高部屋村
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たかべやむら 高部屋村 | |
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高部屋神社(2009年) | |
廃止日 | 1954年12月1日 |
廃止理由 |
新設合併 伊勢原町、成瀬村、大田村、高部屋村、大山町、比々多村 → 伊勢原町 |
現在の自治体 | 伊勢原市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
都道府県 | 神奈川県 |
郡 | 中郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
隣接自治体 |
中郡伊勢原町、大山町、成瀬村、比々多村 愛甲郡玉川村 |
高部屋村役場 | |
所在地 | 神奈川県中郡高部屋村大字上粕屋 |
座標 | 北緯35度25分20秒 東経139度17分48秒 / 北緯35.42228度 東経139.29653度座標: 北緯35度25分20秒 東経139度17分48秒 / 北緯35.42228度 東経139.29653度 |
ウィキプロジェクト |
高部屋村(たかべやむら)は、神奈川県大住郡・中郡に存在した村。現在の伊勢原市中心部の北側に位置した。
地理
[編集]- 河川:渋田川
歴史
[編集]村名の由来
[編集]下糟屋に所在する八幡宮が延喜式に見える高部屋神社と比定され、その名で呼ばれていることから。
沿革
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、上糟屋村、日向村、西富岡村および下糟屋村、七沢村飛地が合併して大住郡高部屋村が発足。旧上糟屋村は大字上粕屋となる。
- 1896年(明治29年)3月26日 - 郡制の施行のため大住郡が淘綾郡と統合され、所属郡が中郡に変更。
- 1954年(昭和29年)12月1日 - 伊勢原町、成瀬村、大田村、大山町、比々多村と合併し、改めて伊勢原町が発足。同日高部屋村廃止。
経済
[編集]産業
[編集]- 農業
『大日本篤農家名鑑』によれば、高部屋村の篤農家は「原政吉、鵜川磯吉、船橋周蔵、堀江常吉、山口佐一」などがいた[1]。
『神奈川文庫 第五集 百家明鑑』によれば、高部屋村で農業を営んでいた人物は「山口佐七郎、上粕屋の原政吉・山田萬次郎、西富岡の堀江喜三郎・大庭久左衛門・田中安太郎・小澤勘左衛門・小澤兵太郎」[2]、農蚕業を営んでいた人物は「西富岡の堀江龍蔵・小澤常次郎・足立新太郎、上粕屋の細野鶴吉、日向の小澤勘蔵・森屋佐吉」などがいた[2]。
- 商工業
- 海老屋 麻生善兵衛(旅館兼料理業)[2]
- 紙屋 鵜川磯吉(旅人宿、料理業)[2]
- 小澤勘蔵(日向、農蚕業、米穀水車業、生糸類製造)[2]
- 梶寅之助(日向、醤油製造卸小売、質屋、生糸繭)[2]
- 鍛代巳之助(日向、日本酒類製造、生糸類製造)[2]
- 足立新太郎(西富岡、米穀、肥料、荒物、日本酒類、荷物運送、蚕糸繭、農蚕業)[2]
- 中村定吉(西富岡、日本酒類製造)[2]
名所・旧跡
[編集]村長
[編集]脚注
[編集]- ^ 『大日本篤農家名鑑』275頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年10月31日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 『神奈川文庫 第五集 百家明鑑』中郡之部371-372頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年11月1日閲覧。
参考文献
[編集]- 小幡宗海編『神奈川文庫 第五集 百家明鑑』神奈川文庫事務所、1900年。
- 大日本篤農家名鑑編纂所編『大日本篤農家名鑑』大日本篤農家名鑑編纂所、1910年。
- 『角川日本地名大辞典 14 神奈川県』。