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プロジェクト‐ノート:相撲

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「○○親方」というリダイレクトについて

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岩友親方木村山守にリダイレクトされていましたので、とりあえず他の「○○親方」という記事と同様、名跡のページにリダイレクトするよう変更しました。「親方」というのは敬称なので本来は不要なリダイレクトのような気がしますが、慣例として年寄は「○○親方」と呼ばれることが多いので、リダイレクトとしては必要なのかなという感じもします。

例えば浅香山親方というリダイレクトは存在しないのですが、そういうのも作成したほうがいいのでしょうか。 作成するなら、

  • 現行の名跡105家は名跡のページへリダイレクト
  • 廃止された名跡はどうするか(例:根岸親方→根岸 (相撲)
  • 一代年寄は力士の記事へリダイレクト(例:貴乃花親方→貴乃花光司
  • 現役名年寄(例:栃東親方→栃東大裕)、木村庄之助・式守伊之助は作らない?

みたいなところなのでしょうか。リダイレクトそのものの必要性も含めて、皆様のご意見を伺いたいです。--Noname334会話2024年10月5日 (土) 10:39 (UTC)[返信]

私はリダイレクト不要と感じますね・・・。それを言い出すと「○○関」もリダイレクトするのか?ってなってしまいますので。--You19994会話2024年10月8日 (火) 03:23 (UTC)[返信]

遠藤の取り口の節に関して

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遠藤聖大の取り口の節に関してですが、あれは完全にいろんな人の感想を羅列しているだけのように思えるです。現代の力士の項目を見ると必要性を感じないものが多いように思えますが、今回は遠藤の取り口だけを皆さんにお聞きしたいと思います。こんなに書く必要性ありますかね・・・?過剰な内容の整理に従って議論をしたいと思うのですがいかがでしょうか?--You19994会話2024年10月10日 (木) 00:47 (UTC)[返信]

力士の四股名の曖昧さ回避について

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力士の四股名の曖昧さ回避について、同名の力士が複数いる場合、現在曖昧さ回避の方法については以下のようなやり方が見られます。

  1. (○代) - 例:朝潮太郎 (4代)
  2. (○年生) - 例:綾川五郎次 (1883年生)
  3. (最高位) - 例:鳳谷五郎 (横綱)
  4. (他の四股名) - 例:両國梶之助 (國岩)

今回問題とするのは、一番目の(○代目)をつける方法です。現在最も多く使われているものですが、代数が独自研究である場合が散見されます。軽い調査の結果、以下の記事名について明白に誤りであることが確認できました。リダイレクトや赤リンクを含めれば、誤りはさらに多くなるとみられます。

このような事態が生じている原因は、編集者が自ら確認できた範囲だけで代数を振ったために、数えそこねたことによるものとみられます。独自研究で記事名をつけたために改名が必要になることがあるだけでなく、後に未発見の力士が確認されることなどにより代数に変化が生じ、改名が必要となる事態を避けるためにも、独自研究による代数による曖昧さ回避をとることは避けてほしいと思います。

なお、独自研究でないならば(○代目)による曖昧さ回避を行うことは問題がないと考えられます。独自研究ではない典型例は朝潮太郎で、一見初代は「朝汐太郎」のため、2代目は「初代朝潮太郎」となりそうですが、一般に呼ばれている代数にもとづいて記事名をつけています。代数によって曖昧さ回避を行うのは、朝潮のように信頼できる情報源でも代数で呼ぶ例があり、代数が揺るがない場合に限定すべきではないでしょうか。 --こやまひろ会話2024年12月16日 (月) 06:22 (UTC)[返信]

