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向背軸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
背軸面から転送)
アカメガシワ Mallotus japonicusにおける植物の軸。
apical-basal axis: シュートの頂端- 基部軸
apical: 頂端、basal: 基部)
adaxial-abaxial axis: 葉の向背軸
adaxial: 向軸、abaxial: 背軸)
distal-proximal axis: 葉の先端-基部軸
distal: 遠位(葉先)proximal: 近位(葉基)

向背軸(こうはいじく、: adaxial–abaxial axis[1])は植物の軸に対する側生器官について、原基の段階でのシュート頂に対する関係を、軸に向かう方を向軸(こうじく、adj. adaxial)、その反対を背軸(はいじく、adj. abaxial)とし、それをつないだ軸を呼ぶものである[2][3]の場合、いわゆる表側の面(上面)を向軸面(こうじくめん、adaxial surface)で、裏側の面(下面)を背軸面(はいじくめん、abaxial surface)と呼ぶ[3][4]

向背軸は背腹軸(はいふくじく)とも呼ばれ[5][2]、動物と同様、向背軸をもつ性質を動物と同様背腹性(はいふくせい、dorsiventrality[6])と呼ぶ[3]。背軸面(下面)を背面(はいめん、dorsal)、向軸面(上面)を腹面(ふくめん、ventral)とも呼ぶが、トウヒウラハグサのような植物では表皮系の構造が背腹で入れ替わったり、ラン科の花では子房が捻れ、唇弁の位置が転倒したりするなど、背腹の区別は規定が難しいため、形態学的には背軸及び向軸が厳密に用いられる[2][7]。葉の背腹性の最初に現れる特徴は下偏成長である[8]

そのほか、単子葉類の側枝上第1葉(前葉 prophyll)は向軸側に付き、向軸前葉と呼ばれるのに対し、マルバヤナギの花序上部の側枝などのように少数のものは背軸前葉を持つ(普通、双子葉類裸子植物は側生前葉)[9]

本項では、シュートの背腹性についても述べる。葉は茎に対する関係で背腹性を判断するため、茎に面した上側(向軸側)を腹側と考えるが、着生植物のように茎に背腹性がみられる場合は、動物と同様基質に対する面を腹面、遊離面を背面と考える[3]

葉の背腹性の進化

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葉は茎・根とともに植物のもつ基本器官であり、それらと違って普通扁平な形状をとる[10]。維管束植物の葉は小葉植物大葉植物においてそれぞれ独立に獲得され、大葉植物においてはさらにその中でも様々な群で何度も独立に獲得された多数回起源であると考えられている[11]。よって、葉の背腹性も小葉植物と大葉植物で独立に獲得された[12]

大葉植物では、葉の背腹性はトリメロフィトン類で初めて獲得された[12]。背腹性の調節遺伝子にはHD-ZIP III(クラスIIIホメオドメインロイシンジッパー遺伝子)および KANADI が知られている[12]。前者はストレプト植物全体で存在し、維管束植物の祖先では頂端分裂組織の機能調節を行ってきたが、その後、増幅および機能の追加が小葉植物と大葉植物でそれぞれ独自に起きている[12]。小葉植物のHD-ZIP IIIは葉における前形成層の形成と維管束の形態決定に関与しており、背腹性の決定には関与していない[12]。それに対し、大葉植物ではそれに加え背腹性の決定にも関与している[12]。また、被子植物ではさらに YABBY遺伝子も背腹性決定に関与している[12]。これら種子植物の葉原基で向背軸形成に働く遺伝子のほとんどはヒメツリガネゴケなどにはオルソログが存在せず、種子植物で独自に進化した仕組みであると考えられている[13]

葉の背腹性のメカニズム

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シロイヌナズナの葉における向背軸形成に関わる転写制御[1]。向軸側で働く遺伝子は背軸側で働く遺伝子の、背軸側で働く遺伝子は向軸側で働く遺伝子の転写を互いに抑制することにより、葉の向軸面、背軸面がそれぞれ異なるアイデンティティを持つようになる。
各因子の名称は次の通り;AS1/2: ASYMMETRIC LEAVES1/2, HD-ZIP III: Homeobox-Leucine Zipper III, ARF3/4: AUXIN RESPONSE FACTOR3/4, PRS: PRESSED FLOWER, WOX1: WUSCHEL-RELATED HOMEOBOX, KLU: KLUH, KAN: KANADI, YAB: YABBY, tasiR-ARF: trans-acting siRNA(低分子RNA)。なお、miR165/166はマイクロRNAの一種。
コリウス Coleus sp.(シソ科)の茎頂。中央のシュート頂に対し、その外側に並ぶ葉の中央に近い方向が「向軸側」、外側の方向が「背軸側」である。
A: 前形成層、B: 基本分裂組織、C, G: 成長した葉原基、D: 毛状突起、E: SAM、F: 発生中の若い葉原基、H: 腋芽、I: 維管束の一部(葉跡)。スケールバーは0.2 mm。

