碧天大市
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基礎情報 | ||||
四股名 | 池原 → 碧天 | |||
本名 | 池原 大地 | |||
生年月日 | 1983年8月26日(41歳) | |||
出身 | 大阪府大阪市大正区 | |||
身長 | 182.2cm | |||
体重 | 117.7kg | |||
BMI | 35.5 | |||
所属部屋 | 田子ノ浦 → 春日野 | |||
得意技 | もろ差し、寄り | |||
成績 | ||||
現在の番付 | 引退 | |||
最高位 | 東幕下6枚目 | |||
生涯戦歴 | 360勝335敗12休(102場所) | |||
優勝 | 三段目優勝2回 | |||
データ | ||||
初土俵 | 2006年3月場所 | |||
引退 | 2023年5月場所 | |||
備考 | ||||
2023年5月31日現在 |
碧天 大市(あおぞら だいち、1983年8月26日 - )は、大阪府大阪市大正区出身で春日野部屋(入門時は田子ノ浦部屋)に所属した元大相撲力士。本名は池原 大地(いけはら - )。身長182.2cm、体重117.7kg。最高位は東幕下6枚目(2015年9月場所)。得意手はもろ差し、寄り。父は元プロボクサーでABCボクシングジム会長の池原正秀、元WBO女子世界ミニフライ級チャンピオンの池原シーサー久美子は従妹。血液型はAB型、星座は乙女座。
来歴
[編集]大阪市立小林小学校4年時にわんぱく相撲全国大会に出場したのを機に相撲を始める。格闘技一家に生まれたため、相撲は抵抗なく始められたという。大阪市立大正中央中学校では陸上部に所属しながら稽古を続けた。近畿大学附属高校で本格的に相撲を始め、朝日大学では主力として活躍。木瀬部屋の德真鵬は大学の1年後輩にあたる。
2006年3月場所に田子ノ浦部屋に入門。同期生には栃ノ心、松鳳山、境澤らがいる。初土俵場所を1番出世して以降は順調に番付を上げていき、幕下中位で壁に当たったが2009年1月場所で三段目優勝を果たす。同年9月場所では最高位の東幕下8枚目に番付を上げたが7戦全敗、さらに2010年1月場所で膝を痛めて途中休場し、一時は三段目まで番付を落とした。復帰以降しばらく幕下と三段目を往復することが続いていたが、同年11月場所で2回目の三段目優勝をして以降は幕下上位から中位に定着している。
2012年2月13日に師匠の田子ノ浦親方(元幕内・久島海)が死去し、師匠不在となった田子ノ浦部屋が閉鎖されたため、幕内碧山らと共に3人で春日野部屋へ転籍する。この時、同期同部屋であった久之虎ら5人は出羽海部屋に分かれて転籍している。後に碧山は、皆が出羽海部屋に行くと思ったが碧天と碧己真(最高位、東幕下8枚目、2018年9月場所引退)が春日野部屋に付いて来てくれて嬉しかったと、感謝を述べている[1]。
なお、こうした形で戦後初となる分割移籍をしたことにより、出羽海部屋に移籍した元・同部屋の兄弟弟子と本場所で対戦する可能性が発生した。碧天は実際に2013年5月場所8日目に元兄弟子の海龍と対戦し押し倒しで敗れた。
夏場所の千秋楽の1週間後に断髪式を部屋で行い、今後は地元大阪で仕事を探すという[3]。
主な成績
[編集]通算成績
[編集]- 通算成績:360勝335敗12休(102場所)
各段優勝
[編集]- 三段目優勝:2回(2009年1月場所、2010年11月場所)
場所別成績
[編集]一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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2006年 (平成18年) |
x | (前相撲) | 東序ノ口24枚目 6–1 |
西序二段69枚目 6–1 |
東三段目98枚目 6–1 |
東三段目37枚目 3–4 |
2007年 (平成19年) |
西三段目52枚目 5–2 |
東三段目28枚目 2–5 |
西三段目54枚目 5–2 |
西三段目26枚目 4–3 |
西三段目14枚目 5–2 |
西幕下53枚目 4–3 |
2008年 (平成20年) |
西幕下42枚目 4–3 |
東幕下33枚目 2–5 |
西幕下49枚目 2–5 |
東三段目14枚目 5–2 |
東幕下54枚目 3–4 |
西三段目4枚目 2–5 |
2009年 (平成21年) |
西三段目30枚目 優勝 7–0 |