代数に関しては、提案に同意します。とりあえず「外ヶ濱浪五郎」の2件ついては、外ヶ濱信行の改名提案の内容の変更ならびに外ヶ濱浪五郎 (2代)の改名提案の追加を行いました。
今度は「四ツ車」についても相撲レファレンスなどで調べてみました。「二段目」については、相撲レファレンスでの表示は「十両」となっていますが、番付表記上十両が創設される(十両と幕下が分離される)以前です。
  1. 四ツ車 大八(相撲レファレンスID:2941)、生年不明、最高位小結(1759年3月場所)
  2. 四ツ車(相撲レファレンスID:6981)、生年不明、最高位二段目7枚目(1781年3月場所)、下の名前は番付実物画像によれば「伊之助」
  3. 四ツ車 大八(相撲レファレンスID:3217)、1772年生、最高位前頭3枚目(1805年10月場所)、個別ページあり→四ツ車大八(本文中に「2代」とあり)
  4. 四ツ車 勝五郎(相撲レファレンスID:3277)、1790年生、最高位前頭筆頭(1825年10月場所)(「四ツ車」としての最高位は前頭3枚目(1824年10月場所))
  5. 四ツ車(相撲レファレンスID:4525)、生年不明、最高位二段目4枚目(1836年11月場所)、下の名前は番付実物画像によれば「團治」(崩し字のため分かりにくいですが、相撲起顕を星取表にしていくホームページ(仮)も参照しました)
  6. 四ツ車(相撲レファレンスID:4808)、生年不明、最高位二段目筆頭格番付外(1885年5月場所)、下の名前は番付外なので確認できず
  7. 四ツ車(相撲レファレンスID:6118)、生年不明、最高位十両13枚目(1913年5月場所)、下の名前は番付実物画像によれば「庄太郎」
  8. 四ツ車 大八(相撲レファレンスID:511)、1980年生、最高位十両8枚目(2008年11月場所)、個別ページあり→四ツ車大八 (8代)
このうち下の名前まで確実に「四ツ車大八」なのは、1番と3番と8番(いずれも念のため番付実物画像も見てみました)で、2・4・5・7番は少なくとも最高位の番付実物画像を見る限りでは下の名前が別の名前になっていますし、更に6番は下の名前が確認できません。他に1934年5月場所以前の幕下以下など相撲レファレンスの範囲外にいるかもしれないにしても、8番の四ツ車大八 (8代)が本当に四ツ車大八として8代とは言い切れず(というより誤りの可能性が高い)、やはり「四ツ車大八」についても代数不明確として代数によらない曖昧さ回避の方法に変更すべきだと思います。--Sdfvista7会話2024年12月16日 (月) 13:50 (UTC)[返信]
8番の生年を忘れていたので追加しました。--Sdfvista7会話2024年12月16日 (月) 14:00 (UTC)[返信]
簡単に小錦八十吉の代数を調べてみました。(利用者:Noname334/sandbox2):「小錦」を名乗った力士は6人居ますが、確実に「小錦八十吉」を名乗ったのは3人です。このケースは代数の出典があるとは言え、代数ではなく「○○年生」での曖昧さ回避としたほうがよさそうです。--Noname334会話2024年12月16日 (月) 16:07 (UTC)[返信]
とりあえず、2024/12/21現在、代数による曖昧さ回避がなされている力士のページや、それに関連する力士のページなどについて、一覧表にまとめてみました。そしてとりあえず、代数に誤りが指摘されているものや、実際の代数が不明確なものなどについては、改名候補を挙げてみました。
個人的には、下の名前まで四股名が同じ有名な力士が歴史上複数いるケースのうち、その全員が歴代横綱である場合は、今のところ代数のままでいいとも思うのですが、どうでしょうか。「梅ヶ谷藤太郎」「西ノ海嘉治郎」「若乃花幹士」がこれに当たります。
「四ツ車」に関する追記として、相撲レファレンスに登録されている8力士の他に、大坂相撲の眞鶴政吉の初名を確認しました。
参考情報ですが、「琴櫻傑將」と「琴櫻将傑」について、英語版は表音文字しかない言語ですので、それぞれ「ことざくら まさかつ」の初代と2代目と見なして「Kotozakura Masakatsu I」「Kotozakura Masakatsu II」となっている一方、ハングルで表される韓国語版については、前者に対応するページは存在せず、後者に対応するページは生年の1997年で曖昧さ回避を行って「코토자쿠라 마사카츠 (1997년)」としています。--Sdfvista7会話2024年12月21日 (土) 14:31 (UTC)[返信]
小錦に関しては、代数があぶないなら、横綱・山泉(2代目の前名)・KONISIKI(タレント名)という形もありではないでしょうか。 --ねこぱんだ会話2024年12月22日 (日) 00:50 (UTC)[返信]
とりあえず改名候補として下表に追加しました。1963年生の小錦のタレント名は「KONISIKI」ではなく「KONISHIKI」ですのでこれも表では修正しています。--Sdfvista7会話2024年12月22日 (日) 09:48 (UTC)[返信]
代数による曖昧さ回避の例として、平ノ戸三之助 (初代)も表に追加しました。--Sdfvista7会話2024年12月22日 (日) 16:08 (UTC)[返信]

代数による曖昧さ回避がなされている力士のページ、およびその他曖昧さ回避に関する問題のある力士のページの一覧

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ここでは、次のいずれかの条件を満たすページを一覧し、改名候補、備考の欄も付けてみます。

