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清朝銭

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
abkai fulingga han jiha(天命皇宝満洲文字銭)

清朝銭[1](しんちょうせん)は、中国の清朝の時代に流通した銭貨。一部を除き、背(はい。裏側)に漢字と満洲文字併記で鋳造場所を表示した[1]

天命通宝
sūre han ni jiha(天聡通宝満洲文字銭)。
背面はjuwan(十)、emu yan(一両)。
順治通宝。
背面は boo ciowan(宝泉)。

概要

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1616年、天命汗銭/天命皇宝(abkai fulingga han jiha)と天命通宝が発行される。銭銘は満洲文字と漢字の二種類。以後、元号が変わるたびに新しい銭銘で銭貨を発行する。

天聡年間(1627年 - 1636年)、天聡汗銭/天聡通宝(sūre han ni jiha)が発行される。銭銘は漢字と満洲文字の二種類あり。

1644年[2]、順治通宝発行される。これ以後、銭銘は漢字の一種類のみとなる。1658年、背(はい。裏側)に漢字と満洲文字併記で鋳造場所を表示するようになる(以上、特に断らない限り出典:[3])。

1662年、康煕通宝発行される。

1736年、雍正通宝発行される。

1736年、乾隆通宝発行される。

1796年、嘉慶通宝発行される。

1821年、道光通宝発行される。

1851年、咸豊通宝発行される。

1862年、同治通宝発行される。

1875年、宣統通宝発行される(以上、特に断らない限り出典:[2]

プル銭。前面は乾隆通宝。
背面は満州文字の yerkiyang とアラビア文字の yarkand。

プル銭(普爾銭)

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ウイグル地域が清朝の版図に組み込まれると、この地で使用することを意図して普爾銭が発行された。1759年初鋳。銭銘は乾隆通宝。化学組成は青銅よりも純銅に近く、背は満洲文字。1800年、嘉慶通宝発行される[4]

乾隆宝蔵

蔵銭

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西蔵で使用する銭貨。1792年初鋳。銭銘は乾隆宝蔵。背はチベット文字[4]

光緒元宝
(badarangga doro yuwan boo)

その他

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1898年以降、銅圓(銅元)と呼ばれる無孔・打刻の硬貨が製造されている。俗に銅板と呼ばれる。無孔なので銭とは呼ばない。銭銘は光緒元宝(badarangga doro yuwan boo)・大清銀幣・大清銅幣[5]など。額面は1, 2, 5, 10, 20文など[6]

その他、太平天国は独自の銭貨(銭銘は太平天国聖宝)を発行している[7]

年代・地域によりスペイン、ポルトガル、フランス、オーストリアの銀貨が流通した実績あり[7]

参考文献

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  • 京大東洋史辞典編纂会 編『新編東洋史辞典』東京創元社、1980年3月31日。 
  • 大鎌淳正『改訂増補古銭語事典』国書刊行会、1997年1月30日。ISBN 4-336-03907-0 
  • 『日本貨幣カタログ2005年版』日本貨幣商協同組合、2004年12月1日。ISBN 4-930810-09-4 
  • 『縮刷東洋歴史大辞典』 中巻、下中彌三郎(編輯)、臨川書店、1986年10月25日(原著1938年)。ISBN 4-653-01469-8 

出典

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  1. ^ a b 古銭語事典 1997, p. 84.
  2. ^ a b 日本貨幣カタログ 2004, p. 164.
  3. ^ 東洋歴史大辞典 1986, p. 476-477.
  4. ^ a b 東洋歴史大辞典 1986, p. 477.
  5. ^ 東洋歴史大辞典 1986, p. 478.
  6. ^ 孟慶遠、李敏、鄭一奇、夏松涼 著、小島晋治, 立間祥介, 丸山松幸 訳『中国歴史文化事典』新潮社、787頁。ISBN 4-10-730213-X 
  7. ^ a b 東洋史辞典 1980, p. 1039.