コンテンツにスキップ

Wikipedia:井戸端/subj/旧字体と漢数字の使用について

旧字体と漢数字の使用について

[編集]

インターネットを使った検索の利点の一つとして、ある言語に関して入力環境がなくてもコピペで検索できるという利点があります。英語版のWindowsを使用していて気が付いたのですが、日本の公文書は

  • 日付は全て和暦であり数字は漢数字である。
  • 常用漢字が制定される以前は全て旧字体であり、ネット上で公開されている公文書のタイトルも旧字体がほとんどである。

ということになっています。現状の和暦は全てアラビア数字が用いられており、かつ人名なども多くは旧字体ではなくて常用漢字が割り振られています。その結果、ウイキペディアの記事から国立国会図書館、国立公文書センター、外務省等で文献を検索しようとしても日本語入力環境がないと検索できないという事態になっています。これは多国語版に比べて甚だ使いづらい状況であり、少なくとも参照及び参考文献などに関しては文献と一致する旧字体、漢数字を用いるべきではないかと思います。D.Naka 2010年5月16日 (日) 00:16 (UTC)[返信]

コメントこんにちは。
  • 参照及び参考文献のタイトルを漢数字をアラビア数字に改めるということにはなっていません。そのような編集をしている人がいたら、注意してあげてください。
  • 旧字は国立国会図書館、国立公文書館は、おおむね検索で拾ってくれますよ。
  • 他言語と比べて、日本語は様々な形で表記の揺れが多いので、比較はあまり意味がないと思います。単に旧字、漢数字にすれば問題が解決できるというわけではなく、常用漢字を旧字体に変えれば、今度は常用漢字の情報が得られなくなる。どこかの検索に特化させれば、その他の検索には対応できなくなるし、それがもともとの本来の表記、こんにち一般的な表記と一致するかどうかもわかりません。表記ゆれや類義語は、機関によって対応している程度・範囲が様々です。総合的に考えた上で、よい解決法があったら、またご提案頂ければと思います。
  • また、ぼく自身は、何度か自分で入力できない言語について調べることはありましたが、日本語の入力環境をまった持たない人が、日本語版ウィキペディアから国立公文書館などで調査をするという事例は、あまりないんじゃないかとも思いますが、どういう例が想定されますか? --Ks aka 98 2010年5月16日 (日) 05:17 (UTC)[返信]
こんにちは
  • 漢数字がアラビア数字になっている代表例が、『日本国憲法第9条』で『第九条』がアラビア数字に書き換えられています。ウィキペディアの記事内の多くが章、条、項が漢数字からアラビア数字に変わっており、発布日や改訂日もほとんど漢数字からアラビア数字に書き換えられています。読む分には全く支障はないのでどうでも良いのですが、そういうローカルルールがあるのかと思っていました。個人的には法律等を書き換えて載せてしまうのはいかがなものかと思っています。
  • 公文書館等の検索ですが「キーワード」検索の場合、文書に設定されているキーワードと一致すればひらがなでもヒットします。問題はキーワードを使用せず、文書の中またはタイトルで検索する場合には旧字体と常用漢字は区別されているようです。
  • ウィキペディアはよく辞書代わりにつかっており、ドイツ語やイタリア語等の文献を探す場合に一旦英語版を呼び出し、他言語版があればそこからセンテンスをコピペして検索を掛けています。自分と同じようなやりかたをしてる人がいるような気がします。(推定)D.Naka 2010年5月16日 (日) 07:00 (UTC)[返信]
