長安寺 (豊後高田市)
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所在地 | 大分県豊後高田市大字加礼川635番地 |
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位置 | 北緯33度34分4.0秒 東経131度32分54.6秒 / 北緯33.567778度 東経131.548500度座標: 北緯33度34分4.0秒 東経131度32分54.6秒 / 北緯33.567778度 東経131.548500度 |
山号 | 金剛山 |
宗旨 | 天台宗 |
本尊 | 千手観音 |
創建年 | 伝 養老2年(718年) |
開基 | 伝 仁聞 |
正式名 | 金剛山長安寺 |
別称 | 花の寺 |
文化財 | 木造太郎天立像、銅板法華経など |
法人番号 | 1320005003964 |
長安寺(ちょうあんじ)は、大分県豊後高田市加礼川にある天台宗の寺院。山号は金剛山。
概要
[編集]長安寺は国東半島周辺に広く分布する天台宗寺院群である六郷山寺院(六郷満山)の一つで、その多くに養老2年(718年)に仁聞によって開かれたとの伝説があるが、実際には六郷山寺院の成立はもう少し時代が下るとみられている[1]。
六郷満山を統括していた西叡山高山寺が平安時代に衰退したのに伴い、鎌倉時代に入ると六郷満山の100以上の寺院を統括する地位を占めた。
大治5年(1130年)造立の太郎天童の胎内からは「屋山太郎惣大行事」の墨書が発見されており、六郷山の中心寺院とされてきた[2]。安貞2年(1228年)の『六郷山諸勤行並諸堂役諸祭等目録』(『太宰管内志』所収)目録では、長安寺を指して「惣山」と記されている。
六郷満山の中山は修行のための寺院であるが、長安寺は、鐘楼門跡から延びる参道の両側に坊と田畑が並んでおり、寺と坊とが一体となった六郷満山の中山寺院の原型をよくとどめている。
所蔵している木造太郎天及二童子立像は、明治に入って神仏分離が行われるまでは、この寺の背後にある六所権現社の主神として祀られていたもので、国の重要文化財に指定されている[2]。
国東六郷満山霊場第八番。
文化財
[編集]-
銅板経(重要美術品)
東京国立博物館展示。
脚注
[編集]- ^ 六郷満山寺院群詳細調査報告書 六郷満山について 豊後高田市教育委員会 2024年12月8日閲覧。
- ^ a b c d e 六郷満山寺院群詳細調査報告書 都甲地区 豊後高田市教育委員会 2024年12月8日閲覧。