東幕下21枚目 3–4 |
西幕下30枚目 5–2 |
東幕下16枚目 5–2 |
東幕下8枚目 0–7 |
西幕下43枚目 4–3 |
2010年 (平成22年) |
西幕下36枚目 1–1–5 |
西三段目3枚目 4–3 |
東幕下54枚目 5–2 |
西幕下39枚目 3–4 |
東幕下47枚目 2–5 |
西三段目7枚目 優勝 7–0 |
2011年 (平成23年) |
西幕下11枚目 3–4 |
八百長問題 により中止 |
東幕下19枚目 3–4 |
西幕下19枚目 4–3 |
西幕下11枚目 3–4 |
西幕下15枚目 4–3 |
2012年 (平成24年) |
東幕下11枚目 1–6 |
西幕下32枚目 4–3 |
東幕下26枚目 4–3 |
西幕下21枚目 3–4 |
西幕下28枚目 2–5 |
東幕下45枚目 4–3 |
2012年 (平成24年) |
西幕下36枚目 4–3 |
東幕下29枚目 5–2 |
西幕下15枚目 3–4 |
西幕下24枚目 3–4 |
西幕下32枚目 3–4 |
東幕下39枚目 3–4 |
2014年 (平成26年) |
西幕下45枚目 4–3 |
東幕下37枚目 4–3 |
西幕下32枚目 3–4 |
西幕下40枚目 4–3 |
西幕下31枚目 3–4 |
東幕下41枚目 5–2 |
2015年 (平成27年) |
西幕下24枚目 2–5 |
西幕下39枚目 5–2 |
西幕下27枚目 6–1 |
西幕下9枚目 4–3 |
東幕下6枚目 1–6 |
東幕下27枚目 3–4 |
2016年 (平成28年) |
東幕下36枚目 4–3 |
西幕下29枚目 5–2 |
西幕下16枚目 5–2 |
東幕下10枚目 3–4 |
東幕下15枚目 1–6 |
東幕下38枚目 2–5 |
2017年 (平成29年) |
東幕下54枚目 4–3 |
東幕下45枚目 5–2 |
東幕下34枚目 2–5 |
西幕下53枚目 4–3 |
東幕下47枚目 5–2 |
西幕下33枚目 休場 0–0–7 |
2018年 (平成30年) |
西三段目13枚目 5–2 |
東幕下54枚目 2–5 |
東三段目14枚目 4–3 |
東三段目5枚目 4–3 |
東幕下55枚目 5–2 |
西幕下38枚目 4–3 |
2019年 (平成31年 /令和元年) |
西幕下30枚目 1–6 |
東幕下53枚目 1–6 |
西三段目17枚目 3–4 |
東三段目34枚目 5–2 |
東三段目12枚目 3–4 |
東三段目27枚目 5–2 |
2020年 (令和2年) |
東三段目2枚目 5–2 |
東幕下40枚目 3–4 |
感染症拡大 により中止 |
東幕下50枚目 3–4 |
東幕下60枚目 5–2 |
西幕下36枚目 5–2 |
2021年 (令和3年) |
西幕下23枚目 1–6 |
西幕下48枚目 3–4 |
東幕下55枚目 3–4 |
東三段目7枚目 5–2 |
西幕下47枚目 3–4 |
東幕下57枚目 5–2 |
2022年 (令和4年) |
東幕下40枚目 5–2 |
東幕下25枚目 1–6 |
西幕下41枚目 2–5 |
西幕下57枚目 3–4 |
東三段目16枚目 2–5 |
東三段目46枚目 4–3 |
2023年 (令和5年) |
西三段目27枚目 3–4 |
東三段目48枚目 4–3 |
東三段目31枚目 引退 3–4–0 |
x | x | x |
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 休場 十両 幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
改名歴
[編集]- 池原 大地(いけはら だいち)2006年3月場所-2007年7月場所
- 碧天 太一(あおぞら だいち)2007年9月場所-2008年11月場所
- 碧天 大市(あおぞら だいち)2009年1月場所-2023年5月場所
脚注
[編集]- ^ 入門した部屋の師匠が急逝、前代未聞の部屋移籍 碧山は春日野部屋の伝統と歴史を担う 日刊スポーツ 2023年12月2日10時0分 (2023年12月2日閲覧)
- ^ 「元関脇逸ノ城、元大関栃ノ心ら11人の引退力士を発表/一覧」『日刊スポーツ』2023年5月31日。2023年5月31日閲覧。
- ^ 『相撲』2023年7月号80頁
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 碧天 大市 - 日本相撲協会