葉はシュート頂分裂組織shoot apical meristem、茎頂分裂組織、以下 SAM)の側方に小さな突起である葉原基として生まれる[14]。葉の向背軸はこの葉原基で決定される[13]。葉原基の向軸側はSAMに隣接する細胞に由来するが、背軸側はSAMから遠い側に由来する[15][5]。葉原基をSAMとの間を横断するように切り込みを入れると葉が棒状になるように、葉の向背軸が確立されるためにはSAMから交流が必要であり、SAMからのシグナルにより向軸側のアイデンティティが形成される[5]

向軸側のアイデンティティはARP遺伝子群[注釈 1]によりもたらされる[5]。ARP遺伝子群が発生途中の葉において、KNOX1遺伝子群[注釈 2]の発現を抑制する(発現抑制維持を補助する)ことによって、多くの植物において葉の正常な向背軸パターン形成に機能する[5]

また、向軸側の葉の発生はHD-ZIP III遺伝子群にも依存しており、PHABULOSA (PHB) および PHAVOLUTA (PHV) といったHD-ZIP III遺伝子群の発現は葉原基の向軸側にのみ分布しており、これが葉の全体で異所的に発現してしまうと、背軸側の組織が向軸側の特性を持つようになる[16]。背軸側でも異所的に PHB が発現する変異体でが、普通向軸側にのみ形成される腋芽が葉の基部の向背軸両側に生じるようになる[17]。逆にこれらの遺伝子がともに向軸側で機能できない変異体では向軸側の性質が失われるが、片方のみが機能欠損した状態ではそうはならず、PHBPHV は向軸側のアイデンティティ形成に対して冗長的な機能を持っていることが示唆されている[17]。また、このHD-ZIP III遺伝子群は向軸側のアイデンティティ形成に働くため、背軸側では miR166 というmiRNA(マイクロRNA)により消去される[17]。miRNA はその標的遺伝子の転写産物との間に相補配列をもち、塩基対を形成することでmRNAの分解を促進し、翻訳・発現を抑制する。葉原基の背軸側における miR166 の発現が PHBPHV の転写産物を減少させ、正常な背腹軸のパターン形成を生み出す[17]

向軸側で働くHD-ZIP III 遺伝子群は背軸側で働く KANADI 遺伝子群と拮抗している[17]。KANADIファミリーに属する転写因子は、背軸側の細胞アイデンティティの分化の中心として働く[17]。KANADI に制御される背軸側の発生はオーキシン極性輸送と関連しており、ARF遺伝子ファミリー[注釈 3]である ARF3 および ARF4 が背腹軸の運命を決定するのに必要である[17]

また、KANADI 遺伝子群と YABBY 遺伝子群[注釈 4]はともに葉の背軸側の形成に働くという冗長的な機能を持つと考えられていた[17]。YABBY 遺伝子ファミリーの多重変異体やYABBY 遺伝子群を過剰発現する植物では葉で背軸側の特性が向軸側の特性に置き変わる表現型となる[17]。ただし、YABBY 遺伝子群はトウモロコシ Zea mays では葉の向軸側で発現しており、葉身の展開成長の促進に働き、アンボレラ Amborella trichopoda でも向軸側で発現するほか、一部の単子葉類では葉の中肋で葉の厚み方向に発現し、シロイヌナズナにおいても今では葉身の展開制御を促進し、SAM関連遺伝子の発現抑制をすることが明らかになった[17]

キンレンカの盾状葉の向軸面(背面)
キンレンカの盾状葉の背軸面(腹面)

葉の向軸側、背軸側の両側の遺伝子の制御により、葉縁の細胞分裂活性が高くなることで向軸側と背軸側の境界部分が細胞分裂し、葉が成長する[13]。また、キンレンカ(ノウゼンハレン) Tropaeolum majus のもつ盾状葉は、葉の背軸を規定する遺伝子が葉原基の基部では葉の向軸側に発現しているため、細胞分裂活性の高い領域が円形になることによって形成される[13]

シュートの背腹性

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イヌカタヒバ Selaginella moellendorffiiイワヒバ科)は不等葉性を持ち、背葉(青色)と腹葉(赤色)の形が異なる。スケールバーは1 mm。

は葉とは異なり、本質的な背腹性を示さないとされるが、匍匐性のものやカワゴケソウ科着生植物では著しく扁平となり、内部構造も背腹性を持つものが存在する[18]小葉植物ヒカゲノカズラ科およびイワヒバ科は匍匐を行い、形態は背腹性を示すが、葉序は明確な背腹性を持たないとされる[19]ヒノキ Chamaecyparis obtusa でも葉序は十字対生であるが、シュートそのものに背腹性をもち、上下左右の葉には形の相違がある[6]。このことを不等葉性(ふとうようせい、anisophylly)という[6]

