Wikipedia:井戸端/subj/特筆性を担保する情報源を探すのは誰の責任か
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特筆性を担保する情報源を探すのは誰の責任か
[編集]Wikipedia:独立記事作成の目安#特筆性のガイドラインを満たしていない記事における理由(特筆性なし)で削除依頼をする(した)場合、削除依頼者と特筆性ありとして掲載を希望する側とでどこまで立証責任を負うべきなのでしょうか。
私の考えとしては「Wikipedia:検証可能性#出典を示す責任は掲載を希望する側に」にあるように厳密な特筆性を示すべきは掲載を希望する側、すなわち「特筆性ありとして掲載を希望する側」にあると考えています。削除依頼者が検討すべき範囲は通常の検索で通常の範囲を見渡す以上にはないと考えています。--S-PAI(会話) 2013年11月16日 (土) 01:21 (UTC)
- 「厳密な特筆性」という概念はどのガイドラインまたは方針に登場する概念であるか不明ですが何を意味しておられるのでしょうか。
- それはさておき、「(特筆性なし)で削除依頼をする」ということであれば、「特筆性ありとして掲載を希望する側」にのみ負わせると解釈することは不適当です。Wikipedia:独立記事作成の目安#特筆性のガイドラインを満たしていない記事ではまず、削除は最後の手段であるとした上で、「特筆性を満たしていることを証明するのに十分な情報源が示されていない」場合には「あなた」(=疑問をもった利用者)が情報源を探すか、情報源の提供を求め、それが無理なのであれば別記事への統合をも検討した末に、最後の手段として初めて削除が登場します。特筆性に疑問のある記事に対する対処についてガイドラインが明文で求めているところは、削除が最初の手段でも最初の目的でもありません。
- 「検討すべき範囲は通常の検索で通常の範囲を見渡す」とはそもそも何を意味しているのでしょうか。本トピックはWikipedia:削除依頼/写真袋からの派生ですが、いかなる特殊な情報源も必要とせず、GoogleでWebを検索することにより容易に特筆性を担保する情報源にたどり着けます。同様なことはWikipedia:削除依頼/パルロにおいてもありました。こうしたことが「通常の検索で通常の範囲を見渡す」ことに含まれないと言うのであれば、いったいいかなる「検索の範囲」が通常なのでしょうか。Wikipedia:独立記事作成の目安#特筆性のガイドラインを満たしていない記事に言う「上記のように情報源を誠実に探した」に該当せず、ガイドライン(草案)の濫用による不適切な管理行為の類縁と見なさざるを得ません。
- 特筆性の概念がもとめているのは、特筆性を担保する情報源がウィキペディアの外部に存在することであり、その前提が充たされる限り特筆性を理由として削除することは不適切です。特筆性を担保する情報源が存在するという前提を充たした上で、書かれた記事にその情報源が適切に反映されていないことは、独立記事作成の目安をクリアしないことによる削除とは別の問題に属するでしょう。--ikedat76(会話) 2013年11月16日 (土) 01:53 (UTC)
- コメント Wikipedia:独立記事作成の目安#特筆性のガイドラインを満たしていない記事は、矛盾(もしくは紛らわしい)主張をしているので、いつまで経っても草案なのですよ。節冒頭で、「全ての記事はその扱っている主題に独立記事として作成、収録するだけの価値があることを『証明』しなければならず」と謳っており、当然この「証明」の義務は執筆者と解釈されます(私にはそうとしか解釈できません)。しかし、その「証明」義務を果たしていない記事が立項されてしまった場合には、「証明」はあなた(疑問を持った利用者)がせよ、みたいな事を書いていますね。矛盾(もしくは紛らわしい)ですねこれは。
