華徳院 (杉並区)
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華徳院 | |
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所在地 | 東京都杉並区松ノ木3-32-11 |
位置 | 北緯35度41分44.5秒 東経139度38分50秒 / 北緯35.695694度 東経139.64722度座標: 北緯35度41分44.5秒 東経139度38分50秒 / 北緯35.695694度 東経139.64722度 |
山号 | 称光山 |
院号 | 華徳院 |
宗派 | 天台宗 |
本尊 | 閻魔大王 |
創建年 | 9世紀 |
開山 | 慈覚大師円仁 |
法人番号 | 1011305000286 |
概要
[編集]9世紀、慈覚大師円仁によって開山された。元々は下野国佐野(現・栃木県佐野市)にあり、「理正院」という名称だった[1]。
その後、武蔵国霞ヶ関(現・東京都千代田区霞が関)に移り、慶長年間(1596年~1615年)に浅草蔵前天王町(現・台東区浅草橋)に移転した[2]。
延享年間(1744年~1747年)に「華徳院」に改称した。越後安田藩(村松藩)藩主の堀直時の戒名に由来するという[1]。
なお、華徳院改称とともに本尊を閻魔大王にしている。かつては太宗寺や善養寺とともに「江戸三閻魔」として知られ、縁日には多くの人で賑わったという[1]。
しかし1923年(大正12年)の関東大震災で焼失し、1928年(昭和3年)に現在地に移転した。本尊は、かつて牛込にあった行元寺(現在は品川区に移転)の閻魔大王像を迎え、浅草の旧所在地には堂宇を建てて、輪王寺の閻魔大王像を祀った[2]。
1945年(昭和20年)の空襲で浅草の堂宇は焼失したが、閻魔大王像は無事だったため、現在は当寺に保管している[2]。
墓所
[編集]交通アクセス
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 大谷光男、嗣永芳照 著『杉並区史跡散歩 (東京史跡ガイド15)』学生社、1992年