知多市立佐布里小学校
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知多市立佐布里小学校 | |
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北緯34度58分27.2秒 東経136度52分47.9秒 / 北緯34.974222度 東経136.879972度座標: 北緯34度58分27.2秒 東経136度52分47.9秒 / 北緯34.974222度 東経136.879972度 | |
過去の名称 | 八幡町立佐布里小学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 知多市 |
設立年月日 | 1872年 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 3学期制 |
学校コード | B123210007658 |
所在地 | 〒478-0015 |
愛知県知多市佐布里五明26 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
知多市立佐布里小学校(ちたしりつそうりしょうがっこう)は、愛知県知多市佐布里にある公立小学校。
校区
[編集]- 知多市東部の小学校であり、校区は佐布里、佐布里台1-3丁目、にしの台1-4丁目、梅が丘1・2丁目、阿原2丁目であり、公立中学校の進学先は知多市立中部中学校である[1][2]。
- 旧・知多郡八幡町の小学校である。
沿革
[編集]- 1872年(明治5年) - 密厳坊[注釈 1]に郷学校を設置する。
- 1873年(明治6年) - 第六中学区内第九十一番昭明学校に改称する。
- 1877年(明治10年) - 知多郡第八十八番佐布里学校に改称する。
- 1887年(明治20年) - 尋常小学佐布里学校に改称する。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 町村制により、佐布里村が発足。
- 1892年(明治25年) - 佐布里尋常小学校に改称する。
- 1894年(明治27年) - 佐布里村字筒井64[注釈 2]に校舎を新築し移転する。
- 1896年(明治29年) - 補習科を設置する。
- 1900年(明治33年) - 補習科を廃止する。
- 1906年(明治39年)5月1日 - 八幡村、新知村、佐布里村が合併し、八幡村となる。
- 1913年(大正2年) - 校舎を新築する。
- 1922年(大正11年)4月1日 - 八幡村が町制施行し、八幡町となる。
- 1926年(大正15年) - 八幡第三青年訓練所を併設する。
- 1929年(昭和4年) - 校舎を増築する。
- 1941年(昭和16年)4月1日 - 八幡第三国民学校に改称する。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 八幡町立八幡第三小学校に改称する。
- 1948年(昭和23年)10月1日 - 八幡町立佐布里小学校に改称する。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 八幡町、岡田町、旭町が合併し、知多町が発足。同時に知多町立佐布里小学校に改称する。
- 1970年(昭和45年)9月1日 - 知多町が市制施行し知多市となる。同時に知多市立佐布里小学校に改称する。
- 1971年(昭和46年)3月 - 現在地に校舎を新築し、移転する。
- 1973年(昭和48年)4月 - 知多市立つつじが丘小学校を分離する。
- 1980年(昭和55年)5月 - 校舎(北・中校舎)を増築する。
- 1981年(昭和56年)
- 2月 - 屋内運動場が完成する。
- 7月 - 体育館、管理棟が完成する。
- 1985年(昭和60年)2月 - 校舎(南校舎)を増築する。
交通アクセス
[編集]著名な出身者
[編集]- 山崎武司 - 元プロ野球選手[3](内野手 / 中日ドラゴンズ・東北楽天ゴールデンイーグルスほか)
周辺施設
[編集]- 愛知県立知多翔洋高等学校
- 知多市立中部中学校
- 知多市立梅が丘幼稚園
- 知多市立佐布里保育園
- マックスバリュ知多新知店
- ヤマナカ知多店
- 佐布里池
脚注
[編集]- ^ 学区検索(知多市)
- ^ 知多市立小学校及び中学校の通学区域に関する規則
- ^ “ふるさと大使(山﨑武司)”. 東海市. 2020年8月25日閲覧。