- もっとも、100%他人が「尻ぬぐい」しなければならないわけではないようです。流れとしては、①特筆性テンプレートを貼って他者に通知する。②記事の作者に連絡を取って、どのような場所で情報源を見つけられそうか聞く。③(記事が専門的な場合は、関連のプロジェクト等で専門家の協力を頼む)。④しばらく期間をおいて、①②(及び③)で有効なコメントがつかなければ、別の適切な項目に統合することを提案(具体的な項目名をこちらで出す必要はなし)。⑤しばらく期間をおいて④に有効なコメントがつかなければ削除依頼。 この流れでいけば、「記事を残したい側」に証明させることができますね。もちろん「あなた自身でそのような記事の情報源を探」して見つかればそれでも良いわけですが、両方しろとはこの草案には書いてません。どちらか一方を行えば良いのです。
- 質問に対する(現草案に沿った)直接の回答を言いますと、ウィキペディアのお約束通りに「立証責任」は「記事を残したい側」に負わせることができます。ですが、そのための手続きが通常の記事内容についての「検証可能性」による編集除去より煩雑になるということです。今回の依頼者は、その手続きを省いたので批判が出たということになります。決して、「疑問を持った利用者」自身による情報源探しが必須というわけではありません。要は情報を提供するように、あちこちで「催促」しろということですね。--61.207.102.43 2013年11月16日 (土) 07:22 (UTC)(追加・修正)
- 誤解があるようですが、「出典がある・検証できる」≠「記事作成の目安を満たす」なのと同じで、「出典が無い・検証できない」≠「記事作成の目安を満たさない」であり、似て非なる概念です。削除依頼でも、今井戸端でも、いっしょくたになっているようです。
- その上でですが、第一義に出典を示す責任は掲載を希望する側にあるのは間違いありません。無出典記事が、文言を削られたり、然るべき手続きの後に削除依頼に出されても、それは文句は言えないでしょう。
- しかし、無出典記事に対して、削除依頼者が "削除の方針 ケースE:百科事典的でない記事" の「百科事典に記載するほどの著名性・特筆性がない記事。」を適用しようとするならば、依頼者は何をもって「著名性・特筆性がない」と判断したのか?、という話になると思います。結局は、記事対象やその分野に元々詳しい人でない限りは、まずは調べてみるしかないです。--Ashtray (talk) 2013年11月16日 (土) 05:04 (UTC)
- コメント 「出典を示す責任は掲載を希望する側に」とあるように、削除依頼を提出する責任は削除を希望する側にあるのは当たり前です。私はケースEで削除依頼を出す場合、時々G-Searchによる新聞記事検索を使って、著名性があるかどうかを確認しています(0件でしたら無料ですから)。そこまでする必要はないでしょうが、最低でもGoogleで検索するぐらいは誰にでもわずかな時間でできることですし、削除依頼を出す上での最低限のエチケットかつ立証責任だと私は思います。専門用語でもない限り、大体のことはGoogleで引っかかりますし、自信が無いのであればテンプレートを貼るなり、投稿者に呼びかけるなどのことをして、依頼を出すのはそれからでしょう。S-PAI氏が出した削除依頼を見てみると、通常の検索すら何一つ行っていない気がします。自分の利用者ページにある「記事の削除依頼についての判断は記事の中身に基づいて判断する。「削除依頼する前に自分でも調べろ」というのは却下します」という参加方針の考えを改められるべきでしょう。--Floter(会話) 2013年11月16日 (土) 08:15 (UTC)
- コメント 「削除依頼を提出する責任は削除を希望する側」にはありますが、その責任というのは、削除項目のページ内には特筆性を示す「証拠」が無いことを確認することです。ウィキペディアの外にある「証拠」まで探し出しに行く義務はありません。ウィキペディアの外からウィキペディア内に「証拠」を引っ張ってくる責任があるのは「項目を残したい側」ですよ。--61.207.102.43 2013年11月16日 (土) 09:25 (UTC)
- コメントその理解はどのような根拠に基づくものでしょうか。Wikipedia:独立記事作成の目安#特筆性のガイドラインを満たしていない記事を見る限り、「もしそれもかなわず、記事を削除するのであれば」に続く文脈の先頭は「もしある記事に特筆性を満たしていることを証明するのに十分な情報源が示されていないのならば」にあり、特筆性に疑問を持つ側にあると理解できます。その逆(「項目を残したい側」)であるとすれば、「項目を残したい側」が削除を「最後の手段」とすることになり文意として矛盾します。