  • 代数による曖昧さ回避がなされている力士のページ
  • 代数による曖昧さ回避は直接なされていないが、上に関連すると考えられる力士のページ
  • 下の名前まで同じ四股名の(有名な)力士が歴史上複数人いるが、曖昧さ回避のためのカッコがページ名に書かれていない力士のページ
  • 既存のページの他、未作成ページ(赤リンク)も含む。
2024/12/21現在のページ名 改名候補 備考
朝汐太郎 (初代) (改名不要) 代数出典あり。
朝潮太郎 (2代) (改名不要) 代数出典あり。
朝潮太郎 (3代) (改名不要)
朝潮太郎 (横綱)
代数出典あり、歴代横綱(歴代横綱としての「朝潮太郎」はこの1人のみ)。
朝潮太郎 (4代) (改名不要?) 代数出典あり?(ネットのニュース記事等で確認)
綾川五郎次 (初代) 綾川五郎次 (横綱) 歴代横綱だが、歴代横綱としての「綾川五郎次」はこの1人のみ。
綾川五郎次 (1883年生) (改名不要) 「綾川五郎次」で代数ではなく生年による曖昧さ回避を用いている。過去には「綾川五郎次 (大正)」から改名したことがある。
稲川政右エ門 (初代) 稲川政右エ門 (1739年生)
稲川政右エ門 (猪名川)
最高位前頭筆頭。
稲川政右エ門 (4代) 稲川政右エ門 (1871年生)
稲川政右エ門 (玉風)
代数誤り指摘済み。最高位関脇。
梅ヶ谷藤太郎 (初代) (改名不要) 歴代横綱。
梅ヶ谷藤太郎 (2代) (改名不要) 歴代横綱。
(未作成) (作成するなら)
鳳谷五郎 (大関)
最高位大関(第95代大関)。同名の横綱鳳谷五郎 (横綱)がいる。
大鳴門灘右エ門 (初代) 大鳴門灘右エ門 (安政) 最高位前頭筆頭、生年不明。
大鳴門灘右エ門 (2代) 大鳴門灘右エ門 (大関)
大鳴門灘右エ門 (1853年生)
最高位大関(「大鳴門灘右エ門」としては唯一)、前名司天龍(1887年生の力士と同じなので曖昧さ回避には使えない)。
大鳴門灘右エ門 (3代) 大鳴門灘右エ門 (1887年生) 最高位関脇、前名司天龍(1853年生の力士と同じなので曖昧さ回避には使えない)。
鏡岩濱之助 (改名なし)
鏡岩濱之助 (1769年生)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。1769年生で最高位小結。
(未作成) (作成するなら)
鏡岩濱之助 (大関)
鏡岩浜之助 (和田ノ浦)
鏡岩濱之助 (1809年生)
最高位大関(「鏡岩濱之助」としては唯一)、1809年生、前名和田ノ浦。
柏戸宗五郎 (初代) 柏戸宗五郎 (大関)
柏戸宗五郎 (滝ノ音)
最高位大関(「柏戸宗五郎」としては唯一)。
柏戸宗五郎 (5代) 柏戸宗五郎 (1881年生)
柏戸宗五郎 (八國山)
最高位小結。
越ノ海勇藏 (初代) 越ノ海勇藏 (安永) 実際の代数は不明確。
小錦八十吉 (初代) 小錦八十吉 (1866年生)
小錦八十吉 (横綱)
歴代横綱だが、歴代横綱としての「小錦八十吉」はこの1人のみ。
小錦八十吉 (2代) 小錦八十吉 (1887年生)
小錦八十吉 (山泉)
「二代目小錦」と刻まれた墓石あり。前名「山泉」。
小錦八十吉 (6代) 小錦八十吉 (1963年生)
小錦八十吉 (KONISHIKI)
KONISHIKI(リダイレクトあり)
「小錦八十吉」としての実際の代数は不明確。引退後タレント「KONISHIKI」として活動。
小柳常吉 (改名なし)
小柳常吉 (大関)
小柳常吉 (緑松)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。1817年生で最高位大関。
小柳常吉 (1838年生) (改名なし)
小柳常吉 (千草山)
「小柳常吉」で代数ではなく生年による曖昧さ回避を用いている。最高位関脇。
境川浪右衛門 (改名なし)
境川浪右衛門 (横綱)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。歴代横綱だが、歴代横綱としての「境川浪右衛門」はこの1人のみ。
(未作成) (作成するなら)
境川浪右衛門 (大関)
境川浪右衛門 (1819年生)
境川浪右衛門 (鬼面山)
境川浪右衛門 (六ッヶ峰)
最高位大関(第118代大関)。区別のため「大関境川」と呼ぶ出典あり。
不知火光右エ門 (初代) 不知火光右エ門 (宝暦)
不知火光右衛門 (宝暦)
「右エ門」と「右衛門」はどちらかに統一する必要あり?
不知火光右衛門 (改名なし)
不知火光右衛門 (横綱)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。歴代横綱だが、歴代横綱としての「不知火光右衛門(不知火光右エ門)」はこの1人のみ。
(未作成) (作成するなら)
不知火光右衛門 (大関)
第79代大関。「不知火光右衛門(不知火光右エ門)」として唯一の横綱免許なしの大関。
外ヶ濱浪五郎 (2代) 外ヶ濱浪五郎 (1819年生)
春日山鹿右エ門 (1819年生)
改名提案中
代数誤り指摘済み。改名提案の議論において、2024/12/21現在外ヶ濱浪五郎 (1819年生)春日山鹿右エ門 (1819年生)のどちらに改名するかまだ結論が出ていない。
外ヶ濱信行 外ヶ濱浪五郎 (3代)
外ヶ濱浪五郎 (1968年生)
改名提案中
下の名前の誤り(正しくは「外ヶ濱浪五郎」)から、「外ヶ濱浪五郎 (3代)」への改名として改名提案を提出し、柏戸利助が「外ヶ濱浪五郎」を名乗った事実の見落とし、代数の誤りおよび代数が不明確なことの指摘から改名提案の内容を「外ヶ濱浪五郎 (1968年生)」への改名に変更。(力士の代数による曖昧さ回避に関する議論の発端)
