葛野壮一郎
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葛野 壮一郎(かどの そういちろう、1880年 - 1944年1月18日)は、関西を中心に多くの建築物の設計を手がけた建築家。建築にとどまらず、音楽、絵画などにも造詣が深く、また、女子教育にも熱心に関わるなど、多方面で活躍した。
経歴
[編集]- (先祖は、平安時代に遣唐大使を務めた藤原葛野麻呂)
- その後、神奈川県技師、大阪府技師を務める
主な作品
[編集]- 大江ビルヂング(大阪市、1921年)
- 本願寺神戸別院(神戸市、1929年、非現存)
- 中央電気倶楽部(大阪市、1930年)
- 大阪偕行社附属小学校本館(大阪市、1931年、非現存)
- 大戸村立大戸尋常高等小学校校舎(現・東大阪市立石切小学校、1936 - 1937年)
関連項目
[編集]参考文献
[編集]- 日本建築協会80年史(日本建築協会編)
- 関西の近代建築(石田潤一郎著)