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答ホン氏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

答㶱氏(とうほんうじ・とうほんし)は、「答㶱」をの名とする氏族。氏の名は塔本答本とも記される。はなし。

概要

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箕子朝鮮準王を祖とする百済渡来氏族[1]斉明天皇6年(660年)の百済滅亡直後に日本に渡来した、答㶱春初の一族。聖武朝神亀元年(724年)に一族の主流である答本陽春が麻田連に改氏姓していることから、本拠地は摂津国豊島郡麻田村(現在の大阪府豊中市の一部)と想定される[2]

氏人には、天智天皇2年(663年)の白村江の戦い後に長門国古代山城を築き大山下冠位を授けられた答㶱春初。その子または孫にあたると想定される麻田陽春。そのほか、麻田連に改姓しなかった傍流に、天平勝宝9歳(757年)の橘奈良麻呂の乱で獄死した答本忠節がいる。

脚注

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  1. ^ 「麻田連。出自百済国朝鮮王淮也」(『新撰姓氏録』右京諸蕃下)
  2. ^ 佐伯[1994: 322頁]

参考文献

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