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関口訓充

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
関口 訓充
名前
愛称 クニ、セキ
カタカナ セキグチ クニミツ
ラテン文字 SEKIGUCHI Kunimitsu
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1985-12-26) 1985年12月26日(38歳)
出身地 東京都多摩市
身長 171cm
体重 66kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 COEDO KAWAGOE F.C
ポジション MF (SH, OH) / FW (WG)
背番号 7
利き足 右足
ユース
2001-2003 日本の旗 帝京高校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2012 日本の旗 ベガルタ仙台 274 (22)
2013-2014 日本の旗 浦和レッズ 27 (1)
2015-2017 日本の旗 セレッソ大阪 75 (3)
2018-2021 日本の旗 ベガルタ仙台 96 (6)
2022- 日本の旗 南葛SC 18 (2)
通算 507 (37)
代表歴2
2010-2011 日本の旗 日本 3 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2023年1月14日現在。
2. 2011年6月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

関口 訓充(せきぐち くにみつ、1985年12月26日 - )は、東京都多摩市出身のプロサッカー選手関東サッカーリーグ南葛SC所属。ポジションはミッドフィールダーフォワード。元日本代表

来歴

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男四人兄弟の三番目として生まれる[1]。2004年に帝京高校から仙台に入団。2007年にスーパーサブとして44試合に出場した。2008年はチームの軸となり、リーグ戦は1試合の欠場のみの41試合に出場し6得点と、チームの入れ替え戦進出に貢献した。

2009年は得点こそ減ったものの、もともとの武器だったドリブルに加え、状況によって仲間へのパスを選択するなどプレーの幅が広がり10アシストを記録。この年リーグ戦、天皇杯含め55試合に出場し、仙台のJ2優勝、天皇杯ベスト4進出の原動力となった。

2010年、チーム生え抜きとして初のA代表に選出されると、同年10月8日に開催されたキリンチャレンジカップアルゼンチン代表戦において、後半26分に岡崎慎司に代わり途中出場し初キャップを刻んだ。

2012年12月18日、浦和レッドダイヤモンズへ完全移籍[2]。 2013年10月5日、第28節大宮アルディージャ戦において、移籍後リーグ戦初ゴールを記録。 2014年シーズン終了後、契約満了により退団[3]

2015年にセレッソ大阪へ移籍[4]。セレッソ大阪ではサイドハーフ主力選手として活躍。2017年12月19日、セレッソ大阪を退団することが発表された[5]

2018年4月、ベガルタ仙台に加入することが発表、6年ぶりの復帰となった[6]。2021年シーズン終了後、契約満了による退団が発表された[7]

2022年、関東サッカーリーグに所属する南葛SCへ加入[8]

2025年、関東サッカーリーグ2部に所属するCOEDO KAWAGOE F.C[9]へ移籍。

人物

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NMB48山本彩のファンである。グッズを買ったり、ライブに足を運んでいる。また、セレッソ大阪在籍時にはイベントでのNMB48の起用を提案していた。実際に2019年のセレッソの開幕戦でNMB48が迎え入れられた。しかし、不運にも関口は既に退団していた。山本からツイッター上で返信が来た際には感激していた。また、その後も交流が続いている[10][11]

サッカー選手としては背が高くないという自覚があり、アルゼンチンのハビエル・サビオラアリエル・オルテガのプレーを参考にしたという[12]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2004 仙台 20 J2 10 1 - 2 0 12 1
2005 24 2 - 2 0 26 2
2006 21 2 - 0 0 21 2
2007 44 2 - 1 0 45 2
2008 11 41 6 - 2 0 43 6
2009 50 4 - 5 1 55 5
2010 J1 26 2 6 1 1 0 33 3
2011 30 0 2 0 3 0 35 0
2012 28 3 3 0 2 0 33 3
2013 浦和 20 1 4 0 2 0 26 1
2014 7 0 6 1 1 0 14 1
2015 C大阪 32 J2 31 1 - 0 0 31 1
2016 7 26 2 - 3 0 29 2
2017 J1 18 0 8 0 4 0 30 0
2018 仙台 40 16 1 3 0 3 0 22 1
2019 7 22 4 6 0 0 0 28 4
2020 30 0 1 0 - 31 0
2021 28 1 0 0 0 0 28 1
2022 南葛 関東1部 18 2 - - 18 2
2023 17 3 - - 17 3
2024 -
通算 日本 J1 225 12 39 2 16 0 280 14
日本 J2 247 20 - 15 1 262 21
日本 関東1部 35 5 - - 35 5
総通算 507 37 39 2 31 1 577 40