茎が横臥するものや着生するものでは葉序に背腹性を示す[19]大葉シダ植物ハカマウラボシ Drynaria roosiiカニクサ Lygodium japonicum では、横走する根茎の背面側に少なくとも見かけ上1縦列または2縦列に葉を生じる[19]サンショウモ Salvinia natans では、水面に横たわる茎の上面寄りに2個の浮葉、その側方に側枝を挟んで1個の根葉が1組となって茎の上面寄りの2列をなして着生する背腹性葉序を示す[19]種子植物でも、根茎や着生する茎では葉が上面または背面側に偏位する[19]エノキ Celtis sinensisクリ Castanea crenataサワシバ Carpinus cordataカラタネオガタマ Michelia figo などの側枝は背腹性葉序をもつ[19]。偏2列縦生で、2縦列は下方へ偏るが、腋芽にはその性質はない[19]。カラタネオガタマでは、側枝の葉の2縦列間の下側の開度は葉の分化当初から100°-150°の範囲で枝により異なるが、1つの枝としては一定で、腋芽の側生第1前葉は直上茎では基本螺旋の進向側に、横枝では向地側に着生する[19]。エノキなどの実生の主軸は当初直立しているが、少し成長すると主軸が横斜し、葉序も背腹性を示す[19]

脚注

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注釈

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  1. ^ キンギョソウ Antirrhinum majusPHAN遺伝子とそのオルソログで、キンギョソウにおけるphantastica 機能欠損型変異体の解析から研究が進んだ[5]。ARPの名は、シロイヌナズナ Arabidopsis thaliana におけるASYMMETRIC LEAVES1 (AS1)、ROUGH SHEATH2 (RS1)、およびキンギョソウPHANTASTICA (PHAN)からなる名称[5]。それぞれの産物(AS1、RS1、PHAN)はARPファミリーと呼ばれ、MYB転写因子をコードしている[5]
  2. ^ KNOTTED1-LIKE HOMEOBOXの略[5]ジベレリン濃度に対する抑制効果に寄与してジベレリン生合成を抑制する、ジベレリンの不活性化を促進する、サイトカイニン濃度を上げるISOPENTENYL TRANSFERASE7 (IPT7)の発現を上昇させサイトカイニンの生合成に寄与するなどの働きを持つ[16]
  3. ^ AUXIN RESPONSE FACTOR
  4. ^ YABBYはオーストラリアのザリガニの一種、ヤビー Cherax destructor に由来する[17]。この遺伝子ファミリーのうち最初に同定されたのがシロイヌナズナの CRABS CLAW (CRC)であり、欠損変異体が心皮形成に異常を来す[17]

出典

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  1. ^ a b Fukushima & Hasebe 2013, pp. 1–18.
  2. ^ a b c 巌佐ほか 2013, p. 446b.
  3. ^ a b c d 巌佐ほか 2013, p. 1088e.
  4. ^ テイツ & ザイガー 2017, p. 553.
  5. ^ a b c d e f g h i テイツ & ザイガー 2017, p. 556.
  6. ^ a b c 原 1994, p. 40.
  7. ^ 岩月 2001, p. 32.
  8. ^ 加藤 1999, p. 48.
  9. ^ 熊沢 1979, pp. 237–239.
  10. ^ 加藤 1999, p. 8.
  11. ^ 西田 2017, pp. 91–96.
  12. ^ a b c d e f g 西田 2017, p. 98.
  13. ^ a b c d 長谷部 2020, p. 59.
  14. ^ テイツ & ザイガー 2017, p. 554.
  15. ^ Fukushima & Hasebe 2013.
  16. ^ a b テイツ & ザイガー 2017, p. 557.
  17. ^ a b c d e f g h i j k l テイツ & ザイガー 2017, p. 558.
  18. ^ 熊沢 1979, p. 126.
  19. ^ a b c d e f g h i 熊沢 1979, pp. 232–233.

参考文献

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  • Fukushima, K.; Hasebe, M. (2013). “Adaxial–abaxial polarity: The developmental basis of leaf shape diversity”. genesis 52 (1): 1-18. doi:10.1002/dvg.22728. 
  • 巌佐庸、倉谷滋、斎藤成也塚谷裕一『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年2月26日、446,1088頁。ISBN 9784000803144 
  • 岩月善之助『日本の野生植物 コケ』平凡社、2001年2月21日。ISBN 978-4582535075 
  • 加藤雅啓『植物の進化形態学』東京大学出版会、1999年5月1日、8,48頁。ISBN 4-13-060174-1 
  • 熊渡正夫『植物器官学』1979年8月20日。 
  • リンカーン・テイツ (Lincoln Taiz)、エドゥアルト・ザイガー (Eduardo Zeiger)、イアン・M・モーラー (Ian Max Møller)、アンガス・マーフィー (Angus Murphy) 著、西谷和彦島崎研一郎 訳『テイツ/ザイガー 植物生理学・発生学 原著第6版 (原著:Plant Physiology and Development, Sixth Edition)』講談社、2017年2月24日(原著2015年)、553-558頁。ISBN 978-4-06-153896-2 
  • 西田治文『化石の植物学 ―時空を旅する自然史』東京大学出版会、2017年6月24日、91-98頁。ISBN 978-4130602518 
  • 長谷部光泰『陸上植物の形態と進化』裳華房、2020年7月1日、59頁。ISBN 978-4785358716 
  • 原襄『植物形態学』朝倉書店、1994年7月16日。ISBN 978-4254170863 

関連項目

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