- また、特筆性は記事の中ではなく、ウィキペディアの外部にあるという特筆性の概念の根幹と矛盾します。なおかつ、かかる基準でグーグル先生にお伺いすらたてずに、なんとなく問題ありそうという個人的感覚だけで特筆性に由来する削除依頼を出すことが出来るのでは、運用上大変な混乱を招くでしょう。特に出典の明記等のルールに慣れていない方が多い(慣れてる方なんているのでしょうか?)初心者が初版作成した記事にそうしたやり方で望めば、新規利用者の定着の妨げになりプロジェクトの成長にとっての阻害要因となります。
- 記事を削除するのはプロジェクトにとって問題となるからであって、それ以外の理由によってではありません。削除は手段であって目的ではなく、まして自己目的化させるのは誤りです。削除できるハードルを下げることをご希望のようですが、プロジェクトの進行と運用に障害をもたらすようであれば、そのようなことは認められません。--ikedat76(会話) 2013年11月16日 (土) 09:49 (UTC)
- コメント 「削除依頼を提出する責任は削除を希望する側」にはありますが、その責任というのは、削除項目のページ内には特筆性を示す「証拠」が無いことを確認することです。ウィキペディアの外にある「証拠」まで探し出しに行く義務はありません。ウィキペディアの外からウィキペディア内に「証拠」を引っ張ってくる責任があるのは「項目を残したい側」ですよ。--61.207.102.43 2013年11月16日 (土) 09:25 (UTC)
- コメント>「その理解はどのような根拠に基づくものでしょうか」へ。 件の節の要旨を書きます。(A)全ての項目は独立記事として作成する価値があることを証明しなければならない。(B)にもかかわらず、特筆性を証明する情報源が示されていない項目があった。(C)対処法・その1。あなた(疑問を持つ人)自身で特筆性の情報源を探す。(D)対処法・その2。①記事の作者や専門家に連絡を取って、情報源の提供を要請。②特筆性テンプレートを貼る。③項目が専門的な場合には、関連するウィキプロジェクトなどにも情報提供を要請。④プロジェクト:検証を使うこともできる。(E)CかDの方法で情報源が見つからなかった場合は、その項目を別の適切な項目に統合することを検討。(F)それも適わないなら、削除依頼。 以上をもちまして、削除依頼者は情報源探しでは(C)か(D)のいずれかを行えばよく(むろん両方するもよし)、(D)のみを選択した場合は、自分で情報源を探す必要はないのです。
- >「特筆性は記事の中ではなく、ウィキペディアの外部にあるという特筆性の概念の根幹と矛盾します」へ。 ウィキペディアの外部にある情報源が、項目中に明示されていなければ意味はありませんよ。項目内に明示して初めて「証明」したといえるのです。「証明」がされていない場合にとられる方法が(C)~(F)です。
- >「なんとなく問題ありそうという個人的感覚だけで特筆性に由来する削除依頼を出すことが出来るのでは運用上大変な混乱を招くでしょう・・・」へ。 私はその様なことは一言も言っておりません。私が言ってもいないことを、ikedat76さんに言われてもコメントしようがありません。削除依頼者が、特筆性の情報源を自身で探さない場合は、依頼の前に(D)(E)の手続きが必要です。今回の依頼者は(D)(E)の手続きを踏んでいないから、問題があったわけですよ。実際には、削除依頼者は依頼に当たって自身で情報源の探索をする場合が多いようですが、それは(C)(E)の方が手っ取り早くできるからです。あるいは、他者に要請するだけでなく自身でも情報源探しをした方が、より削除の同意をとりやすいからです。自身で特筆性の情報源を探す義務があるからではありません(現草案によるとそうなります。もっとも草案ですから、どれほど効力を持つかは知りません)。--118.6.86.41 2013年11月19日 (火) 06:00 (UTC)
- 特別:投稿記録/61.207.102.43さんと同じ方と解釈して、コメントします。当方の発言が一部切り取られていますが、ありがちなミスと理解しますが、ご注意ください。