谷風梶之助 (初代) (改名不要)
谷風梶之助 (大関)
谷風梶之助としての代数出典あり。雪見山堅太夫以前の大関なので歴代大関には含まれない。区別のために「讃州谷風」としている出典あり。
谷風梶之助 (2代) (改名不要)
谷風梶之助 (横綱)
谷風梶之助としての代数出典あり。歴代横綱だが、歴代横綱としての「谷風梶之助」はこの1人のみ。
玉垣額之助 (初代) 玉垣額之助 (1734年生)
玉垣額之助 (戸田川)
代数誤り指摘済み。最高位小結。
(未作成) (作成するなら)
玉垣額之助 (第91代大関)
玉垣額之助 (1768年生)
玉垣額之助 (千田川)
玉垣 (曖昧さ回避)には玉垣額之助 (3代)の赤リンクがあるが、代数誤り指摘済み。最高位大関(第91代大関)。
玉垣額之助 (4代) 玉垣額之助 (第98代大関)
玉垣額之助 (1784年生)
玉垣額之助 (越ノ海)
代数誤り指摘済み。最高位大関(第98代大関)。
劔山谷右エ門 (初代) 劔山谷右エ門 (鰐石)
劔山谷右エ門 (1803年生)
劔山谷右エ門 (第113代大関)
最高位大関(第113代大関)。
劔山谷右エ門 (2代) 劔山谷右エ門 (響矢)
劔山谷右エ門 (1852年生)
劔山谷右エ門 (第131代大関)
代数出典あり。最高位大関(第131代大関)。
二所ノ関軍右エ門 (改名なし)
錦木塚右エ門 (大関)
錦木塚右エ門(曖昧さ回避ページ)の記述中の「錦木塚右エ門 (初代)」に相当。最高位大関(第88代大関)で、「錦木塚右エ門」として唯一の大関。「二所ノ関軍右エ門」は大関陥落後に名乗った四股名。
錦木塚右エ門 (2代) 錦木塚右エ門 (玉川)
錦木塚右エ門 (1822年生)
最高位小結。
錦木塚五郎 (初代) 錦木塚五郎 (文化) 最高位小結、生年不明。
錦木塚五郎 (2代) 錦木塚五郎 (天保) 最高位小結、生年不明。
西ノ海嘉治郎 (初代) (改名不要) 歴代横綱。
西ノ海嘉治郎 (2代) (改名不要) 歴代横綱。
西ノ海嘉治郎 (3代) (改名不要) 歴代横綱。
緋縅力弥 (初代) 緋縅力弥 (第97代大関)
緋縅力弥 (1772年生)
緋縅力弥 (増見山)
最高位大関。
緋縅力弥 (2代) 緋縅力弥 (第106代大関)
緋縅力弥 (1799年生)
緋縅力弥 (錦)
最高位大関。
緋縅力弥 (3代) 緋縅力弥 (1856年生)
緋縅力弥 (荒玉)
最高位前頭筆頭。
緋縅力弥 (4代) 緋縅力弥 (1922年生)
緋縅力弥 (若大蛇)
最高位前頭10枚目。
平石七太夫 平石七太夫 (1825年生)
平石七太夫 (出釋迦山)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。1825年生で最高位関脇。
(未作成) (作成するなら)
平石七太夫 (第84代大関)
平石七太夫 (1768年生)
平石七太夫 (楯ヶ崎)
1768年生の第84代大関。最終四股名は「平石七右エ門」。
(未作成) (作成するなら)
平石七太夫 (第110代大関)
平石七太夫 (1801年生)
平石七太夫 (和田ノ浦)
1801年生の第110代大関。
平ノ戸三之助 (初代) 平ノ戸三之助(リダイレクトあり)
平ノ戸三之助 (1857年生)
平ノ戸三之助 (御用木)
カッコなしの平ノ戸三之助に改名する場合、Template:Otherusesによる曖昧さ回避が検討されている。
待乳山楯之亟 (3代) 待乳山楯之亟 (4代)
待乳山楯之亟 (1862年生)
待乳山楯之亟 (鳴海潟)
代数誤り指摘済み、4代としての出典あり。
眞鶴政吉 真鶴政吉(リダイレクトあり)
真鶴政吉 (大関)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。新字体表記の真鶴政吉のリダイレクトあり。大坂相撲の力士。初名は四ツ車。
真鶴政吉 (5代) 真鶴政吉 (荒鹿)
真鶴政吉 (安政)
最高位前頭3枚目、生年不明。
(未作成) (作成するなら)
四ツ車大八 (宝暦)
1759年3月場所小結在位、生年不明。
四ツ車大八 (改名なし)
四ツ車大八 (1772年生)
四ツ車大八 (文化)
(歴史上有名な)同名の力士が複数いる内の1人だが、曖昧さ回避のためのカッコなし。本文中に「2代」とあり、代数出典あり。
四ツ車大八 (8代) 四ツ車大八 (1980年生)
四ツ車大八 (平成)(リダイレクトあり)
「四ツ車大八」としての実際の代数は不明確。
両國梶之助 (初代) 両國梶之助 (大関)
両國梶之助 (1664年生)
両國梶之助 (山の井)
「両國梶之助」として唯一の大関であるが、雪見山堅太夫以前の大関なので歴代大関には含まれない。その他の「両國梶之助」は前名による曖昧さ回避となっている(両國梶之助 (梅ヶ枝)両國梶之助 (國岩)両國梶之助 (瓊ノ浦))他、別の名前を記事名にしているページ(両國勇治郎)もある。新字体表記の両国梶之助は番付表記・正式表記から1962年生で最高位小結の力士。
若乃花幹士 (初代) (改名不要) 歴代横綱。
若乃花幹士 (2代) (改名不要) 歴代横綱。
  • 情報 情報ありがとうございます。以下で文献における代数の扱いについて調査した結果を報告します。
まず、その前提として○代誰々、と呼ばれる場合、どのような数え方があるのかを確認しておきます。
A. ほぼ同一の四股名の力士を代数に数える場合 - 例:朝汐・朝潮の場合。
