西村与志木
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西村 与志木(にしむら よしき、1950年[1][2][3]5月5日[4] - )は、日本のテレビプロデューサー。NHK職員。2013年10月時点の役職は、NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー[1]。
日本映画テレビプロデューサー協会 副会長、日本脚本アーカイブズ推進コンソーシアム 理事も務める(どちらも2014年2月現在)。
来歴
[編集]長野県上伊那郡美和村(現・伊那市長谷溝口[5])生まれ[6][注 1]。長野県伊那北高等学校[7]21回卒業[8]。1976年に東京大学文学部(西洋史学科[8][9])卒業、NHKへ入局[2]。高松局を経て、番組制作局ドラマ部へ[10]。
大河ドラマ「独眼竜政宗」(1987年)に演出で携わった後、アメリカ総局特派員としてロサンゼルスに派遣され、3年にわたり[11][12]映画制作を学ぶ。帰国後、連続テレビ小説「かりん」に制作統括として携わる[8]。
その後、ドラマ番組部長[1]を3年務め、平成18年にNHK放送総局エグゼクティブプロデューサーに就任。平成24年からNHKエンタープライズ シニア・エグゼクティブ・プロデューサー[11]。
参加作品
[編集]- 野のきよら山のきよらに光さす (1983年10月14日) - 演出[賞1]
- 富士山麓 (1985) - 演出
- 連続テレビ小説
- 子どもの隣り (1986年5月5日)[13] - 演出[賞2]
- 晴のちカミナリ (1989) - 演出
- 大河ドラマ
- 八月の叫び The August Screams (1995年4月9日) - チーフ・プロデューサー
- メナムは眠らず (1995年7月22日・29日) - 制作統括
- The Last Bullet 最後の弾丸 (1995年8月13日)[賞3]
- うどんとビデオ (1997年2月15日・22日)
- もうひとつの心臓 (1997年10月11日) - 制作統括[賞4]
- 鏡は眠らない(1997年) - 制作統括
- 女たちの帝国(1997年) - 制作統括
- ラスト・イニング(1997年12月29日) - 制作統括(阿部庸彦と共同)
- 新宿鮫 毒猿 (1997年12月30日) - プロデューサー(一柳邦久と共同)
- 風になれ鳥になれ (1998年) - 制作統括
- 玩具の神様 (1999年) - 制作統括
- 菜の花の沖 (2000) - 制作統括
- 坂の上の雲 (2009, 2010, 2011) - エグゼクティブ・プロデューサー(菅康弘と共同)[賞5]
- 60番勝負 (2013年2月2日)
作品受賞歴
[編集]- 野のきよら山のきよらに光さす ^(1983)
- モンテカルロ国際テレビ祭 ドラマ部門ゴールデンニンフ賞 (グランプリ ※ 脚本部門)
- 国際批評家賞[14]
- 日本テレビ技術賞(奨励賞) (第23回、※ 撮影)[15]
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c 【大河ドラマ】「日本人とは」現代映す鏡 語り継ぐ テレビ60年 - YOMIURI ONLINE(読売新聞)、2013年10月3日
- ^ a b 『ネットワーク社会における豊かな学びとメディア』p.58 - 日本視聴覚教育協会
- ^ No.409 2012年7月号「第36回 通常会員総会にあたっての会長挨拶」 - 一般社団法人 日本映画テレビプロデューサー協会報
- ^ a b 「現代日本人名録 98」 (日外アソシエーツ)
- ^ 文化館・図書館会館20周年記念講演会チラシ - 飯島町
- ^ 「坂の上の雲」西村さんが講演 - 伊那谷ねっと
- ^ 会長あいさつ - 伊那北高等学校関東同窓会
- ^ a b c d p.6 No.128 - お~い 薫嶺
- ^ 西村与志木 – 「坂の上の雲」エグゼクティブプロデューサー - JAPAN QUALITY REVIEW
- ^ 月刊通信 アーカイブス・カフェ「連続テレビ小説 座談会(前編)」 - NHKエンタープライズ ライツ・アーカイブスセンター
- ^ a b c 「坂の上の雲」映像化への道 - 放送文化基金
- ^ HISTORICA LIVE 『戦国×センゴク×SENGOKU』 - 太秦戦国祭り公式サイト
- ^ ドラマ 子どもの隣り - NHK名作選(動画・静止画) NHKアーカイブス
- ^ 1980~84 - NHKテレビドラマカタログ―ドラマ番組放送記録+カテゴリー小史 1953~2011
- ^ a b 日本テレビ技術賞 受賞一覧 - 一般社団法人 日本映画テレビ技術協会
- ^ 1985~89 - NHKテレビドラマカタログ―ドラマ番組放送記録+カテゴリー小史 1953~2011
- ^ 最後の弾丸 - テレビドラマデータベース
- ^ ともに、いきる 番組公開ライブラリーで視聴 - NHKアーカイブス
- 注
- ^ 2012, 2013年時点で、伊那市ふるさと大使(放送分野)を務めている。 (親への思いつづった手紙など公募へ 伊那・長谷の民話にちなみ 提供:信濃毎日新聞) (伊那市ふるさと大使 伊那市)