船越永景
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船越 永景(ふなこし ながかげ、慶長2年(1597年) - 寛文10年9月1日(1670年10月14日))は、江戸時代初期から前期の武将で江戸幕府の旗本、茶人。父は船越景直。妹に北条氏盛正室。先妻は浅野長政の養女(杉原長房の娘)[1]、後妻は稲葉道通の娘[2]。子に正景、景通がいる。初名は吉勝。号は宗舟。受領名は伊予守。
生涯
[編集]摂津・河内・大和に6000石余の所領を持った江戸幕府の旗本。徳川幕府の普請奉行を務め、従五位下伊予守に叙任された。
永景は茶道を古田織部、小堀遠州らに師事し、父景直と共に茶人として知られた。寛文5年(1666年)11月8日に、4代将軍徳川家綱の所望により、片桐石州と共に点茶をして名声を博した[3]。
寛文10年(1670年)9月1日没、74歳。
系譜
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- 末宗廣編『茶人系譜』河原書店、1977年