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滑りとねじれのない転がし

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

滑りとねじれのない転がし[注 1][注 2]: rolling without slipping or twisting[1])とは、n次元リーマン多様体をn次元平面上「滑り」も「ねじれ」もなく転がす事である。

滑りとねじれのない転がし

すなわち、n次元リーマン多様体M上に曲線を取り(図の青の線)、に沿ってMn次元平面上を「滑ったり」、「ねじれたり」する事なく転がしたときにできる曲線の軌跡をとする(図の紫の線)。このM上のリーマン計量によって記述するのが、「滑りとねじれのない転がし」の問題である。

はリーマン計量から定まるカルタン接続により決定する事が知られており、またM上のに沿った(レヴィ・チヴィタ接続に関する)平行移動が上の平行移動と自然に対応する事が知られている。


以下、本項では特に断りがない限り、単に多様体、関数等といった場合はC級のものを考える。また特に断りがない限りベクトル空間は実数体上のものを考え、多様体は縁のないものを考える。

定義と基本的性質

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定義

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上ではM上転がす場合を考えたが、より一般に、リーマン多様体M1を別のリーマン多様体M0上転がす場合の定義を与える。

まず定義を天下り的に与える。

定義 ―  M0M1をユークリッド空間n次元部分多様体とする[注 3]。区間Iからの合同変換群へのなめらかな写像

M1M0上の滑りとねじれのない転がしであるとは、M1上の区分的になめらかな曲線

が存在し、

とすると、任意のに対し、以下が成立する事を言う[2]gに沿った滑りとねじれのない転がしといい、gによる発展: development)という。

  1. 「転がし」条件[注 4]
  2. 「滑りなし」条件
  3. 水平方向の「ねじれなし」条件
  4. 垂直方向の「ねじれなし」条件

ここでtによる微分であり、Miにおける接ベクトル空間を自然にの部分空間とみなしたものであり、の直交補空間である。

定義の直観的な意味

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定義の各条件の直観的な意味は以下の通りである:

「転がし」条件

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「転がし」条件:M1を合同変換で変換したとき、1つ目の条件はとが重なる事を意味し、2つ目の条件はM1M0とが接する事を意味する[3]

「滑りなし」条件

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の「無限小合同変換」でのの移動が0になる事を要請している[3]。簡単のため時刻t0に重なるよう変換した

を考えると、

であるので、滑りなし条件は任意のt0に対しが成立する事と同値であり、したがっての長さの長さと等しくなる事と意味する。


もしが「滑って」いればの長さが異なってしまうので、上記の条件は滑りがない事を意味すると解釈できる。

水平方向の「ねじれなし」条件

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を前述のように取ると、である[4]。したがって水平方向の「ねじれなし」条件は時刻t0にはM0に接していたの「無限小回転」により鉛直方向にのみ移動する事を保証する。図1のように平面上で自転している物体の場合、平面に水平な微分が生じ、水平方向に「ねじれて」いる事になる。

垂直方向の「ねじれなし」条件

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水平方向のねじれなし条件と同様、の「無限小回転」により水平方向にのみ移動する事を保証する。図2では直線(図示せず)の周りを円が回転しているが、この場合、直線に鉛直な方向の微分が残り、垂直方向に「ねじれて」いる事になる。

基本的な性質

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滑りとねじれのない転がしは一意に存在する:

定理 ― M0M1に埋め込まれた2つのn次元完備[注 5]リーマン多様体とし、M1上の区分的になめらかな曲線とする。このときσ1に沿ったM1M0上の滑りとねじれのない転がしが一意に存在する[5]

よってgの一意性から、σ1gによる発展とするとき、σ0の事を(gを明示せず)σ1発展と呼ぶ。


明らかに以下の「対称律」が成立する:

定理 ― 記号を上と同様に取り、σ1の発展とする。このとき、g-1σ1に沿ったM0M1上の滑りとねじれのない転がしであり、σ1の発展はσ0である。

また「推移律」も成立する:

定理 ― M0M1M2に埋め込まれた3つのn次元リーマン多様体とし、M1上の区分的になめらかな曲線とする。 g2σ2に沿ったM2M1上の滑りとねじれのない転がしとし、σ1をその発展とする。 さらにg1σ1に沿ったM1M0上の滑りとねじれのない転がしとし、σ0をその発展とする。

このとき、σ2に沿ったM2M0上の滑りとねじれのない転がしであり、その発展はσ0である[6]

カルタン接続およびレヴィ・チヴィタ接続との関係

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カルタン接続との関係

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をリーマン多様体とすると、にはユークリッド幾何学をモデルとする捩れのないカルタン幾何学の構造が一意に入る事が知られている。

σ1M上の区分的になめらかな曲線とすると、カルタン幾何学構造により定まるσ1の発展

が定義可能である。実はこのカルタン幾何学の意味での発展は、滑りとねじれのない転がしによる発展と一致する:

定理 ― Mn次元部分多様体とし、を区分的になめらかな曲線とする。

このとき、σ1の滑りとねじれのない転がしによるへの発展は、σ1のカルタン幾何学の意味での発展と一致する[7]

レヴィ-チヴィタ接続との関係

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n次元リーマン多様体を曲線に沿って滑りもねじれもなく転がしたときの発展をとすると、時刻tに接した瞬間にに重なるので、自然に写像

が定義できる。この写像を使うと、Mのレヴィ・チヴィタ接続の幾何学的意味を述べることができる:

定理 ― に沿ったM上のベクトル場とすると、以下が成立する[7]

すなわち、曲線に沿ったの共変微分をに移したものは、を移したものを通常の意味で微分したものに一致する。この事実から特に、レヴィ-チヴィタ接続による平行移動とにおける通常の意味での平行移動の関係を示すことができる:

 ― における接ベクトルM上曲線に沿って(レヴィ・チヴィタ接続の意味で)平行移動したものをとするとき、におけるベクトルまで通常の意味で平行移動したものはに等しい[7]

脚注

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出典

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  1. ^ #Sharpe p.375.
  2. ^ #Shape p.377.
  3. ^ a b #Sharpe p.377-378.
  4. ^ #Sharpe p.377-378.
  5. ^ #Sharpe p.381.
  6. ^ #Sharpe p.388.
  7. ^ a b c #Sharpe pp.386-387.

注釈

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  1. ^ 本項の内容に関する日本語の文献を発見できなかったため、「滑りとねじれのない転がし」という名称を始め、本項の専門用語は本項執筆者が暫定的に訳したものである。
  2. ^ なお、捩率テンソルの事を「捩れテンソル」ともいうが、英語では、「捩れテンソル」はtorsion tensor、「ねじれのない転がし」の「ねじれ」はtwistであり、両者は無関係な概念である。
  3. ^ ナッシュの埋め込み定理により、コンパクトな多様体は必ず十分次元の高いユークリッド空間に埋め込み可能である。
  4. ^ #Sharpe p.377では二番目の条件はM1の方の添字もになっているが、誤記であると判断。
  5. ^ #Sharpeでは完備性の条件は明示されていないが、完備でない場合には存在性に対する反例を容易に発見できる。例えば平面を半球面上転がす場合、半球の縁を超えて発展を延長できない。

参考文献

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  • Richard Sharpe (1997/6/12). Differential Geometry: Cartan's Generalization of Klein's Erlangen Program. Graduate Texts in Mathematics. 166. Sprinver. ISBN 978-0387947327