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飛鳥 (特設水雷砲艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「永建」改め「飛鳥 (日本海軍)」
艦歴
建造所 上海江南造船所
起工 1911年
進水 1917年
竣工 1918年
就役
その後 1945年5月7日沈没
除籍
要目(()内は永建時代のもの)
排水量 常備:860トン
全長 -m (68.3m)
全幅 -m(9.85m)
吃水 -m(4.1m)
機関 (石炭専焼缶-基+レシプロ機関2基2軸推進
出力 (1,350hp
速力 13.0ノット
航続距離 -ノット/-海里
燃料 -トン(石炭)
乗員 -名(140名)
兵装 アームストロング 10.2cm単装砲1基
アームストロング 7.62cm単装砲3基
アームストロング 4.7cm単装砲4基
3.7cm(40口径)単装砲1基)

飛鳥(あすか)は、日本海軍雑役船。元は中国が建造した砲艦永翔級の準同型艦の永建級1番艦「永建」(ユンチュン)を取得して修理後に改名して就役させた艦である。

艦歴

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元は1915年(大正4年)建造の中国砲艦「永建」であったが1937年(昭和12年)8月に上海で爆撃を受けて沈没した。(第二次上海事変)その後、日本海軍が浮揚の上、雑役船中の交通船として日本海軍籍に編入、特設水雷母艦の任務に従事した。1940年(昭和15年)に二等駆逐艦3隻、特設砲艦12隻からなる第13戦隊が編成され、本艇はその旗艦兼母艦となった。1945年(昭和20年)に入り対空警備艦となったが、5月7日にB-29の爆撃を受けて沈没した。

関連項目

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参考文献

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  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第14巻 小艦艇II』光人社、1990年。 ISBN 4-7698-0464-4

外部リンク

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