- お考えは理解できたと思います。それほど極端に違う方向で考えている、というわけではないものと理解しました。「削除依頼者は情報源探しでは(C)か(D)のいずれかを行えばよく(むろん両方するもよし)」というご意見であれば、こちらも確かになるほどと思うことができます。「項目内に明示して初めて「証明」した」については必ずしも同意するところではありませんが、それを求める努力もなし、(C)も(D)も一切なしで、それでいて初版作成者に宣伝呼ばわりだの罵倒だのでは確かに論外でしょう。「なんとなく問題ありそう…」云々という当方の発言はその種の「論外」に対して向けられたとお考えいただければと思います。--ikedat76(会話) 2013年11月19日 (火) 10:03 (UTC)
- 各位様へ。削除依頼提出や削除票の前に、WEB検索程度はやって然るべき、そこまでは異論がないのですが。WEB検索で出典見つかり存続票、でも記事はそのまま改善されずに存続、となるのは困りものです。しかし存続票を投じた利用者が出典を元に加筆する義務を負え!、となれば、面倒になって存続票を投じる人が少なくなり、多くの記事が存続されず削除される可能性があります。また、市民電力会社やPonoは不肖私めが書き換えた後、存続となりましたが、削除依頼時点での原型はありません。果たしてこれは存続と言えるのか、疑問です(テセウスの船のパラドックス)。これでは削除の後、新規作成で良かったのでは?と思います。--JapaneseA(会話) 2013年11月16日 (土) 11:17 (UTC)
- 最終的な責任は残したい側に、って事で良くないですか?。特筆性が「無い」ことなんて悪魔の証明になりかねないし、かと言って無闇な削除依頼は問題だし、どちらかが100%責任を負うべき問題でもなし。削除したい側もひとまず外部情報を調べるくらいはやって欲しいし、念入りに調査した上ならなお良いけど、最終的に特筆製の根拠を示して審議参加者を存続で納得させるのは残したい側の役目かと。無論ちょっとググった程度で有意な言及が見つかるような雑な依頼をしてくれるな、というのとセットではありますが。--121.93.56.170 2013年11月16日 (土) 11:33 (UTC)
- 121.93.56.170さんへ。私もそう考えないではありません。しかし、最後の一文にあるとおり「無論ちょっとググった程度で有意な言及が見つかるような雑な依頼をしてくれるな」というのが問題です。その程度のものも探さず、「俺がおかしいと思ったものは特筆性なし!こんな記事削除!」という類の削除依頼があって困ると言うのが現状ではないでしょうか。ましてや新規参加者に適切な案内をするどころか恫喝するための手段として削除依頼を使っているとしか理解できないような例もあって…いやはや。別にそうした意味で雑な依頼それ自体はある意味で問題ではなく、そうした雑な依頼を継続したり、誤っていると指摘されても「削除!削除!」と言い続けたり、要するに最後の手段でしかない削除を、最初の目的で最初の手段にしているというのが何よりダメなのです。
- 利用者:JapaneseAさんへ。テセウスの船でぜんぜん問題ないのではありませんか。何しろ、ウィキペディアの参加者の本義は記事を書くことです(削除することではありません。削除が不要だとかは言いませんが)。挙げてくださった例ではJapaneseAさんのご尽力によってでしたが、結果として記事が成長して有益な記事が出来上がるのであれば、そのトリガーが何であろうが構わないのではありませんか。--ikedat76(会話) 2013年11月16日 (土) 12:12 (UTC)
- コメント Wikipedia:検証可能性にもWikipedia:独立記事作成の目安にも、誰が特筆性を示さなければならないかは規定されていません。削除依頼の仕組みはある利用者が調査を行った結果、記事の主題に特筆性が無いのではないかと判断した場合に依頼を提出しコミュニティが審議するものです。依頼者は「他の利用者に協力を求めて審議を行なってもらう立場」ですから、特筆性の有無を提出前に可能な限り調べておくことが求められると思います。「通常の検索で通常の範囲」ということですが見ていると、同じGoogle検索Yahoo!検索を利用しても結果を出せる人出せない人に分かれるようです。削除依頼で特筆性ありを立証されてしまうような依頼者は自らの能力を見つめ直なければならないと思います。調査能力は記事を編集する基本能力で高ければコミュニティの判断に役立ちますが、逆は他の利用者に負担を強いるだけですので編集や口出しの方法を考え直したほうがいいと思います。--Degueulasse(会話) 2013年11月16日 (土) 14:29 (UTC)
