荒穂神社
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荒穂神社 | |
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荒穂神社境内 | |
所在地 | 佐賀県三養基郡基山町宮浦字宮脇2050 |
位置 | 北緯33度26分01.9秒 東経130度30分34.4秒 / 北緯33.433861度 東経130.509556度座標: 北緯33度26分01.9秒 東経130度30分34.4秒 / 北緯33.433861度 東経130.509556度 |
主祭神 | 瓊々杵尊 |
社格等 |
式内小社 旧県社 |
創建 | 孝徳天皇朝 |
本殿の様式 | 三間社流造檜皮葺 |
例祭 | 9月23日 |
主な神事 | 斎祭(5月1 - 7日) |
荒穂神社(あらほじんじゃ)は、佐賀県三養基郡基山町にある神社。基山南麓にある宮浦字宮脇に鎮座している[1]。社格は式内小社、県社。
祭神
[編集]祭神については古来諸説があるが、民俗学上は基肄山(基山)山頂のタマタマ石という花崗岩の巨石を磐座(いわくら)とする自然神・産霊神である荒穂天神と考えられている[1][2]。貞享元年(1684年)の「荒穂神社縁起」では、中 荒穂大明神、左一 下鴨大神、左二 八幡大神、右一 宝満大神、右二 春日大明神、右三 住吉大明神、以上六社としている(この後に五十猛命が加えられている)[2]。
歴史
[編集]「荒穂神社縁起」によると孝徳天皇の時代(7世紀中頃)に松津(基肄)国造物部金連の末裔金村臣によって創祀されたと伝わる[2]。
『日本三代実録』に貞観2年(860年)に従五位上から正五位下に陞叙された記録がある[3]。また、『延喜式神名帳』にみえる肥前国の4つの神社の一つ(式内社)[1]。社殿ももとは基山山頂にあったが、戦国の兵火で転々とし、貞享2年(1685年)に現在地に造営された[2]。
社殿は流れ造りで、拝殿は文政2年(1819年)、社殿・中殿はともに安政5年(1858年)に改建されたものである[2]。
明治6年(1873年)に郷社、昭和15年(1940年)に県社に列格した[2]。
祭事
[編集]- 歳旦祭 1月1日
- 春祭 2月19日
- 斎祭 5月1日から7日間
- 夏祭 7月19日
- 茅の輪 7月31日から3日間
- 神幸祭 9月23日
- 月次祭 毎月19日
脚注
[編集]外部リンク
[編集]- さが祭事記まつりびと 荒穂神社の御神幸祭(基山町) - サガテレビ