  • 旧字体を重視するのも分かりますが、のように旧字体が日本語環境では表示できないケースもありますので、常用漢字表に依って表記を改めるのは検索の利便性を甚だ損なうものではないでしょう。それを言い始めましたら異体字、変体仮名などはどうするんだという話になってしまいます。--Yonoemon 2010年5月16日 (日) 14:20 (UTC)[返信]
  • 「百科事典はライブラリーの目次ではない」ということに尽きると考えます。ライブラリーの目次は蔵書に最適化されるでしょうが、ライブラリー毎に異なる基準を採用します。したがって、特定のライブラリーに最適化するということは他のライブラリーを切り捨てるということです。つまり、どこかのライブラリーに最適化するということはそのライブラリーの観点に立った時だけ便利であるということです。であるならば、特定の観点にスタイルを最適化するということは百科事典の目的ではないですし、Wikipediaの方針とも異なります。--あら金 2010年5月17日 (月) 08:33 (UTC)[返信]
現状の一例をあげると
齋藤 実(さいとう まこと、正字体:齋藤 實)
というように人名の多くは記述されていて、実に素晴らしいことだと思います。ところが、人名以外ですと
日独防共協定(にちどくぼうきょうきょうてい)(ドイツ語: Antikominternpakt)
というようになっていて、『日独』は正確(外務省の公式文書上)には『日獨』なので
日独防共協定(にちどくぼうきょうきょうてい 正字体 日獨防御協定)(ドイツ語: Antikominternpakt)
となっているとより使いやすい易いと考えています。例えると、日本では自家用飛行機は必要ない(使えない)というというのは正しい主張だとは思いますが、世界には隣の町まで700Kmとかいう場所も実際もあるわけですから、日本では必要じゃないから自家用飛行機は不要と主張するするのはいささか拙い主張のように思われます。多くの日本人は『日独』は『日獨』と推測できると思いますので、そういう人だけが利用するということを前提にするなら別に何の議論をする必要もないと思いますが。旧字体を常用漢字に書き直しているならその旨を記事の冒頭に記述しておくのが良いのではないでしょうか?そうゆう議論をするためにわざわざ書き込んでいますのでご了解の程を宜しくお願いいたします。D.Naka 2010年5月17日 (月) 10:46 (UTC)[返信]
コメント 執筆者が好意的に又は無意識の内に、旧字体を常用漢字に書き直している場合もあるでしょうが、見つけた時に訂正又は追加して上げて下さい。また、政府の公文書と記事の表記が違う場合も、気が付いたところで気軽に編集追加してあげて下さい。一人の執筆者で完璧な記事など書けません。記事を書く場合には、政府の公文書を確認して、表記が異なる場合は、併記しなさい等と編集方針に上げれたら、多分私は執筆出来なくなります。旧字体と漢数字の使用が、常用漢字とアラビア数字との併用で認められているのですから、ご指摘の件に関しては、使用して問題があり、又改善すべきだと判断出来た参加者が、その時々に修正・追加して編集すれば良いではないかと個人的には思います。参照・文献と一致する旧字体と漢数字を用いた方が好ましいでしょうが、『用いるべき』と義務になると困ります。元号(和暦)の表記にもありますが、日本語の辞典ですから『出来れば併記して下さい』という努力目標で良いのでは無いかと思います。--大和タケル 2010年5月17日 (月) 22:13 (UTC)[返信]
こんなこともありえるでしょう。1930年ごろに制定された法律があれば、名称は旧字体が使われているでしょう。その法律を廃止する新しい法律が1990年ごろに制定されたとき、官報には、その旧法令の名称は常用漢字で表記されるにちがいありません。あまり細かくしなくてもいいのではないでしょうか。 --ねこぱんだ 2010年5月17日 (月) 23:09 (UTC)[返信]

