanctuary of Mercy church)のフレスコ画『この人を見よ』は、イエス・キリストを描いたものであるが、2012年にアマチュアの画家で、修復については素人の女性、セシリア・ヒメネス (Cecilia Giménez) によって修復が行われた結果、キリストがサルのようであるとも形容されるものとなり、「サルのキリスト」と呼ばれるようになった[4][5][6][7][3][8][9][10][11][12]。
聖ホルヘ像
[編集]ナバーラ州エステーリャの聖ミゲル教会にある、16世紀に制作された木彫りの聖ホルヘ像は、2018年に地元の美術教師が修復のために塗り直しを行った結果、大きく改変し、漫画『タンタンの冒険』に登場するタンタン、あるいはアニメーション映画『トイ・ストーリー』に登場するウッディのようであるとも形容されるものとなった[13][10][14][15][16][17][1]。
スペイン美術保全協会は、「今回の塗り直しによって、文化財への介入に対する規制を強化しなければならないことが明らかになった」との旨の声明を発表した[17][10]。この聖像については、後に専門家による修復が実施された[13]。
聖母子像
[編集]2018年、アストゥリアス州のエルラニャドイロ (El Ranadoiro) の礼拝堂にある、15世紀に制作された木彫りの聖母子像に対して、修復に関しては素人の女性教区民によって修復が行われた。この聖像は、聖母マリアとイエス・キリスト、ペトロを象った彫刻であり、もともとは自然の色調をしていたが、修復によって、マリアのスカーフは明るいピンク色に、キリストのローブは明るい緑色に塗られ、ペトロの服は深い赤色に塗られた[18][19][20]。女性教区民は、「自分に似合う色を使って塗色した」「周りのみんなも気に入ってくれている」との旨を述べている[18][19]。
『無原罪の御宿り』の複製画
[編集]2020年、バレンシアに住む美術品収集家からの依頼で、バルトロメ・エステバン・ムリーリョによる絵画『無原罪の御宿り』の複製画の修復を家具修復業者が行ったところ、作品は大きく改変した[3][21][22][1]。文化遺産の保存および修復に関する専門家、フェルナンド・カレラは、「この家具修復業者のような人物を保存修復士と呼ぶべきではない」「彼らは作品を破壊している」との旨を述べている[21][23]。
建物の装飾彫刻
[編集]カスティーリャ・イ・レオン州パレンシア県のパレンシアのマヨール通り (es:Calle Mayor de Palencia) 9番地にある、ウニカハ銀行が入っている建物のファサードに装飾用に施された彫像が、素人の修復家が手がけた修復によって大きく改変した[24][25][26][27][1]。
彫像は1923年に公開されたもので、もともとは、家畜に囲まれながら微笑んでいる農業従事者の女性を象ったものであったが、修復の結果、アニメーション映画『トイ・ストーリー』に登場するキャラクター、ミスター・ポテトヘッド、あるいはアメリカ合衆国の政治家、ドナルド・トランプのようであるとも形容される表情となった[28][29][30]。
2020年11月、スペイン人画家のアントニオ・グスマン・カペルが修復前と修復後の写真を投稿したことにより、一般に知られることとなった[31][32][1]。スペイン美術保全協会は、「プロフェッショナルの修復ではない」との旨をTwitterに投稿している[28][1]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g “スペインでまた美術品の「修復」失敗事件が発生。なぜ多発?”. 美術手帖 (2020年11月12日). 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “Comunicado de ACRE por la intervención en la supuesta copia de ‘La Inmaculada del Escorial’ de Murillo en València.”. スペイン美術保全協会 (2020年6月23日). 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b c d “バロック絵画の複製が「修復」で台無しに スペインでまた”. 英国放送協会. (2020年6月24日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “サルのような見た目に修復されてしまった有名なキリスト画を見に、多くの人がスペインの教会を訪れる”. クリスチャントゥデイ. (2016年3月30日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “スペインで修復 「サル」キリスト画に人気”. キリスト新聞. (2012年9月8日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “芸術の修復だ!! 写真特集”. 時事ドットコム. (2018年9月9日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “世の中は直りにくい”. 産経新聞. (2017年7月9日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ Aleksei Blokhin (2018年). “Behold the Monkey : Queer Jesus and the Queer Posthumanist Account of Art”. Lund University. 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Grotesque Irreverence: The Transformation of ‘Ecce Homo’”. Boston University (2016年4月29日). 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b c “聖人の彫刻が「恐ろしい状態」に ⇒ 政府憤慨、ネットでは大喜利始まる”. ハフポスト. (2018年6月27日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “「世界最悪」のキリスト画修復、82歳女性に著作権収入の49%”. AFPBB News. (2013年8月22日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “酷評のキリスト画「修復」で観光客殺到、スペイン”. CNN. (2013年8月17日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “素人の修復で漫画風にされた聖像、再修復でほぼ原状回復 スペイン”. AFPBB News. (2019年6月25日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “スペインでまたも美術品「修復」失敗事件”. CJC通信. (2020年11月16日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Spanish church's 16th century sculpture 'left looking like Disney cartoon' after botched restoration by schoolteacher”. The Independent. (2018年6月27日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ ““修復”で教会の彫像台無しに スペイン、守護聖人”. 西日本新聞. (2018年6月28日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “No podemos tolerar más atentados contra el Patrimonio Cultural”. スペイン美術保全協会. 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “Spain parishioner botches Jesus and Mary statue restoration”. 英国放送協会. (2018年9月7日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “‘Huge tragedy’: Parishioner botches restoration of 15th-century statue set”. ABC News. (2018年9月17日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “15世紀の聖母子像、素人が修復し派手なピンクや空色に スペイン”. AFPBB News. (2018年9月9日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “Experts call for regulation after latest botched art restoration in Spain”. the Guardian. (2020年6月22日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Furniture restorer disfigures Murillo’s 17th-century Virgin Mary—and charges owner €1,200”. The Art Newspaper. (2020年6月23日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Spain Has Been Hit by Yet Another Bungling Restorer, Who Turned This Beautiful Virgin Mary Painting Into an Unrecognizable Blob”. The Art Newspaper. (2020年6月22日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “El ‘Ecce Homo’ de Palencia: indignación por la restauración chapuza de una estatua”. La Vanguardia. (2020年11月11日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “文化財の修復技術に求められる規制 スペインの彫像が修復後 ”ポテトヘッド“のようだと揶揄”. 学芸出版社 (2020年11月12日). 2020年12月13日閲覧。
- ^ “'The Guardian' se hace eco de esta polémica restauración en Palencia: lo llaman el nuevo 'Ecce Homo'”. El HuffPost. (2020年11月11日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Sculpture restoration work draws laughs, memories in Spain”. The Mainichi. (2020年11月12日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ a b “The potato head of Palencia: defaced Spanish statue latest victim of botched restoration”. The Art Newspaper. (2020年11月11日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Botched statue restoration draws Mr. Potato Head comparison”. CNN 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Before & After: Failed ‘Potato Head’ Restoration In Spain Likened To Trump”. Forbes. (2020年11月12日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Spanish statue bodge-up is a new rival to Borja's Monkey Christ”. the Guardian. (2020年11月10日) 2020年12月13日閲覧。
- ^ “Sculpture restoration work draws laughs, memories in Spain”. Associated Press News. (2020年11月11日) 2020年12月13日閲覧。