B. 姓にあたる部分が同一の力士を代数に数える場合 - 古い文献ではよく見られる。年寄名跡の場合、姓にあたる部分のみを襲名して名の部分が異なる四股名を名乗っても年寄の代数で呼ばれる場合がある。
C. 姓・名にあたる部分が同一の力士を代数に数える場合 - Wikipediaでは最も基本的な方法。
D. 姓・名にあたる部分が同一で、かつ最高位が同一の力士を代数に数える場合 - 横綱で用いられる場合がある。例:歴代横綱 - 日本相撲協会 ※ただしC.の方法によれば2代目と称するべき人物(谷風梶之助、鳳谷五郎)には代数が付されていないため、C.の方法である可能性もある。
以下の3冊について調査を行いました。
① 編集委員代表・池田雅雄『相撲百年の歴史』講談社、1970
小島貞二『大相撲名力士100選』秋田書店、1972
安藤英男『大相撲人物志』日貿出版社、1977
  • 朝汐太郎/朝潮太郎 - ①②は男女ノ川登三(朝潮供次郎)を3代朝潮として扱い(A.)、③は朝潮太郎 (3代)を「朝潮」として3代目、「朝汐」としても3代目とする(B.)。
  • 綾川五郎次 - ①は2人に言及しているが特段呼び分けていない。
  • 梅ヶ谷藤太郎 - ①②③いずれも初代・2代で呼び分け。
  • 柏戸宗五郎 - ②は柏戸剛を11代目としている(B.)。
  • 小柳常吉 - ①②③に阿武松緑之助が「小柳常吉」を名乗ったことがあると記述がある。②には小柳常吉の項もあるが特段呼び分けていない。
  • 境川浪右衛門 - ②には境川浪右衛門の師で1814年生の大関・境川浪右衛門の項があり、「境川の名では彼が四代目、横綱境川が五代目となる。だから相撲史の中では"大関境川""横綱境川"と区別している」との記述あり。
  • 不知火光右エ門 - ①には不知火を名乗った力士は江戸時代に4人、明治時代に1人おり、不知火諾右衛門を「初代不知火」不知火光右衛門を「二代不知火」と呼んでいるとある(B.とD.を合わせた形)。③は不知火光右エ門 (初代)を「不知火光右衛門」と書いている。
  • 谷風梶之助 - ②は谷風梶之助 (2代)を「谷風の四代目、梶之助では二代目」(B.とC.)としており、谷風梶之助 (初代)を区別のため「讃州谷風」と呼ぶとある。
  • 玉垣額之助 - ②は1769年生の大関を「千田川の玉垣」、彼は4代目玉垣(C.)で彼の先代が大関「鷲ヶ浜の玉垣」で次代が「越ノ海の玉垣」であるとしている。③は1769年生の大関玉垣を「六代 玉垣額之助」とし玉垣額之助 (4代)を「七代 玉垣額之助」としている(B.?)。
  • 剣山谷右衛門 - ②③は劔山谷右エ門 (2代)を「二代(目)剣山谷右衛門」としている(B.またはC.)。
  • 西ノ海嘉治郎 - ①②③いずれも初代・2代・3代で呼び分け。
  • 緋縅力弥 - ②に緋縅力弥 (2代)の項があり、緋縅力弥 (初代)についても言及されているが特段呼び分けはされていない。
  • 四ツ車大八 - ②にめ組の喧嘩で著名な「二代四ツ車大八」は文化3年新入幕という旨の記述がある。
提案 以上を考慮しながら、曖昧さ回避の方法について検討します。
① 姓・名にあたる部分が同一の横綱が複数いる場合、日本相撲協会がつけている代数を曖昧さ回避とする。(初代・2代梅ヶ谷藤太郎、初代・2代・3代西ノ海嘉治郎、初代・2代若乃花幹士) - これは現在の記事名と同じやり方で、異論はまずないと思います。
② 姓・名にあたる部分が同一の力士が複数いるが、そのうち横綱が1人しかいない場合、代表的なトピックとして括弧をつけない記事名もあり得るが、括弧をつける場合には(横綱)をつける。(綾川五郎次、谷風梶之助、不知火光右衛門、境川浪右衛門、小錦八十吉、鳳谷五郎) - 改名対象となりそうなのは「綾川五郎次 (初代)」→「綾川五郎次 (横綱)」、「谷風梶之助 (2代)」→「谷風梶之助 (横綱)」、「小錦八十吉 (初代)」→「小錦八十吉 (横綱)」、「朝潮太郎 (3代)」→「朝潮太郎 (横綱)」です。ほとんどの人物は同名の力士の中で横綱が圧倒的な知名度を有するのでこの方法が良いと思われますが、朝潮太郎は昨年まで存命だった元大関、小錦八十吉は現に存命の元大関がいるので統一しないで別の方法が適切かもしれません。--こやまひろ会話2024年12月22日 (日) 17:39 (UTC)[返信]
ひとまず歴史上下の名前まで同名の有名力士が複数おり、その全員が歴代横綱であるケース(初代・2代梅ヶ谷藤太郎、初代・2代・3代西ノ海嘉治郎、初代・2代若乃花幹士)につきましては、こやまひろさんに同意します。現状通り一覧表に(改名不要)としました。
次に、(横綱)による曖昧さ回避ですが、とりあえず一覧表に改名候補を追加しておきました。境川浪右衛門不知火光右衛門は「代表的なトピックとして括弧をつけない記事名もあり得る」ということでとりあえず(改名不要)としました。
小錦八十吉 (初代)」→「小錦八十吉 (横綱)」については、「小錦八十吉 (6代)」(ハワイ出身の元大関。「小錦八十吉 (1963年生)」への改名がNoname334さんから、「小錦八十吉 (KONISHIKI)」への改名がねこぱんださんから提案されている)が存命中とはいえ、その代数が不明瞭なので改名すべきことも考えると、一応ねこぱんださんの提案とも重なっており、有力そうです。今のところ小錦八十吉の3人に関しては、ねこぱんださん提案の「小錦八十吉 (初代)」→「小錦八十吉 (横綱)」、「小錦八十吉 (2代)」→「小錦八十吉 (山泉)」、「小錦八十吉 (6代)」→「小錦八十吉 (KONISHIKI)」とするのが有力かと。