ええと… 旧字体・新字体・当用漢字・常用漢字などの議論は、たいへん入り組んでいて私にはすべては把握できていませんが、「字体」の問題だけを観念的に考えるならば、当初の公式文書は「旧字体」で書いていようとウィキペディア日本語版では「新字体」で書いて構わないし、書いたほうが良いと思います。なぜなら、それらは字体の違いであって、同じ文字だからです。そこにいたった政策の当否はともかく、同じ文字なのにそれを読める人が少ない字体を選ぶというのは、たんに学を衒ったもののように思います。
しかし、「旧字体」と「新字体」という用語で議論されているものの中には、実は「字体」の問題ではない、同音の漢字による書きかえにあたるものも含まれているようです。そういったものとは、文書の題名や内容の引用においては元の文字を使用するのが正道だろうと思います。それらは異なる文字だからです。--mizusumashi(みずすまし) 2010年5月18日 (火) 12:27 (UTC)[返信]

mizusumashiさんこんにちは
>なぜなら、それらは字体の違いであって、同じ文字だからです。そこにいたった政策の当否はともかく、同じ文字なのにそれを読める人が少ない字体を選ぶというのは、たんに学を衒ったもののように思います。
私もそのとうりだと思います。なるべく常用漢字で記述できると読みやすくて良いと考えています。しかし現状の日本では、昭和40年代以前に登録された、公文書、登記簿、戸籍等では常用漢字が使用されていない場合が多いので、政府の公式文書を正式名とした場合に一致しないのです。特に文部科学省においては教科書等において原則的に常用漢字以外の使用は認めていないので、日本国政府に登録された文書と一致しない場合が多いのです。また○○条約とか○○法とかの記事においては、その記事のタイトルそのものが文献名になってしまっているので、タイトルが役所の文献名と一致しない場合にはその旨を併記していただかないと検証性や正確性に欠けると思われても仕方ないとおもいます。(検索し難いから)
國學院大學という記事がありますが、その中で「ただし、表記は学生スポーツ等でマスメディアでは國學大(国学大)が使用されている」と記述されています。固有名詞は原本(法務省への登録または通商産業省への商標登録)と一致すると使い易いのでこういう記述も良いのかなと思います。
あと漢数字についてですが、例えば日本語では20という数値は二〇、二十、弐拾という書き方がありますので、参考文献等を記述する場合は原本通りの表記にしていただくと使い易くでありがたいです。
大和タケルさんへ
ご指摘はごもっともだと思いますので、可能な範囲で原本に一致するように努力するという事で同意いたします。D.Naka 2010年5月19日 (水) 09:20 (UTC)[返信]
旧字体と新字体を、同じ文字の字体の違いとする立場からは、過去に旧字体が使われていた名称を新字体で表記しても正式名です。必ずしもどちらか一方が正式名で、もう一方が正式名でないというわけではありません。固有名詞、特に人名で旧字体と新字体を使い分けるのは、どちらかが正式名でないわけではなく、単に本人が使っている字体を優先するエチケットの問題です。以前は字体が異なると検索できませんでしたが、最近はgoogleなどでもどちらの字体でも検索できるようになって来ています。私としては根拠もなく「旧字体が本来の表記」と言い切っている記事が気になっています。--アルビレオ 2010年5月20日 (木) 15:20 (UTC)[返信]
アルビレオさん、こんにちは
  • 正式という語句は「本来の」という意味で使用しています。それについては誤解を招くような表現をしていたのかもしれません。私が「政府の公式文書を正式名とした場合」と書いたのは多言語国家においては公文書を記述する場合の「正式名」が存在する場合が多いようなので、このような表現をしています。よく考えると人名などは登記上の言語の制約から公式文書の方が本来の表現ではない場合もあり得ます。
  • 文献を検索する場合、国立国会図書館を筆頭に有力な図書館ではインターネットが普及する以前から独自にデータベースシステムを組み上げています。グーグルは辞書を利用した検索を用いることにより旧字体でも新字体でもヒットするようになっていますが、グーグルが便利になってもそれに連動して図書館の検索機能が便利になる訳ではありません。もし世界中の図書館のデータベースがインターネットの空間にマッピングされているならば、キーワード一つで気が遠くなるような数の検索結果が出てくる可能性が高いので、それはそれで良いことだと思われます。個人的な体験上、日本の図書館のデータベースの多くは著者、タイトルのキーワードに「ひらがな」が設定されているようなので、漢字の字体に関係なく読み方さえ判っていれば「ひらがな」で検索できるようです。
  • 旧帝国大学に多いのですが、そこで発行される専門紙には現在でも旧字体を使用しているものが多く存在します。(例.京都大学の人文學報)これは伝統を守るという事の意志の表明ではないかと私は推定しています。それに対して敬意を払うということであれば旧字体で表記することが「本来の表記」とすることに違和感はありません。D.Naka 2010年5月21日 (金) 11:36 (UTC)[返信]
「本来の表記」についても捕らえ方の違いがあるようです。D.Nakaさんは、公文書が発行されたときの表記を「本来の表記」とお考えではありませんか? 明治から戦前にかけては印刷時に旧字体が使われていたので、当時発行されたときの表記では旧字体が使われていました。しかし、特に公文書では、現在それらを表記する場合に新字体を使うものが多く、私はそれらについては旧字体でも新字体でも「本来の表記」と考えています。つまり、「発行当時の表記」と「本来の表記」は必ずしも一致しない、という考えです。--アルビレオ 2010年5月21日 (金) 21:01 (UTC)[返信]
いえ、「本来の表記」は役所とか図書館に登録されている名称という意味で使っています。特許庁とか常用漢字なので。最初の方で述べていますが、検索性を考慮すると文献のタイトルや記事と一致している旧字体でも記述されていた方が便利でしょうという提案なので。記事の表題とか本文は常用漢字でかまわないのでは?あと多くの記事で正字体という書き方をしているので、それに合わせているだけです。どちらが正式で、旧字体を記事とかで使用しなければならないとは論じていません。D.Naka 2010年5月21日 (金) 22:24 (UTC)[返信]
コメント何事にも例外はありえますよね。『皇學館大学』は、正式な学校名に旧字体と新字体が混じっています。少なくとも私が知る限り、それはおかしいと言う日本人はいませんでした。旧字体に統一しても、新字体に統一しても『皇學館』を知る人には不自然になります。事典を使った人が不自然さを感じない程度に旧字体も使えば良いのではないかと思います。言葉や字体は時と共に変化しますので、規則で縛ることはなるべく避けて、柔軟な対応をすれば如何でしょうか。--大和タケル 2010年5月23日 (日) 01:05 (UTC)[返信]