渡部一夫
渡部 一夫 わたなべ いっぷ | |
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生年月日 | 1948年5月17日(76歳) |
出身校 | 福島県立小高工業高等学校電気科 |
所属政党 |
(無所属→) (民主党→) (民進党→) (旧立憲民主党→) 立憲民主党 |
公式サイト | 「後世につなげる相馬地方」を実現 渡部いっぷ 公式ウェブサイト |
選挙区 | 比例東北ブロック |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2012年10月22日 - 2012年11月16日 |
南相馬市議会議員 | |
当選回数 | 5回 |
在任期間 |
2006年1月1日 - 2007年 2014年12月1日 - 現職 |
原町市議会議員 | |
当選回数 | 2回 |
在任期間 | 1999年 - 2005年12月21日 |
渡部 一夫(わたなべ いっぷ、1948年5月17日 - )は、日本の政治家。立憲民主党所属の南相馬市議会議員(5期)。
経歴
[編集]1994年、日本労働組合総連合会相双地域連合会議長に就任。1999年、原町市議会議員選挙に立候補し初当選。2003年、原町市議会議員選挙に立候補し再選。2006年、南相馬市発足により南相馬市議会議員となった[1]。同年南相馬市議会議員選挙に原町選挙区から立候補し再選。2007年、福島県議会議員選挙(原町市選挙区、定数1)に無所属で立候補するも落選(2人中2位)。2009年、第45回衆議院議員総選挙に民主党比例東北ブロック単独27位で出馬するも落選。比例単独25位の山口和之までが当選となり次々点(繰り上げ当選順位2番目)。2010年、石原洋三郎衆議院議員秘書に就任。2011年、福島県議会議員選挙(南相馬市・相馬郡飯舘村選挙区、定数2)に民主党公認で立候補するも落選(3人中3位)。2012年10月9日、民主党比例東北ブロック選出の和嶋未希が山形県酒田市長選挙に出馬するため辞職[2]。これに伴い、同年10月19日に繰上補充の選挙会が開かれ[3]、前回総選挙において民主党比例東北ブロック単独26位で次点(繰り上げ当選順位1番目)であった川口民一元岩手県雫石町長が和嶋の辞職直前の10月5日に民主党を除籍となり、比例名簿からも削除されていたため、次点となっていた渡部が10月22日に繰り上げ当選した[4][5][6]。同年11月16日、衆議院解散に伴い、在任期間わずか26日で失職。次期衆議院選挙には不出馬を表明。2014年、南相馬市議会議員選挙に無所属(党籍は民主党)で立候補し3選。会派「改革クラブ」代表。その後は民進党を経て立憲民主党に所属[7]。2018年、南相馬市議会議員選挙に無所属(党籍は立憲民主党)で立候補し4選[8]。2022年、南相馬市議会議員選挙に無所属で立候補し5選[9]。
その他の役職
[編集]- 福島県立小高工業高等学校同窓会長
出典
[編集]脚注
[編集]- ^ 南相馬合併協議会協定項目調整内容 <第17回協議会 提案第1号>参考資料2頁 南相馬合併協議会
- ^ 2012年(平成24年)10月12日『官報』第5904号「国会事項」
- ^ 2012年(平成24年)10月16日中央選挙管理会告示第12号「平成二十一年八月三十日執行の衆議院比例代表選出議員選挙東北選挙区における欠員による繰上補充の選挙会の場所及び日時に関する件」
- ^ 2012年(平成24年)10月22日中央選挙管理会告示第15号「平成二十一年八月三十日執行の衆議院比例代表選出議員選挙東北選挙区における名簿届出政党等に係る欠員による繰上補充による当選人の住所及び氏名に関する件」
- ^ 小沢氏系候補を除籍=繰り上げ後の離党阻止-民主 時事ドットコム 2012年10月6日
- ^ 渡部一夫氏が衆院・民主会派入り 日本経済新聞 2012年10月22日
- ^ “立憲民主、福島に県連 国民民主と連携路線”. 産経新聞 (2018年10月22日). 2018年10月22日閲覧。
- ^ 南相馬市議会議員選挙(2018年11月18日投票)結果|政治山 政治山
- ^ 南相馬市議会議員選挙-2022年11月20日投票|福島県南相馬市|選挙ドットコム
関連項目
[編集]- 石原洋三郎 - 渡部同様衆議院議員を務めた後に市議会議員に転身している。