- コメント Wikipedia:検証可能性は記事の内容に関する文書、Wikipedia:独立記事作成の目安は記事主題の採録基準に関する文書ですから、特筆性に関する判断や対応について前者の内容を直接的に根拠とすることはできないでしょう。記事中のある記述に出典があるかないかということと、ある記事主題が特筆性を有しているか、ということとはまったく別で、Wikipedia:検証可能性に「信頼できる情報源を欠く編集は、除去されるのもやむを得ません」とあるからといって、記事中に情報源が示されていないものをそれと同様に解して特筆性を根拠に削除依頼に出したりしているのであればそれは間違いです。特筆性を示す情報源が記事中に示されていない場合の対処についてはWikipedia:独立記事作成の目安#特筆性のガイドラインを満たしていない記事に示されている通りで、常識やある程度のその分野の知識を元に「特筆性がない」ということが蓋然的に判断できないのであれば、自分では削除依頼に出さず{{特筆性}}などを貼って情報の提供を呼びかけるにとどめるべきでしょう。--頭痛(会話) 2013年11月17日 (日) 10:20 (UTC)
- コメント 主に閲覧している者です。私も頭痛さんと同じく、Wikipedia:検証可能性は記事の内容に関する文書、Wikipedia:独立記事作成の目安は記事主題の採録基準に関する文書と思っているのですが、提起者が挙げられたWikipedia:検証可能性#出典を示す責任は掲載を希望する側にの中にこんな文面があります。(以下抜粋引用。太字は当方による修飾)定評のある情報源がない場合、その話題に関する記事はウィキペディアで立てるべきではありません。(引用終わり)
- この文面を見ると記事立項に関することと解釈できます。でも、このあとの文面は記事内容の方法論です。Wikipedia:検証可能性が記事内容に関することでしたら、思い切って除去するか、別の例えば「定評のある情報源がない場合、その話題はウィキペディアの記事本文に記載するべきではありません。」というような文言に修正する必要があるのではないでしょうか? まあ提起者はその部分とWikipedia:独立記事作成の目安を混ぜて・・・悪く言えば都合よくとったのでしょう。ところで提議者がやっている事ってなんか定期削除のことを地でやっている気がします。もちろん定期削除は廃案になったんですけどね。あと、デジャブを感じたのがあってなんかなーと思ったらこの方のようなことでした。この方は即時削除の濫用でしたがね。まあそれの削除依頼版かなと。この人も結局ブロックされて方向転換したようですが提起者も同じ目に遭わないと方向転換しないんでしょうかね?--175.109.143.150 2013年11月17日 (日) 17:05 (UTC)--175.109.143.150 2013年11月17日 (日) 18:28 (UTC)(一部修正及び追記)
- コメント Wikipedia:削除依頼/ナスノミツルで依頼者であるS-PAIさんに対して「依頼者はよく調べてから削除依頼しましょう(自分の詳しくない分野については特に、ですよ」とアドバイスしたのですが、ウェブ検索による情報収集は普段の記事の加筆や出典補完時にも必要となってくるものであり、その能力が著しく低い方がそれを自覚せずに、削除依頼等しているようでは困りますよね。また、記事を新規作成される方は初心者である場合も多いでしょうが、削除依頼の提出者は、関連方針を十分に理解していることが求められていると思いますので、この方の「依頼文」に対しても、偉そうに注意などしてみました(なにしろ依頼文自体が舌足らずで意味不明瞭で方針無理解を伺わせるワンパターンなもので、いろいろと非常に残念な状態だと思いましたので)--パックル(会話) 2013年11月18日 (月) 15:05 (UTC)