藤原隆
藤原隆(ふじわら たかし、1948年11月8日 - )は日本の大蔵・金融官僚。東北財務局長、金融庁総務企画局長、(株)ジャスダック証券取引所会長などを歴任。血液型はB型[1]。
来歴
[編集]秋田県秋田市出身(父母も秋田県)[1]。秋田県立秋田高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1972年 大蔵省入省(大臣官房文書課)[2]。1977年7月 米沢税務署長。その後は和歌山県総務部財政課長、主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)、主計局主計官補佐(労働係主査)、主計局主計官補佐(厚生第三係主査)などを務める。1987年7月 大臣官房企画官兼大臣官房文書課。1990年7月 三重県総務部長。1996年7月12日 証券局総務課長。1998年7月1日 東北財務局長。1999年7月8日より金融監督庁へ移り、2001年1月6日 金融庁総務企画局審議官(総務担当)。2002年7月12日 金融庁総務企画局長。2003年7月29日 退官。同年9月 損害保険料率算出機構副理事長。2006年7月 (株)ジャスダック証券取引所取締役兼代表執行役会長。2016年6月 (株)東邦銀行監査役。
略歴
[編集]- 1972年4月:大蔵省入省(大臣官房文書課)[2]。
- 1974年8月:大臣官房調査企画課。
- 1976年4月:関税局企画課企画第一係長。
- 1977年7月:米沢税務署長。
- 1978年7月:銀行局特別金融課長補佐心得。
- 1979年7月:銀行局特別金融課長補佐。
- 1980年7月:和歌山県総務部財政課長。
- 1982年6月:主計局総務課長補佐(歳入・国債係主査)。
- 1983年6月:主計局主計官補佐(労働第一、二係主査)。
- 1984年6月:主計局主計官補佐(厚生第三係主査)。
- 1985年7月:証券局資本市場課長補佐。
- 1987年7月:大臣官房企画官 兼 大臣官房文書課。
- 1989年6月:東京国税局調査第一部長。
- 1990年7月:三重県総務部長。
- 1992年7月:主税局調査課長。
- 1993年7月:証券局証券市場課長。
- 1995年6月:証券局証券業務課長。
- 1996年7月12日:証券局総務課長。
- 1998年6月22日:大臣官房付。
- 1998年7月1日:東北財務局長。
- 1999年7月8日:金融監督庁長官官房審議官。
- 2000年7月1日:金融庁総務企画部審議官(総務担当)。
- 2001年1月6日:金融庁総務企画局審議官(総務担当)。
- 2002年7月12日:金融庁総務企画局長。
- 2003年7月29日:退官。
大蔵省同期
[編集]同期には津田広喜((株)日本取引所グループ取締役会議長、財務事務次官、主計局長、大臣官房長、大臣官房総括審議官、東京税関長)、木村幸俊(商工組合中央金庫副社長・副理事長、国税庁長官、関税局長、東京国税局長)、渡辺博史(国際協力銀行代表取締役総裁、財務官、国際局長、国際局次長、大臣官房審議官(国際局担当))、滝本豊水(弁護士、大臣官房審議官(大臣官房担当)兼財金研究所次長)、五味廣文(金融庁長官、金融庁監督局長、金融庁検査局長)、武田宗高(JT副社長、内閣府審議官(沖縄担当)、内閣府政策統括官(沖縄政策担当))、金井照久(沖縄振興開発金融公庫理事長、財務総研所長、国土交通省政策統括官)、村上喜堂(国税庁次長、国税庁課税部長、国税庁調査査察部長)、村木利雄(佐賀銀行代表取締役会長、国税不服審判所次長、国税庁長官官房審議官(酒税等担当))、豊田潤多郎(衆議院議員)らがいる。
脚注
[編集]官職 | ||
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先代 原口恒和 |
金融庁総務企画局長 2002年 - 2003年 |
次代 増井喜一郎 |
先代 佐藤武 |
東北財務局長 1998年 - 1999年 |
次代 大前茂 |
先代 田村義雄 |
三重県総務部長 1990年 - 1992年 |
次代 加藤治彦 |
先代 橋本孝伸 |
東京国税局調査第一部長 1989年 - 1990年 |
次代 富田辰郎 |