そこで、「朝汐太郎/朝潮太郎」の4人についてですが、この下の名前を含む四股名自体は冒頭で代数が独自研究でなく、強固な出典でも代数で呼ぶ例があり、代数が揺るぎないケースとして挙げられていますが、歴史上のその4人全員を現状のWikipediaと同じ代数の扱いとしている書籍等の強固な出典はあるのでしょうか。もしあれば歴代横綱である朝潮太郎 (3代)も含めて現状通り代数のままの方が自然かと思います。仮にその4人のうち朝潮太郎 (3代)だけを朝潮太郎 (横綱)に改名するようなことがあると、残りは初代・2代・4代となりちと不自然なことになってしまいますし、もし仮にその4人のうち誰かについてその代数を支持する強固な出典が見つからないとなると、代数によらない曖昧さ回避によるページ名に改名しようという話になろうかと思います。一覧表で「朝汐太郎/朝潮太郎」の4人全員に(改名不要)・代数出典ありと書いたのはちょっと早とちりと思いましたので、一旦は朝潮太郎 (3代)の「代数出典あり」以外は取り消し線を引きます。--Sdfvista7会話2024年12月23日 (月) 17:04 (UTC)[返信]
  1. 信頼できる情報源で代数が確認できれば最高位よりも代数が優先される。
  2. 同名の横綱が一人のみの場合は(横綱)を曖昧さ回避とする。同名の横綱が複数名いる場合は(○代目横綱(○は横綱としての代数))をあいまいさ回避とする。
  3. 大関以下は改名や芸能活動などで別名義を確認できれば別名義を曖昧さ回避とする。確認できない場合、最高位が大関であれば(大関)を曖昧さ回避とする。最高位が大関の力士が複数いる場合は(○代目大関(○は大関としての代数))を曖昧さ回避とする。
  4. それ以外は生年が判明すれば生年、生年不明の場合は最高位を記録した時の元号を曖昧さ回避とする。 
というルールを提案します。--Takagu会話2024年12月24日 (火) 04:04 (UTC)[返信]
  • 2.の後半部分は要らないように思います。同名の横綱は梅ヶ谷藤太郎、西ノ海嘉治郎、若乃花幹士の7名がいますが、全員日本相撲協会が代数を付けて紹介しているため、1.で処理できるようです。
  • 3.については該当する力士がどの程度いるかをまず把握した方が良さそうです。大関一覧を一瞥した限りでは、曖昧さ回避が必要な大関は、
同名の大関が複数いる場合((大関)による曖昧さ回避は不可)
同名の横綱がいる場合((大関)による曖昧さ回避もできるが、横綱も大関を経験している)
同名の関脇以下の力士がいる場合((大関)による曖昧さ回避で足りる)
これ以外にも歴代に数えられていない大関である谷風梶之助 (初代)両國梶之助 (初代)も気になるところですね。--こやまひろ会話) 2024年12月24日 (火) 11:53 (UTC)(前名を追記)--こやまひろ会話2024年12月24日 (火) 12:37 (UTC)[返信]
とりあえず表を更新しておきました。「朝汐太郎/朝潮太郎」の4人に関しては、代数のままとするのが有力そうです。「朝潮太郎 (4代)」については、強固な出典には当たらないかもしれませんが、スポニチのニュース記事元大関朝潮の長岡末弘さん死去 67歳、小腸がんで闘病…「大ちゃん」の愛称で人気 朝青龍ら育てる(ログイン・会員登録・料金支払い等不要で全文閲覧可能)・スポーツ報知のニュース記事【伝説の8番】朝潮、流血なんの連敗止めて初賜杯へ再加速「いつものことや大丈夫」…1985年春場所(上)(ただし、全文を読むには会員登録必要)や、スポーツ伝説 5月4日~8日の放送内容といったページで、4代目として扱われているのを発見しました。
「四ツ車大八」については、「四ツ車大八 (8代)」の実際の代数が不明瞭なので当然改名すべき(有力候補は生年の四ツ車大八 (1980年生)?(四ツ車大八 (平成)はリダイレクトあり))なのと、1759年3月場所小結在位の四ツ車大八は生年不明なので、作成するならTakaguさんの案によれば「四ツ車大八 (宝暦)」となるところまではいいのですが、め組の喧嘩で著名な「四ツ車大八」(曖昧さ回避のカッコなし)を代表的なトピックとしてそのままとするか、「四ツ車大八 (2代)」(代数出典あり)、「四ツ車大八 (1772年生)」、「四ツ車大八 (文化)」などに改名するかという点も議論すべきですね。
あと、現状で代数による曖昧さ回避がなされていて検討すべき名前として、「錦木塚右エ門」、「錦木塚五郎」、「越ノ海勇藏」、「平ノ戸三之助」、「待乳山楯之亟」、「真鶴政吉/眞鶴政吉」も残っていますね。--Sdfvista7会話2024年12月24日 (火) 17:51 (UTC)[返信]
プロレスラーやタレントに転身した元力士は芸名やリングネームをそのまま記事名にしてしまう(例えば小錦八十吉 (6代)KONISHIKI)という手も考えられます。--Takagu会話2024年12月25日 (水) 05:06 (UTC)[返信]
小錦八十吉 (6代)KONISHIKIに改名するのは大いにありうると思います。現に大相撲出身のプロレスラー一覧を見ると大相撲の四股名ではなくリングネームを記事名としている人はかなりの人数がいます。プロジェクト:スポーツ人物伝#記事名では「登録名、本名、通称のうち一般によく知られている名前にしてください。」とあるように、KONISHIKIの名前がよく知られていると判断できれば問題ないと思われます。
またまた表を更新し、今度は赤リンク等も適宜加えるとともに、残りの代数のページ等の改名候補も例えば次のように挙げてみました。

