高木正明 (丹南藩主)
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時代 | 江戸時代後期 |
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生誕 | 享和3年閏1月11日(1803年3月4日) |
死没 | 明治2年9月13日(1869年10月17日) |
戒名 | 智覚院 |
墓所 | 東京都杉並区永福の栖岸院 |
官位 | 従五位下・主水正 |
幕府 | 江戸幕府 |
主君 | 徳川家斉、家慶 |
藩 | 河内丹南藩主 |
氏族 | 高木氏 |
父母 | 高木正剛、高木正直娘・八百子 |
兄弟 | 正明、加納久儔正室 |
妻 |
西尾忠善娘・美代子 池田仲雅次女・英子 |
子 |
正幹 正功、正担 |
高木 正明(たかぎ まさあき)は、江戸時代後期の大名。河内国丹南藩11代藩主。官位は従五位下・主水正。
略歴
[編集]10代藩主・高木正剛の長男として誕生した。
文政2年(1819年)11月15日、11代将軍・徳川家斉に拝謁する。同年12月16日、従五位下・主水正に叙任する。文政9年(1826年)10月9日、正剛の隠居により家督を継いだ。嘉永元年(1848年)8月23日、隠居し、養嗣子の正坦に家督を譲った。
明治2年(1869年)9月13日に67歳で死去した。法号は智覚院。墓所は東京都杉並区永福の栖岸院。