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2013 浦和 11 6 1
通算 AFC 6 1

タイトル

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クラブ

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ベガルタ仙台
セレッソ大阪

代表

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日本代表歴

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試合数

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  • 国際Aマッチ 3試合 0得点 (2010年 - 2011年)


日本代表国際Aマッチ
出場得点
2010 1 0
2011 2 0
通算 3 0

出場

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No. 開催日 開催都市 スタジアム 対戦国 結果 監督 大会
1. 2010年10月8日 日本の旗 さいたま 埼玉スタジアム2002 アルゼンチンの旗 アルゼンチン ○1-0 アルベルト・ザッケローニ キリンチャレンジカップ2010
2. 2011年6月1日 日本の旗 新潟 東北電力ビッグスワンスタジアム ペルーの旗 ペルー △0-0 キリンカップサッカー2011
3. 2011年6月7日 日本の旗 横浜 日産スタジアム チェコの旗 チェコ △0-0

脚注

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  1. ^ 河上清、澤田優子『サッカースターの少年時代 プロになった16人の成長物語』株式会社学研マーケティング、2013年、50ページ、ISBN 978-4-05-800104-2
  2. ^ 関口訓充選手 浦和レッズへ完全移籍のお知らせ”. ベガルタ仙台 (2012年12月18日). 2012年12月18日閲覧。
  3. ^ 関口訓充との契約について”. 浦和レッドダイヤモンズ (2014年12月7日). 2014年12月7日閲覧。
  4. ^ 浦和レッズ 関口訓充選手完全移籍加入のお知らせ”. セレッソ大阪 (2015年1月15日). 2015年1月15日閲覧。
  5. ^ 関口訓充選手 契約満了のお知らせ”. セレッソ大阪 (2017年12月19日). 2018年4月10日閲覧。
  6. ^ 関口訓充選手 加入のお知らせ”. ベガルタ仙台 (2018年4月10日). 2018年4月10日閲覧。
  7. ^ 関口訓充選手 契約満了のお知らせ』(プレスリリース)ベガルタ仙台、2021年12月10日https://www.vegalta.co.jp/news-team/2021/12/post-867.html2021年12月10日閲覧 
  8. ^ 関口訓充 選手、新規加入のお知らせ』(プレスリリース)南葛SC、2022年1月16日https://note.nankatsu-sc.com/n/n98068ac0db692022年1月16日閲覧 
  9. ^ 【新規加入】サッカー日本代表選出経験ならびにJリーグ通算542試合の出場経験を持つ関口訓充選手、南葛SCより加入のお知らせ』(プレスリリース)COEDO KAWAGOE F.C、2024年12月13日https://c-kawagoe.com/archives/83062022年12月14日閲覧 
  10. ^ 元日本代表MF、誕生日&活動再開の“さや姉”にエール 「超楽しみにまたライブ行きたいな」”. 2023年11月22日閲覧。
  11. ^ C大阪MF関口訓充、NMB48の“さや姉”からリプライが届き大感激!”. 2023年11月22日閲覧。
  12. ^ 河上清、澤田優子『サッカスターの少年時代 プロになった16人の成長物語』株式会社学研マーケティング、2013年、54ページ、ISBN 978-4-05-800104-2

関連項目

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外部リンク

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