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1999年オーストラリア国民投票

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1999年オーストラリアの共和制導入に関する憲法改正国民投票[1]
設問:「連邦議会の議員の3分の2の多数によって指名される大統領と女王及び総督を入れ替えることで、共和国としてオーストラリア連邦を設立するよう憲法を改正する法案について、その改正を承認するか。」 あなたはこの設問に賛成ですか?
A proposed law: To alter the Constitution to establish the Commonwealth of Australia as a republic with the Queen and Governor-General being replaced by a President appointed by a two-thirds majority of the members of the Commonwealth Parliament. Do you approve this proposed alteration?
開催地オーストラリアの旗 オーストラリア
開催日1999年11月6日 (1999-11-06)
結果
得票数 得票率
賛成 5,273,024 45.13%
反対 6,410,787 54.87%
有効投票数 11,683,811 99.14%
無効票・白票数 101,189 0.86%
投票総数/投票率[2] 11,785,000 95.1%
登録有権者 12,392,040 100.0%
オーストラリアの州と特別地域別の結果
  賛成     反対
ウェブサイト1999 referendum report and statistics
1999年オーストラリア憲法全文改正に関する国民投票
設問:「前文の文言を変更する法案について、その改正を承認するか。」 あなたはこの設問に賛成ですか。[3]
開催地オーストラリアの旗 オーストラリア
開催日1999年11月6日 (1999-11-06)
結果
得票数 得票率
賛成 4,591,563 39.34%
反対 7,080,998 60.66%
有効投票数 11,672,561 99.05%
無効票・白票数 112,474 0.95%
投票総数/投票率 11,785,035 95.1%
登録有権者 12,392,040 100.0%
ウェブサイト1999 referendum report and statistics

1999年オーストラリア国民投票英語: Australian republic referendum, 1999)は、「君主制を廃止すべきか存続させるべきか」を巡って、1999年11月6日オーストラリアで実施された同国憲法の改正の是非を問う国民投票である。結果的には僅差ではあったものの、君主制存続が決まった。

概要

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オーストラリアは同君連合である英連邦王国の一国であるが、オーストラリアのイギリスからの独立は、段階を踏まえて行われており、1901年のオーストラリア連邦成立以後も、ウェストミンスター憲章1986年オーストラリア法により主権が確立されてきた。

19世紀より共和制を求める意見があり、また、多民族国家となったのだから、いつまでもイギリス女王国家元首にしておく必要など無いという声が強まったことにもよる。実際に非アングロ・ケルト系の住民の間では共和主義者が多い。

1997年ジョン・ハワード首相が国民憲法会議を開くと表明し、共和制モデルに関する議論が行われた。しかし提案されたどの共和制モデルも会議の過半数を得られず、1999年11月6日に他案も取り入れた共和制モデルに対する国民投票が行われた。

決議された共和制モデルの概要は次のとおり。

投票の結果は54.87%が「No」に投じ、実現することはなかった。

脚注

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  1. ^ 1999 Referendum Report and Statistics – Key results”. Australian Electoral Commission (8 June 2007). 2016年1月1日閲覧。
  2. ^ Table 4.21 (data) on Australian Electoral Commission (2000). Australian Referendums 1906–1999 (cdrom). ISBN 0-642-76007-1 
  3. ^ 『共和制移行論議―オーストラリアのモデル―』、齋藤憲司

関連項目

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