このように、既存の代数による曖昧さ回避がなされている力士のページの多くは、改名すべきあるいはその可能性のあるページとなりましたが、最終的には既存の各ページについて、改名候補が複数あればそれを1つに絞らないといけませんし、ページによっては改名要否も決めなければなりません。--Sdfvista7会話2024年12月26日 (木) 14:38 (UTC)[返信]

谷風梶之助 (初代)を代数のままとすべきとなると、谷風梶之助 (2代)も代数出典があることと統一性も考えれば谷風梶之助 (横綱)とはせずに代数のままとすべきだと思います。というわけで、今のところ同名の有名な力士が複数いるケースのうち、その全員について代数のまま改名しないことが確定的なのは、全員が歴代横綱であるケースの梅ヶ谷藤太郎(初代・2代)・西ノ海嘉治郎(初代 - 3代)・若乃花幹士(初代・2代)と、全員が歴代横綱であるケース以外では、今指摘された谷風梶之助(初代・2代)と朝汐太郎/朝潮太郎(初代 - 4代)だと思います。ただ朝潮太郎 (4代)についてはもっと強固な出典が見つかるかどうかですが。というわけで、上の表からは谷風梶之助 (初代)谷風梶之助 (大関)谷風梶之助 (2代)谷風梶之助 (横綱)朝潮太郎 (3代)朝潮太郎 (横綱)の改名候補について取り消し線を引きました。
上の表にはありませんでしたが、両國梶之助 (初代)もとりあえず改名候補を両國梶之助 (大関) or 両國梶之助 (1664年生) or 両國梶之助 (山の井)として表に追加しました。
あと、今挙がっている改名候補のうち一部(今のところ小錦八十吉 (6代)KONISHIKI平ノ戸三之助 (初代)平ノ戸三之助四ツ車大八 (8代)四ツ車大八 (平成)の3件)については、リダイレクトがある状態となっていますね。--Sdfvista7会話2024年12月27日 (金) 16:07 (UTC)[返信]

大相撲力士記事をいくつか改名したことがあるのですが、Wikipedia:記事名の付け方#正式名称には「記事名の括弧内に別名(中略)を併記してはなりません。」とあり、それに反する記事名のものがありました。今、ここで挙がっている名乗ったことのある四股名の他に親方名も曖昧さ回避には使えないことをお知らせしておきます。--図書助会話2024年12月28日 (土) 13:19 (UTC)[返信]

別の四股名が使えないということでしたので、上の表からはカッコ付きの前名等による改名候補に取り消し線を引くと共に、いくつかのページについては次のように新しい改名候補を入れ、同時に前名による曖昧さ回避がなされている「両國梶之助」の3人のページも改名対象としました。

--Sdfvista7会話2024年12月28日 (土) 14:08 (UTC)[返信]

  • 図書助さんの発言は、曖昧回避の記事名に適用されるルールではありませんので、直上のSdfvista7さんの修正は差し戻していただけないでしょうか。また、大関の「代数」なるものは、一切公式言及のないものですので採用には反対します。 --ねこぱんだ会話2024年12月29日 (日) 02:14 (UTC)[返信]
    • Wikipedia:記事名の付け方には別名併記できない例として
>×「World Wide Web (WWW)」 → ○「World Wide Web」
>×「レインボーブリッジ (東京港連絡橋)」 → ○「レインボーブリッジ」
とあり、間に半角スペースを入れてから半角括弧内に別名を入れられているため、曖昧さ回避として別名が併記されているものは不可だとなっているようです。この節では候補として小錦八十吉 (6代)を小錦八十吉 (KONISHIKI)に改名する案が出ていますが、記事名にこういった芸名などと本名を併記することが認められるということでしょうか。--図書助会話) 2024年12月29日 (日) 06:59 (UTC)--図書助会話2024年12月29日 (日) 07:07 (UTC)[返信]
ねこぱんださんがおっしゃるようにその規定は曖昧さ回避に適用されるものではないとみられます。なぜなら「括弧内に別名を併記しない」というガイドラインは「Wikipedia:記事名の付け方」の初版からあるように曖昧さ回避よりも古い規定であるからです。これは重複記事の発生やリンクのしにくさを避けるために、無用な括弧が記事名に付けられるのを防ぐ規定でしょう。この規定は記事名に括弧をつけないという原則に関するものであり、その例外として括弧を付ける場合である、曖昧さ回避の場合に括弧内をどうするかという問題には関わらないと思われます。--こやまひろ会話2024年12月31日 (火) 00:17 (UTC)[返信]
Wikipedia:記事名の付け方には不要な括弧によって重複記事を避けたりリンクがしにくくなってしまうからとはなく「記事名の括弧内に別名、原語、読み仮名(通称のほうを記事名としている場合には正式名称)を併記してはなりません。」なので今となっては曖昧さ回避にも適用されるようなことなっているのではないでしょうか。先にも書きましたが小錦八十吉 (KONISHIKI)のような本名と芸名を併記する記事名が可能なのかということも、お聞かせ願えればと思います。--図書助会話2024年12月31日 (火) 07:49 (UTC)[返信]
ウィキプロジェクトでは正式名称とは異なる記事名をつけることが合意されることもあるように、Wikipedia:記事名の付け方に記述されたガイドラインの例外となるような、分野内だけに適用される合意を形成することが認められております。したがって、プロジェクト:相撲において「曖昧さ回避の括弧内には別の芸名・四股名を用いる」という合意を形成すれば括弧内に芸名を入れることは問題がないと考えます。 --こやまひろ会話2025年1月1日 (水) 01:13 (UTC)[返信]
とりあえず表は編集前のソースをコピーし、手動で差し戻しました。--Sdfvista7会話2024年12月29日 (日) 08:39 (UTC)[返信]
ついでに「第〇代大関」による曖昧さ回避に取り消し線を引き、生年・前名による曖昧さ回避候補や備考欄の記述も若干追加しました。そうなると、下の名前を含む四股名としての代数以外での曖昧さ回避の候補は、「(横綱)」、「(大関)」(第○代大関は一切公式言及のないものなので不可)・「(前名)」・「(○年生)」・「(最高位を記録したときの元号)」となり、その優先順位を議論する必要がありますね。--Sdfvista7会話2024年12月29日 (日) 09:05 (UTC)[返信]
今また代数による曖昧さ回避を見つけましたが、議論対象の四股名(上表)に「大鳴門灘右エ門」を追加しました。--Sdfvista7会話2024年12月31日 (火) 08:20 (UTC)[返信]
「大鳴門灘右エ門」では実際にそうなっていますが、前名を用いる場合は重複の可能性があることが難点ですね。前名を持たない可能性もあることですし。生年を用いる場合は不明なことがあるのが難点です。最高位を記録したときの元号にも重複する場合があり、「両國梶之助」がそうです。2つ以上の方式の併用は避けられませんが、重複を回避し近代以降の力士を優先する観点からは、生年を第一順位とするのが良いと思われます(現に生年を用いる記事が多く改名が減らせるのもメリット)。--こやまひろ会話2025年1月1日 (水) 01:33 (UTC)[返信]

この位置に書きますが、プロジェクトで示される記事の書き方に方針やガイドラインとそぐわない文言を入れるのは一般的には避けるものです。正式名称と異なるものを使うというのは略称や通称を採用する場合は珍しくありませんが、別名併記不可を適用しない特殊ルールを設けるのはレアケースではないでしょうか。小錦八十吉 (6代)の場合は現役引退後にKONISHIKIを使っていましたが2010年から主に四股名及び本名と同一の小錦八十吉として活動しています。公式サイトでも小錦八十吉です。力士として15年、引退後に14年使っている小錦八十吉と、長くみても12年ほどのKONISHIKIでは期間が倍違います。それからするに、芸名と併記しない記事名が合っていると考えます。--図書助会話2025年1月3日 (金) 14:00 (UTC)[返信]

曖昧さ回避の優先順位は、これを原則とするのはどうでしょうか。
  • 同名の(有名な)力士が複数いるケースのうち、その全員について代数の出典のあるものは、代数を採用する。全員が歴代横綱であるケースの梅ヶ谷藤太郎(初代・2代)・西ノ海嘉治郎(初代 - 3代)・若乃花幹士(初代・2代)と、全員が歴代横綱であるケース以外では、谷風梶之助(初代・2代)と朝汐太郎/朝潮太郎(初代 - 4代)が該当。
  • 同名の横綱が1人のみの場合は(横綱)とする。同名の最高位大関の力士が1人のみの場合は(大関)とする。
  • その他の場合は、生年→前名(プロジェクト内での合意形成により可となれば)→最高位を記録したときの元号の優先順位で曖昧さ回避とする。
  • 以上のどの方法も通用しない場合は、そのような事態には実際には遭遇していませんし、今後も滅多に遭遇しないだろうとは思いますが、関脇以下の最高位を用いたり、もしくは最終手段的なものとしては(****年**月場所〇〇(最高位)在位)といった記述を曖昧さ回避として採用するようなことなども考えられますが、そうなったらその都度議論すればよいかと。
というわけで、検討が必要な事項は、次に示す辺りかと。

記事名の議論なので日常の会話とは別なのはわかるのですが、たとえば会話レベルだと、「若三杉の若乃花」とか「長岡の朝潮」とか「ジェシー高見山」とかいって区別するわけです。そうしたことからいうと、図書助さんの意見にはどうしても納得できないところがあります。小錦さんにしても、現在の本名は日本に帰化したときに力士名を本名としたところからくるのですから、ローマ字表記の芸名を記事名にされるのは違和感あります。 --ねこぱんだ会話2025年1月4日 (土) 00:41 (UTC)[返信]